【宇都宮監禁殺人・上申書殺人事件】後藤良次死刑囚と「凶悪」

宇都宮監禁殺人事件

 


 
後藤良次(ごとうりょうじ・当時42歳・暴力団組長)は、知人である人材斡旋業の男性(当時33歳・茨城県常陸太田市)に「メンツを潰された」と激怒し、2000年7月30日未明、元暴力団員と共謀して男性を車で拉致し、両手足を縛って水戸市下大野町の橋の上から那珂川に男性を放り込んで殺害した。

さらに2000年8月20日、元自動車販売業の男性(当時37歳・栃木県宇都宮市)が「不義理をした」と激怒し、元暴力団員ら5人とともに男性のマンションに上がりこみ、その友人4人を監禁した上、高濃度の覚せい剤を注射した。

これにより1人の女性が急性薬物中毒で死亡した。
 
宇都宮監禁殺人事件

via:事件現場(大島てる)

 
他の3人には灯油をかけて部屋に火をつけ、胸部を刺して重傷を負わせたあと、車などを奪って逃走した。

2003年2月24日、一審・宇都宮地裁は後藤良次被告に死刑判決を言い渡した。

2004年7月6日、東京高裁は一審判決を支持して控訴を棄却、2007年9月28日、最高裁は上告を棄却し、後藤良次被告の死刑が確定した。
 


 

上申書殺人事件と映画「凶悪」

 


 

後藤良次は死刑判決後、警察に別に過去に2人を殺害する事件に関係したとの上申書を提出し、余罪についても明らかになった。

その事件を綴ったルポルタージュ↓


 
 

 


  


 
 
後藤良次死刑囚は東京高裁の死刑判決後に茨城県警に2件の殺人に関与したという内容の上申書を提出した。

第一事件は2000年12月8日に茨城県城里町の山林で発見されたカーテン販売会社社長・A氏(当時67歳)の死亡事件で、当時の県警はこれを病死と判断し事件として扱わなかった。

A氏の妻(当時74歳) 娘(当時49歳) 娘婿(当時51歳)、娘婿の兄(当時58歳) その妻(当時54歳)を逮捕して取り調べた結果、A氏殺害を企てた妻が後藤良次に相談し、後藤がA氏にウォッカを飲ませて泥酔状態にして殺害したことが判明した。

A氏殺害で騙し取った保険金8000万円だった。

また、1999年5月に、自営業のB氏(当時47歳・自営業)が宇都宮市内で首吊り自殺したとされる件も殺人事件だったことがわかった。

後藤良次がBさんを絞殺した後、自殺に見せかけたと自供している。

当時、後藤良次はB氏に金を貸していたが、B氏には1000万円の生命保険が掛けられていた。

しかし、これらの一連の犯行の首謀者は茨城県在住の「先生」と呼ばれる男、三上静男受刑者である。

死刑判決を受けて上訴中だった元暴力団組員の被告人が、自分が関与した複数事件(殺人2件と死体遺棄1件)の上申書を提出。

元暴力団組員が「先生」と慕っていた不動産ブローカーが3件の殺人事件の首謀者として告発された。

元暴力団組員に取材を続けていた雑誌『新潮45』が2005年に報じたことによって、世間から大きく注目されるようになり、「先生」が関与した1つの殺人事件について刑事事件化した。

元暴力団組員が上申書で告発したきっかけは、「先生」が首謀した殺人事件の報酬を受け取る約束が、直前に別の刑事事件で逮捕・長期勾留されたことで「先生」に反故にされたこと、世話を頼んだ舎弟が自殺した際に舎弟の財産が「先生」の手により処分されたことであった。

【上申書の事件】

◆石岡市焼却事件・・・1999年11月中旬に「先生」が金銭トラブルを巡ってネクタイで男性の首を絞めて殺害し、茨城県石岡市のある会社まで運び、敷地内の焼却場で、「先生」が新聞紙を丸めて火を付け廃材と一緒に焼いた。

被害男性は推定60歳代だが名字しかわからなかった。

遺体が焼かれて残っていないだけでなく、身元確認も困難な状況となった。

この事件で「先生」は「億単位の金」を入手した。

◆北茨城市生き埋め事件・・・1999年11月下旬に「先生」が埼玉県大宮市(現さいたま市)の資産家男性(当時70代)を水戸市の駐車場で拉致して北茨城市の「先生」の所有地まで運んで穴を掘り、穴の中に入れて生き埋めにして殺害した。

男性の土地はいったん「先生」名義になった上で、その後売却された。

被害男性は特定されており、男性の住民票移動や土地登記の移動も上申書の通り裏付けられた。

しかし、「先生」所有の土地で遺体が見つからなかった(「先生」が証拠隠滅のために、遺体を掘り起こして別の土地に移したという情報がある)

そもそも、被害男性は身寄りがないため、DNA鑑定しても本人確認が難しいという問題があった。

この事件で「先生」は約7000万円を入手した。

◆日立市ウォッカ事件・・・「先生」が2000年7月中旬から借金を抱えていた茨城県阿見町のカーテン店経営者(当時67歳)を日立市内の事務所等で軟禁状態に置き、糖尿病と肝硬変を患っていた被害者の体調悪化を狙って、1ヶ月間にわたって大量の酒を与えた。

同年8月中旬に「先生」の自宅で高アルコール濃度のウォッカを無理やり飲ませ、病死に見せかけて殺害。遺体を七会村(現城里町)下赤沢の山中の林道に運んで遺棄した事件。

8月15日に遺体が発見された。

当初は警察から「事件性無し」と処理した結果、残された家族は生保会社2社から約1億円の生命保険金を手にしたが、大部分の保険金は「先生」たちによって山分けされた。

via:wiki


 

「先生」こと 三上静男被告は カーテン販売会社社長・栗山裕さん(当時67歳)の殺人容疑で逮捕・起訴された。
 
上申書殺人事件

via:事件現場(大島てる)

 
2009年2月26日、一審・水戸地裁で無期懲役判決を言い渡され、8月24日 東京高裁で控訴棄却。

2010年3月3日、最高裁で上告が棄却され三上静男被告の無期懲役が確定した。

後藤良次被告もカーテン販売会社社長殺人容疑で起訴され、2009年6月30日に一審・水戸地裁で懲役20年の判決を言い渡された。

2010年3月17日、東京高裁で控訴が棄却され、2012年2月20日に上告棄却で、後藤良次被告の懲役20年判決が確定した。

2017年10月現在、59歳の後藤良次死刑囚は東京拘置所に収監されている。
 
 
スポンサーリンク