矢野富栄 (やのよしはる) の生い立ちと「山陰のレクター」の最期【島根女子大生バラバラ殺人事件】

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矢野富栄 生い立ち
 


 

矢野富栄の生い立ち

 
矢野富栄(やのよしはる)は山口県下関市生まれ。

実家は米穀店を営み、店舗兼住宅に 祖父母、両親、弟の6人家族の三世帯同居が住んでいた。

両親の代でタバコや衣類のクリーニング店などを始めていて、母親は近所で顔が広かったという。

一方で矢野富栄のことを近隣住民は「物静かで印象が薄く、あまり覚えていない」という。

 


 
矢野富栄が住んでいた下関市神田町は近くに朝鮮学校があり、在日朝鮮人が多いエリアだが、矢野家は代々日本人の家庭として生活してきたという。

「日本人の家庭として」というところがいまひとつ理解に苦しむが、調べた範囲では「在日韓国人に間違いない」という情報は見つからなかった(この手の情報はたくさん流れているが、ほとんどがライターの憶測で「矢野は在日韓国人かも」と書かれている)

「島根女子大生バラバラ殺人事件」の容疑者判明のニュースが流れたとき、矢野富栄の名前や画像があまり報道されなかったことから「矢野富栄は在日韓国人!?」などと噂されたようだ。

矢野富栄は被疑者死亡で送検されているが、被疑者死亡で不起訴処分になっていることや矢野富栄にも遺族がいるなどの配慮から あまり事件の核心に触れる報道がなされなかったり、矢野の心情を明かしたとみられる手記などが闇に葬られる形になったのではないか…と、個人的には推測している。

矢野富栄は事件直後までmixi(ミクシィ)で日記をつづっていたが、それもすでに削除されている。
 
 

矢野富栄は中学時代は地元の中学校で陸上部に所属。

高校は鎮西敬愛高校(北九州市門司区の私立共学校)に入学した。

高校時代には地元である下関を中心にバンド活動を始めるが、学校生活は地味な方だったという。

共学でありながら女子生徒との接点はほとんどなく、同級生は「ほとんど話したことがない。今思うと、そんな人いたな、くらいの印象しかない」と口をそろえる。

実家の近隣住民の話によると矢野富栄は防衛大に合格したが、結局 九州工大二部(夜間)に進学したという。

しかしその後、大学を中退。

中退後はバンド活動に専念するも、仲間割れを起こしたあと上京し、そのときにわいせつ事件(※)を起こしている。

※わいせつ事件…2004年8月、矢野富栄は東京都杉並区の路上で15分間に2人の女性をナイフで脅して押し倒す強制わいせつ事件を起こした。その半年前にも北九州市で通りすがりの女性に刃物をつきつけて体を触るなどしている。3件のわいせつ事件で懲役3年6ヶ月の実刑判決を受けた前科が矢野富栄にはあった。

矢野富栄は3年6ヶ月の実刑を受け、服役後に下関に戻ってコンビニやラーメン店でバイトをして過ごしていた。
 
 
2009年4月末、矢野富栄は下関市内のソーラーパネル販売会社に営業社員として採用された。

当時流行していたミクシィ(mixi)のアカウントを解説し、半年分の日記をつづっていたという(現在は削除されている)

mixiのプロフィールによると、矢野富栄は2002年にドラムやピアノを弾く際に傷みが生じる難病のジストニアを発症したため、音楽活動の夢が途絶えたとしている。

プロフには猟奇性をうかがわせる書き込みはあまり見つからないが、「好きな本・漫画」にはダン・ブラウンの「天使と悪魔」と「ダ・ヴィンチコード」を愛読書としていた。

平岡都さんの遺体の胴体につけられた焦げ跡や傷は、もしかしたらこの辺から影響を受けたのかもしれない。

mixiの日記には「マイミク」の女子たちと日常の話題で絡んでいる寂しい独身男の日記が綴られていたという。

「恋人募集中です」「出会い目的の方もいらっしゃいな★」といった書き込みもあった。

矢野富栄が書き込むダイレクトな出会いを求める言葉は反応が薄く、スルーされていたようだけれど。

mixiの書き込みは、平岡都さんを殺害した6日後の2009年11月1日午後7時28分で途絶えている。

矢野富栄の最後の書き込み
一般家庭の消費電力の実態について調べています。家の電気代が時間帯別になっている人、どうか協力してください。よろしくお願いします。

・・・と、仕事に応用する内容をmixi全体に募集した書き込みを最後に mixi更新は途絶えていた。

平岡都さんの遺体を損壊・遺棄した後も平然と過ごし、仕事にも前向きに取り組んでいた様子が伺える。
 
 
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山陰のレクター博士の最期

mixiで彼女を募集するなどネット上では饒舌な様子を装っていた矢野富栄だったが、実社会ではやはり内向的な男だった。

矢野富栄は中身は鬼畜だが、表向きはなかなかのイケメンである。

決してモテない感じでも、陰鬱な感じでもなく、刃物を突きつけないと女性に相手にされないようなタイプではない。

自分からモーションかけさえすれば恋人もできただろうし、普通に結婚だってしていたかもしれないという感じを受ける。

それができなかったのは、やはり心に何らかの闇を抱えていたせいかもしれないが。
 


 
益田市に移り住んだ矢野富栄を知る男性は、矢野は女性を物色するどころか、若い女子集団とすれ違ってもあまり反応を示さなかったと言っている。

女性にあまり興味がないように見えたそうだ。

男性が「彼女いないの?」と訊ねると「この町にはいい人がいなくて」と答えていた。

そしてこの男性によると、矢野富栄は自宅近くのショッピングセンターやネットカフェに行くのが唯一の楽しみだと語っていたという。

ネットカフェに入り浸る日々を送っていた矢野富栄はそこで何を考え、どんなことをしていたのだろう。

正社員として仕事に励みつつも、プライベートは引きこもりに近い感じだったのかもしれない。
 
 
矢野富栄は平岡都さんが行方不明になってからも なんら変わりなく勤務を続けていた。

ところが平岡さんの頭部が見つかった11月6日の夜、会社に電話して11月7~8日に有給休暇を申し出ている。

島根女子大生バラバラ殺人事件 (浜田事件/島根女子大生殺害事件)

そして11月8日午後3時7分頃、山口県美祢市の中国自動車道下り線で ガードレールにぶつかる自損事故を起こして車が炎上。

矢野富栄と助手席にいた母親(当時58歳)とともに焼死している。

>>事故現場の画像
 
 

当時、自損事故直前の矢野富栄は周囲にかなり動揺した様子を見せていたという。

矢野富栄
大変なことをしてしまった。
交際した女性の関係でヤクザに追われている!

矢野的には、ヤクザ=警察か。

実際にヤクザに追われてなどいないが、それに近い心境に追い込まれていたことがうかがえる。

確かに「大変なこと」をしてしまったのだ。

頭部が発見されるまでそれに気づかなかったんかい…遅いだろ!
 
 

会社や近所の人には、代休を取るのは 1年前に他界した父親の墓参りに行くからと告げていたが、墓参りは嘘だった。

捜査関係者の中には「矢野富栄は動揺して母親にも犯行を告白した上で自殺したんだろう」という人もいる。

矢野富栄が事故を起こした場所はゆるいカーブで、運転しなれたヴィッツをガードレールにぶつけていた。

運転が趣味のひとつであった矢野富栄に、それはちょっと考えづらいと言う人もいた。
 
 
矢野富栄の父親は矢野が事故死する1年位前に病気で他界している。

矢野富栄には弟がいるが、弟は兄と母親の事故後、実家を新築し、完全予約制の美容院を開いていた。

ところが事件から半年を経たときには、すでに「売物件」になっていたらしい。

矢野富栄の情報を入手したマスコミが弟夫婦の元に取材に来た直後に、彼らは夜逃げのように行方をくらませたということである。
 
 

 

「島根女子大生バラバラ殺人事件」はなかなか容疑者が浮上しなかったことから、映画「羊たちの沈黙」に登場するレクター博士になぞらえて 犯人は「山陰のレクター博士」と呼ばれていたそうだ。

ソーラーパネルの会社社長は矢野富栄を誠実で優秀な社員だったと言い、事件関与に驚きを隠せなかったようだ。

たしかに成績が優秀で目鼻立ちのはっきりしたイケメンの風貌からは、強制わいせつ犯の雰囲気は読み取れないし、ましてや「実は猟奇殺人鬼でした」なんて姿も想像できない。

が、やはり人は見かけによらないのだ。

普通に考えたら女性に刃物を突きつけなくたって女性関係はどうにでもなったと思える男が あれほど凄惨な凶行に及んでしまうというのは、やはり彼の歯車がありえないほど狂っていたからだ。

だけど遺体の一部が発見されてあれほど慌てふためいたのだから、刑事責任能力も一般常識も持ち合わせていたに違いない。

矢野富栄の死が事故死が自殺だったかどうかは本人のみぞ知ることだが、もし母親を道連れにした自殺だったのなら、そこまで自分を追い込んでしまうほど神経は繊細だったのだろう。

いずれにしても、矢野富栄は間違いなくサイコパスであり、最低でも2つの顔を持つ多重人格者だったに違いない・・・しかし、もはやそれを知る術はない。
 
 
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