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サザナミインコの急死!最期の不思議行動と虹の橋を渡るまでの体験談

ペットロスとは? 勘違いしている人が多いですがペットロスとは「ペットの死を悲しむこと」ではありません。飼い主が悲しいのは当たり前。精神的・肉体的不調から社会生活がまともに送れなくなる状態がペットロス症候群。治療を必要とする心の病です。

サザナミインコの急死!最期の不思議行動と虹の橋を渡るまでの体験談

サザナミインコの飼い主の寄稿

14年間一緒に暮らした私のサザナミインコぴよちゃんには説明のつかないすごい能力があり「インコはこんなことまで理解してるのか?」と考えさせられることがたくさんありました。

たとえば私が疲れや寝不足などで、つい放鳥中にうたた寝をしてしまうことがありましたが、そんな時のぴよちゃんは怒ることもなく、私の腕にじっと乗ったまま動きませんでした。

一緒に寝ていることもあれば、ただなにもせず腕に乗っているだけのこともありました。

ハッと目を覚ました私は慌てて「ぴよちゃんごめんね。寝ちゃった」と謝るのですが、そんな私をぴよちゃんは穏やかな表情でただじっと見つめていました。

私が他の物事に気を取られてぴよちゃんを見ていないと、がぶり!と指を噛まれたりしていましたが、このようにうっかり寝てしまった時にぴよちゃんに噛まれたことは一度もありません。

私の状況を把握して行動しているとしか思えない、今でも思い出すと気持ちが温かくなる思い出です。

そしてもうひとつ、ぴよちゃんが最期の夜に見せてくれた行動も不思議で忘れられないものでした。

サザナミインコが最期の夜に飼い主に見せた意外な行動【ぴよちゃん14歳】

最期の夜、ぴよちゃんは食べたばかりのおやつを急に吐き出した後、私の膝にかけた毛布の中でしばらくの間休んでいました。

(この時にはぴよちゃんが亡くなることなど予想もしていませんでした)

その後に具合が落ち着き、ケージに帰る途中に方向転換して向かったのは、数年前までよく登って遊んでいたアタ(ラタンのような素材)の籠ボックス。

若いころは、高さ15センチほどの籠ボックスに、爪と嘴を使ってヨイショヨイショ!とよじ登るのが大好きだったぴよちゃんでしたが、最後の数年は掴む力が弱くなり、大好きなボックスに自力では登れなくなっていました。

昔は籠に登った後はすみっこに掴まり立ちし、もの凄いドヤ顔をしてキラキラの目で私を見つめるので

ぴよちゃん、えらいね〜!すごいね〜!

…とたくさん褒めてあげると、ますます目をキラキラ輝かせていました。

あの夜、もう何年も自力で登れなくなっていたその籠ボックスに、ぴよちゃんは昔のように力強く登ったのです。

そして昔と同じようにキラキラ光る眼で私を見て、それまででいちばん幸せそうないい顔をして、しっかりと籠ボックスにつかまっていました。

私がいつものように「ぴよちゃん、えらいね〜!すごいね〜!」とたくさん褒めると、ぴよちゃんは満足そうな顔をして、籠ボックスから降りて、自分でケージに帰って行きました。

大好きな場所に登れてうれしかったのか。

元気に見せようとしたからなのか。

それとも最期にいちばんいい顔を飼い主に見せてから逝きたかったからなのか。

私には分かりません。

これは私の中の「消えることのない後悔」につながる出来事でもあるのですが、最期にぴよちゃんが見せてくれたこの「幸せそうな顔」は、今も鮮明に私の中に残っています。

この顔を「最高にうれしそうないい表情」として私の記憶に強く残し、そのまま虹の橋を渡っていったぴよちゃん。

どうしてあのとき籠ボックスに登ろうとしたのか?実際に登ったのか?

真相はわかりませんが、「自分はもう逝かなければいけない」とぴよちゃんはわかっていたような気がします。

自分が遺していく泣き虫飼い主のため、最後にお互いが笑顔になるようにしてくれたことなのかもしれない。

そう考えると、最後まで不思議で「すごい」インコだったぴよちゃんを思い、感謝の気持ちと愛おしさでいっぱいになる私です。

サザナミインコの急死!悲しみ・葛藤・お別れのやさしい時間まで

ぴよちゃんとのお別れは突然やってきました。

ぴよちゃんはしばらく遊んでから、自分から元気にケージに帰っていったので、普段より高めに保温をし、毛布をかけていつものように…でもいつもよりたくさん「ぴよちゃんおやすみ」「また明日遊ぼうね」と声をかけて寝かせました。

翌朝、かけた毛布をめくると…ぴよちゃんは亡くなっていました。ぴよちゃんを見た瞬間に私はそれを悟りました。

ケージの中のぴよちゃんを抱き上げると、まだその体はほんのりと温かく…でもフワフワだった羽毛はぴよちゃんの体に重なり…ぴよちゃんの体はひとまわり小さくなったように見えました。

ケージの中はとても綺麗で、前の夜にぴよちゃんが帰った時のままで、床の敷紙には少しの汚れもなく、シードの飛び散りなどもありませんでした。

ぴよちゃんが亡くなった…悲しみとショックの中で飼い主がやったこと

「頭の中が真っ白になる」これがどういうことなのか、なんとなく分かっているつもりでいましたが、この時、私はこの言葉の意味をはっきりと理解しました。

「真っ白になった」その後は、ぴよちゃんが永遠に戻ってこないこと。最後の時に一緒にいてあげられなかったこと。もう二度とぴよちゃんに会えないこと。ありがとうを伝えられないこと、などなど…

たくさんの悲しみと後悔が後から後から押し寄せてきて、涙が止まりませんでした。

この悲しみは時間が経ってもなくならない。消えるはずがない。

そうぼんやりと悟った私は、とにかくぴよちゃんをゆっくり寝かせてあげなくては…と思い、部屋の中を探し回りました。

その後、小鳥の描かれた小さなお菓子の缶に綿を敷き、その上にテントと同じフリース生地を敷き、小さな枕とお布団も作り、ぴよちゃんが寝るためのベッドを作りました。

ぴよちゃんをふかふかベッドに寝かせることができて安心しましたが、私はケージの隣に置いたそのベッドで眠るぴよちゃんを見て、また涙が止まらなくなりました。

亡くなった日は、ずっとケージの隣にぴよちゃんが寝ているベッドを置いていました。

寒い時期でしたが、エアコン無しでも日当たりのよい私の部屋の室温は十分過ぎるほどでした。

そんな暖かい部屋にそのまま置いておくことに悩んだ私は、翌日からぴよちゃんの寝ている缶のベッドを箱に入れ、その箱ごと冷蔵庫に入れることにしました。

そして、それまで放鳥していた時間に冷蔵庫から出し、お気に入りの毛布に包んだぴよちゃんを抱っこし、撫でながらずっと話しかけていました。

いつかはぴよちゃんを見送ってあげなくてはと思う一方で、その瞬間はできるだけ先になってほしい!と願っていました。

「どのくらい一緒にいられるのだろう」と思いネットで調べたところ「実際に見送るまで冷凍した」という事例をいくつか見つけました。

「この方法なら、期間を気にせずしばらくの間ぴよちゃんと一緒にいられる」…と思う一方で

冷蔵庫でさえぴよちゃんの体はこんなに冷たくなってしまうのに、冷凍してしまったら…ぴよちゃんの体はもっと冷たくそして硬くなってしまう。どんなに寒くて辛いだろう。体が硬くなってしまったらどんなに悲しいだろう。

そう考えた瞬間、私は「ぴよちゃんをもう解放してあげなくては…」と思ったのです。

お見送りを先延ばしにするのは私のわがままであって、ぴよちゃんのためではない

それに気付いた瞬間でもありました。

インコの火葬とプランター葬…どちらにしようか?

ぴよちゃんを見送ろうと決めた私は、どのようにしたらよいかと考えました。

「プランター葬」か「火葬」このどちらかにすることだけは決まっていました(遺骨は手元に置きたかったので「海洋散骨」「自治体火葬」は候補外でした)

「プランター葬」ならそのままの姿で埋葬でき、一緒に小さい桜などを植えればぴよちゃんもお花を楽しんでくれるかも…と考えたりもしましたが、鉢植えは庭に直接埋葬するのとは違い、植え替えで土を入れ替えたりする必要があります。

「土に還す」想いからならそれでいいのだと思いますが、私は土の入れ替えなどで「ぴよちゃんであったもの」が失われることは嫌でした。

そこで「火葬」に絞って、ペット葬儀の業者を探し始めたのです。

ペットのプランター葬(土葬)は土と微生物の量が少ないのでなかなか骨になりません。土に還るまで早くて10年、20~30年かかることもあります。

私の住んでいる地域でペット火葬をしてくれる業者はいくつかありました。そのほとんどが「火葬車」で自宅まで出張して火葬を行うというスタイルでした。

基本的なプランは2つ
①他のペットと共に合同火葬をして合同埋葬する=合同火葬
②個別に火葬して遺骨を引き取ることができる=個別火葬

個別火葬には火葬業者ごとに様々なオプションが用意されているものでした。

私は遺骨を手元におく「手元供養」にしたかったので、「個別火葬」でお別れの場所と時間がきちんと設けられているプランを探しました。

そして「出張火葬」が多いなか、比較的近くのお寺がペット霊園と火葬をしていることを知ったのです。

自分で持ち込むことにはなりますが(オプションで送迎プランもあった)「お寺」という安心感と口コミの評判もとてもよかったので、すぐこちらにお願いすることに決めました。

火葬をお願いする連絡の際、私がつい

いつまでも側に置いておきたいけれど、きれいな姿のまま送ってあげたい。早く安らかに眠らせてもあげたいと思って…

…と言ってしまった時には

葬儀までは2日ありますから、たくさん一緒にいてあげてくださいね。

…と言って下さった言葉がとても嬉しく、こちらに決めてよかったと思いました。

ペットとの関わりや考え方はとても個人的なものであり、飼い主さんの数だけあるのだと思います。

私は「遺骨」となったぴよちゃんと、ずっと一緒にいたいと思いましたが、人に対するそれと同じで「未練を残さず送り出してあげる」と思う飼い主さんもいるでしょう。

また、思い出は自分の心の中にあるのだから、その亡骸や遺骨には執着せず自然に還ればいいという飼い主さんもいると思います。

どれも正解であり、選んだプランやその金額をもって、単純に飼い主さんの愛情のバロメーターを示すものではない、と私は思っています。

インコの火葬…お寺でのやさしいお見送りの時間を迎えて

お別れはとても悲しいものでした。

最後にぴよちゃんに何度も頬ずりをして、何度も「ありがとね」「一緒にお家に帰ろうね」と声をかけ続ける私を、スタッフの方たちがずっと待っていてくれました。

お別れの時間を持たせてくれたことで、とても悲しかったけれど、やさしく穏やかな気持ちで、私はぴよちゃんを見送ることができたのだと思っています。

スタッフの方たちはとても優しく、骨上げの時もゆっくりとお話をしながらさせて下さったりと、穏やかなお別れの時間を過ごすことができました。

今でもこのお寺で火葬をお願いして本当によかったと思っています。インコの葬儀のことを誰かに尋ねられることがあれば、私は「火葬」をすすめると思います。

ペット葬儀110番【感謝の気持ちを伝えるペット葬儀】

日本全国・年中無休・24時間対応のペット葬儀サービス。
ご遺体の体重による価格設定の明朗会計で、追加料金は不要です。
犬猫だけでなく多種多様のペットの葬儀に対応しています。
 

インコ用メモリアルグッズ

写真入りペット骨壷
 

かわいいお写真、お名前、大事な日付が入る、世界で1つのペット骨壷です。
 
2寸…分骨用骨壷・小動物   
2.3寸…分骨用骨壷・小動物・小型うさぎ  
3寸…超小型犬・子猫・子犬・うさぎ  
3.5寸…猫・小型犬(チワワ、パピヨンなど)  
4寸…小~中型犬(シーズー、ヨークシャテリア、ポメラニアンなど)体の大きな猫ちゃん
 

国産 インコの仏具5点セット(セキセイインコイラスト)

かわいらしいセキセイインコのイラストが入った仏具です。コンパクトサイズの花立て、香炉、供物皿、水入れ、ろうそく立て、供養に欠かせない5点セット。美濃焼で、岐阜県多治見市の陶器仏具メーカーが作っている国産品です。
 
インコの供養をしたくて選びました。かわいくて使いやすいです。
オカメインコがお空に旅立ってしまったので、インコ用の仏具を探していました。インコサイズがあってよかったです。
小鳥用サイズの仏具はなかなかなくて。これはお供えがしやすくていいです。

ペット仏壇 クリメイションステージ

「クリメイションステージ」とは直訳すると「火葬」の意味ですが、ペット先進国のアメリカでは火葬だけでなくその後のケアまで含んでいます。日本でいうところの「供養」に近く「お空の子を想うアイテム」として扱われます。このクリメイションステージはペット用の「供養台」…位牌や仏具を置くためのステージです。
 
このステージ型のお仏壇はインテリアにマッチしていて満足です。仏具を並べてうちの子を偲んでいます。
セキセイインコイラストの仏具といっしょに購入しました。とても作りがしっかりしていて小さな仏具を置いておくのにぴったりで気に入ってます。

ペット 位牌 KP-26A(大)

ソフィアクリスタルのペットメモリアルは生前の元気な頃の写真をクリスタルガラスに加工したペット位牌です。ダイヤカットがキラキラと光を反射させる手のひらサイズで人気のペットメモリアル。誕生石をイメージしたラインストーンを選べます。
 
思っていた以上に実物は素敵でした。鮮明なプリントは写真そのままで、クリスタルの重量感もずっしりと高級感が漂います。光が差し込むとキラキラ輝くクリスタルも美しくていいです。毎日これを眺めながら愛鳥のことを思い出しています。その存在がどんなに大切なものだったか、失ってから気づきました。でもこれを部屋に置いていると、そこにいてくれるような気がしてホッとします。
写真では色あせてきますが、これならずっときれいなままで、そばにいてくれるような気分です。これを置いたら周囲が明るくなりました。
高齢インコが亡くなり、毎日泣いていましたが、この位牌を見ると気持ちが和みます。キラキラ輝くので、インコも幸せそうに見えてとてもきれいです。

シリコンパッキン付きのペット骨壷 やわらぎ 2寸 ゆず(美濃焼)

この骨壺のふたにはパッキンがついているので、万一倒れても 開いて中身がこぼれる心配はありません。美しい骨壺なのでインテリアの雰囲気を損なわず、そのままお部屋に置いても違和感がありません。岐阜県の仏具専門工房で作られている安心の国産品です。美濃焼特有の重厚さとぬくもりを堪能できます。

サザナミインコの突然死…後悔を癒してくれた獣医の言葉

亡くなる前日もいつもと変わることなく過ごしていたのは前述のとおりです。

食べたおやつのトウモロコシを突然苦しそうにベッと吐き出す様子は、まるで人間が何かの拍子に食べたものが気管に入りかけて、むせて吐き出すような感じでした。

何度か吐き出した後、ぴよちゃんはすっかり落ち着きを取り戻しましたが、それでもやはり疲れたのか、お気に入りの私の膝の上にやってきて、ベビー毛布を掛けた私の腿の隙間にモゾモゾ入り込んでじっとしていました。

すぐケージに戻そうかとも思ったのですが、少し様子も見たかったので そのまま声を掛けながら、いつものように毛布の上から撫でてあげることにしました。

しばらく撫でていたら、時々モゾモゾしたり「キュイキュイ」と鳴いたりと、いつもと変わらない様子になってきたので安心しました。

保温が足りなかったのではないか!?そんな疑問と後悔がくすぶり続けて

ケージに戻ったぴよちゃんを休ませるときに私は悩みました。

保温をどのくらいすればいいのだろう?

それは2月の寒い日でした。

いろいろ悩んだ末、私はいつもより多くケージ横のヒーターを毛布が覆うようにして、でも暑くなりすぎてもよくないと思い、逆側の毛布には少しだけ空気が通る隙間を作り、3つの温度ゾーンを作ったのです。

いちばん温度が高いゾーンは28度を少し超えるくらい、低いゾーンは23度くらい、中間ゾーンは25度くらいになっていたと思います。

そして毛布の開け閉めで温度が下がらないよう、またすぐ起きてしまうぴよちゃんをしっかり休ませてあげるようにと考えて、朝まで毛布を開けないでいました。

私は小さな音でも起きてしまう人なので、ぴよちゃんが動いたりカサカサする紙の音がしたら すぐに目を覚まして様子を見られる自信がありました。

それに何より…ぴよちゃんの具合がそれほど悪いとは思っていなかったのです。

そして翌朝、毛布を開けた時に、ぴよちゃんはもう亡くなっていました。

体の汚れもなく、底に敷いた紙もきれいなままで、糞も吐しゃ物もありませんでした。

シードや殻が散っていない。最後に苦しんで暴れることはなかったのだろう。苦しまずに、眠るように逝けたのであればいいのだけれど…

インコの突然死と後悔を癒してくれた獣医の言葉

最後の夜の保温について考えたのは、しばらく経ってからです。

あの時、緊急時の強保温(30度以上)をしておけばよかったのではないか?保温が足りなかったのではないか?

そんな疑問と後悔がずっと自分の中でくすぶり続けていました。

今でも正解はわかりません。しかしその気持ちを少しだけ落ち着かせた出来事がありました。

ぴよちゃんをずっと診ていただいた獣医さんに直接ご報告とお礼を…と思っていましたが、先生とお話しすると涙が止まらなくなるであろう自分が容易に想像できたので、なかなか病院にごあいさつに伺うことが出来ませんでした。

ようやく気持ちの整理がついて病院に伺うことが出来たのは、ぴよちゃんがお空に帰って1年が経つ頃です。

その時、思い切って先生に、あの夜に私がした保温のことを話してみました。

あの時、30℃以上まで保温した方がよかったのでしょうか?

すると先生はこう言ったのです。

SNSなどで具合が悪くなったインコに高温の保温をして効果があった、という飼い主さんがいることは知っているし、高温の保温がいいという風潮があることも知っていますが、高温といっても、インコの保温は30度が上限の目安でいいんです。逆に30度を超えるとインコの体にはよくない。28度で保温されたのなら問題なかったと思いますよ。

そして、私の最大の後悔…「夜中に一度もぴよちゃんの様子をみなかったこと」について話した時

どんな飼い主さんでも後悔はあると思います。でも14年もの長い時間を元気でいてくれたのだから、『ずっと一緒にいてくれてありがとう』だけでいいんじゃないでしょうか。

日頃からとにかく「ペットファースト」で、飼い主側の感情面のお話はあまりしない先生なので、この言葉には少し驚き、

至らない飼い主なのに、「愛鳥を大切にしていた飼い主」として認めてもらえていたのかな。

そう思えたとき、それまでくすぶり続けていた後悔やわだかまりの気持ちがすーっと軽くなったことを今でも忘れません。

サザナミインコのペットロス!克服ではなく共存を選んだ私の選択

サザナミインコのぴよちゃんが亡くなった時から、私の中にはとても大きな悲しみと後悔…そして喪失感が生まれました。

楽しいと思えたことや美味しいと思えた食べ物など、私にとって「喜び」だった多くのものが、それまで当たり前のように持っていた価値を失いました。

これは私が、私の中に生まれた悲しさや寂しさ、失くしてしまったことに向き合い、その結果「克服する」ことをやめて「自分の中で抱えて生きる」選択をするに至ったお話です。

人の死とペットの死は悲しみの種類・次元が違う

これまでいくつもの別れを経験してきました。

その中でも二人の父(実父と義父)との別れはとても悲しく、後悔を伴うものでもありました。特にそれまであまり会うことができなかった義父との別れの際には涙が止まりませんでした。

それでも、眠る・食べるなどの私の「日常」が変わることはありませんでした。亡くなった方との様々な思い出について考えたり、懐かしく思うことはあっても、涙が溢れて困った…はありませんでした。

そんな私でしたが、ぴよちゃんが亡くなった時は違いました。ただただ悲しく、涙が後から後から溢れてきて止まらないのです。

亡くなって1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎ…1年が過ぎても、悲しみと寂しさが薄れることはなく…涙がでない日はありませんでした。

こう言うと「親の死より飼っているインコの死の方が悲しいのか?」と思われそうですが、人の死とペットの死は、その悲しみの種類・次元が違うのだと思います。

映画「かもめ食堂」の冒頭で主人公が「母のことは大好きだったが、なぜかナナオ(猫の名)が死んだときよりも涙の量は少なかった…」と振り返るシーンがあります。

これはなかなか実際には口に出せないけれど「ペットに対して持っている偽りのない気持ち」だと思います。

この映画はぴよちゃんがまだ元気な頃に観たのですが、その時「私もきっとこうなるだろう」そんな確かな予感があり、実際にその通りになりました。

私が守らなくてはいけない小さく儚い存在。私を信頼しいつもそばで甘えてくれる存在。ありのままの私を大好きでいてくれる存在。そんなかけがえのない存在が、私にとっては「ぴよちゃん」でした。

だからこそ失った悲しみと後悔も大きくて「これが本当の悲しみなんだ」と知ったのです。

ペットロスの無気力から生まれた楽しくない・美味しいと感じられない感情

ぴよちゃんとの別れはそれまでの多くの「別れ」とは全く違う、私の「生活」そのものを変えるものでした。

それまで楽しいと思っていたこと、美味しいと思っていたものが、そう感じられなくなりました。

大好きだったゲームや料理や手芸。楽しみにしていたドラマやアニメ。家の中を整理したり自分好みに飾ること。すべてがどうでもいいものに変わり、特に価値があるとは思えないものに変わりました。

もともと食べること・料理をすることが大好きでしたが、それも一変しました。

ぴよちゃんが亡くなって数日経ち「食べないと、ちゃんとぴよちゃんを見送れなくなるかも…」との不安から、作り置きしていた塩豚をカットして食べたのですが…「美味しくない。食べたくない」と感じる自分がいました。

そんなことは初めてで、そう感じたことに自分でも驚きました。

その後、お肉は全て食べたいと思わなくなってしまい、魚介中心の食生活が始まりました。

一年が過ぎる頃「今ならなんだか食べられるような気がする」と思い、惣菜コーナーのトンカツを買って食べてみたところ、ようやく以前のように美味しく食べることができました。

それなら今度は自分で料理をしてみようと思い、精肉コーナーに行ったのですが、調理した肉は食べれるけれど「生肉は触れそうもない」に気付かされる結果となりました。

そして2年が過ぎた今は、塊肉をそのままオーブンで焼くなどの簡単な調理は、何とか出来るようになりました。

ペットロスは克服しなくてはいけないものなのか?

私が今も出来ていないことの中に「ぴよちゃんのケージを片づける」があります。

ぴよちゃんが亡くなって2ヶ月後にディスプレイ用のかわいい鳥かごを買いました。この中にぴよちゃんが使っていた止まり木の一部とテントを設置し、おもちゃやご飯を入れようと考えたのです。

鳥かごが届いて、止まり木を外そうとした瞬間、私は強い悲しみに襲われて、涙が止まらなくなりました。

ぴよちゃんは、お迎えしてからずっとケージを置いていたこの場所で、ずっと過ごしていたこのおうち(ケージ)にいたいのではないか

そんな思いでいっぱいになってしまったのですが、そう思った瞬間に私は分かったのです。

出来ないものは出来ない。自分がそれでいいなら、無理にケージを片付ける必要もない。

友人が定期的にやって来ることがあるので、自分の思い込みから「いつかはケージを片付けなくてはならない」と考えていたのですが、その考えに縛られる必要はないのだとその時気付いたのです。

楽しいもの・好きだったものをそう感じられなくなったとしても。美味しく食べられたものがおいしく感じなかったとしても。私がそれを受け入れていれば済む話。一人暮らしの私は家の中なら、誰に迷惑をかけるわけでもない。

この「出来ないことを無理してすることはない」と気付いた瞬間から、私の心は霧が晴れていくように軽くなりました。

ペットロスの「克服」から「共存」を選んだ私のペットロスのカタチ

私は自分が自由にしてよい範囲であるなら「克服する」「変える」努力をやめることにしました。

だからといって、悲しみや寂しさが消えるわけではありません。

「気持ちに整理をつけて変える努力をしないから、悲しみから立ち直れないのでは?」と思う方もいるでしょうが、その意見を否定する気はありませんし、飼い主さんの数だけペットロスの数もあるのだと思います。

悲しく寂しい気持ちがどんなに大きなものであっても、それはこれまで一緒に過ごした楽しい時間と想いがあればこそ。だからこそ、その悲しみや寂しさを、ぴよちゃんがくれた「宝物」として、しっかり抱えていたいと思うのです。

ペットロス「克服」の呪縛から自分自身を解放し、出来なくなったことも悲しみも寂しさも全部認めて受け入れて、共に生きていく「共存」

それが私の選んだペットロスのカタチです。