横浜 弁護士刺殺事件

横浜弁護士刺殺事件 平川隆則

2010年6月2日、横浜市中区にある「横浜みらい法律事務所」で弁護士の前野義広さん(42)が平川隆則に胸を刺され、搬送先の病院で亡くなった。

死因は右脇動脈を刺されたことによる失血死。

第一発見者である女性事務員が外出先から帰ってきたときに、事務所内の相談ブースで前野弁護士と平川隆則がもめていた。

前野弁護士は平川隆則に「おちついて」と諭しながら、女性事務員に警察に通報するように指示した。

女性事務員が事務所を出た後に、逆上した平川隆則が前野弁護士の胸などを数回刺し、非常階段から逃亡した。

現場には凶器のサバイバルナイフとスタンガンが残されていた。
 
 
警察は前野弁護士が担当していた案件に何らかのトラブルがあったのではないかと考えた。

現場周辺に平川隆則の住所と氏名が記載された資料があったことや、平川隆則が乗り捨てた車から前野弁護士の血痕が付着したシャツが発見されたことから、平川隆則を指名手配した。

そして2010年7月1日に平川隆則は逮捕された。
  
 
2009年に平川隆則はDV(ドメスティック・バイオレンス)などを理由に妻から離婚訴訟を起こされていた。

その慰謝料などを巡るトラブルから、平川隆則は代理人だった前野弁護士に恨みを抱いていた。

事件直前には、法律事務所に平川と思われる男から「妻に会わせろ」と繰り返し電話がかかっていたという。

そして6月2日にスタンガン、ガソリン、サバイバルナイフなどを用意して、前野弁護士の勤める法律事務所に行った。
 
 
2011年2月22日から始まった一審の横浜地裁の公判で、平川隆則は前野弁護士を死なせたことは認めたが、殺意を否認していた。

しかし検察は平川隆則が複数の凶器を準備していたことや、深い刺し傷が数箇所あったことを挙げ「殺意は明らかで、怒りに任せて暴力で主張を通そうとした」と主張した。

横浜地裁は「法治国家の根幹を揺るがす極めて悪質な犯行」として、平川隆則に無期懲役の判決を言い渡した。

被告側はこれを不服として控訴したが、2011年7月25日、東京高裁で被告側控訴棄却。

その後 2011年11月21日に被告側上告が棄却され、平川隆則の無期懲役が確定した。
 
 
スポンサーリンク


 



鶴ヶ島市小6女児自殺