監察医 上野正彦が暴いた本庄保険金殺人事件 執念の死体再鑑定!

上野正彦 監察医 死体鑑定

五年前の死体の再鑑定

解剖5000体以上、検死20000体以上の死体を見てきた元東京都監察医の上野正彦氏。

実は上野氏は本庄保険金殺人事件の第一被害者の死体を再鑑定している。

そしてはじめは「自殺」とされていた鑑定を再鑑定で「他殺」と見抜いたことが、本庄保険金殺人事件を解決に導く一助となっていた。

私は今、一枚の写真を眺めている。

大きな川の取水口に、汚い塵や小さな枝木、発泡スチロールなどに混じって黒い物体が浮かんでいる。

よくみると、うつぶせになった人体のようである。

肩には藻のようなものがこびりついているから、長い間、川を漂流してそこに引っかかったのかもしれない。

大学教授が鑑定した鑑定書の日付を見ると、解剖がなされたのは、五年も前のことである。

鑑定書では、本死体は腐敗が進み、詳細な病理学的検査に耐えうる状態ではないとあらかじめ断った上で、死因について以下のように述べている。

「骨折や重篤な臓器損傷を伴う外傷は存在していない。脳出血や心筋梗塞、大動脈瘤破裂や肺結核、肝硬変、悪性腫瘍などの病変は認められない」

つまり誰かに殺されたり、病気で死んだ可能性はないと述べている。

次に「これはいわゆる水中死体であり、溺死の可能性を考慮するのは当然で、死体所見からは溺死を排除する根拠は見当たらない」

しかし、いったんそう判断した上で、以下のように続けている。

「死後変化が進むと腐敗のため所見の判断が曖昧になり、溺死と判断しにくい。少なくとも重大な外傷や死に至る病変は見られないが、それ以外の死因として溺死の可能性を含めて否定も肯定もできない」

via:監察医が泣いた死体の再鑑定:2度は殺させない

 
 
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この水死体は、本庄保険金殺人事件の第一被害者・斎藤良一さん(仮名)である。

殺害されてから発見まで11日も経っていたので鑑定はある意味難しい側面もあり、警察には「はっきりしたことは断定できないが、溺死と考えても問題ない」といった内容が伝えられたのかもしれない。

前述の5年前の解剖鑑定書はクロだかシロだかわからない曖昧な書き方をされているが、一言で言ってしまえば こういうこと↓だ。

法医学者
この死体は時間が経ちすぎているから はっきりと溺死と断定できないし、私の法医学教室ではこれが他殺なのか自殺なのか判定がつかなかった。

そしてその後 この遺体の身元が分かり、追い打ちをかけるように彼の自宅から遺書らしきものが発見されたのだから、警察がこれを自殺として処理するのはミスとは言えないし、ある意味仕方がないことだと思う。

でもこの遺書らしいものは、もちろん八木茂の偽装工作である。

本庄保険金殺人事件の主犯・八木茂としては、遺体が見つかってくれないと保険金が下りないのだから困る。

だからきっと斎藤さんが見つかるのを 今か今かと 首を長くして待っていたに違いない。

そして身元不明の遺体が発見されたときに、いの一番に偽装結婚した戸籍上の妻・アナリエに名乗りださせたのだろう。

彼らにとって遺書らしいものを用意しておくこと、そしてそれを偽造することも難しくなかっただろう。

それらが自分たちの思惑通りに「自殺」と断定する後押しをしたのだから、心の中では笑いが止まらなかったと思う。

斎藤さんを自殺に見せかけて殺したことで、八木茂は3億200万円の保険金を手に入れているのだ(後に保険会社が保険金返還の民事訴訟を起こし、返還を命じる判決が出ている)

埼玉県警刑事
先生、五年前に入水自殺で処理された件があるんですが、もう一度鑑定をお願いできませんか。
上野正彦
でも大学の法医学教室できちんと司法解剖され、自殺で処理されているんでしょう。
埼玉県警刑事
ええ、それはそうなんですが。

何しろ世間を騒がせている事件ですので、我々も念には念を入れたくて、ぜひ先生のお力添えをいただきたくお伺いした次第です。

上野正彦
えっ、あの事件ですか?

全国的に注目されている事件の担当だとやりがいも大きいだろうが、それ以上にプレッシャーも強いのだろう。

緊張した面持ちで私と対峙している目の前の刑事の顔に、苦渋の色が見て取れた。

via:監察医が泣いた死体の再鑑定:2度は殺させない

 
 
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これが溺死ではない3つの要因

再鑑定に取り掛かった上野氏は水死体の写真と鑑定書を見て「これは最初の鑑定で示された溺死ではないな」と思ったという。

それには3つの要因があった。

肺の重量

 
溺死とは液体を軌道に吸引して窒息してしまうことだ。

水が入ってくると肺の中の空気が押し出されて、代わりに肺は水で満たされてしまうから、溺れて死んだ人の肺は通常よりも重くなっているものだ。

にもかかわらず、この死体の肺は一般成人の肺の重量と同程度だった。

ということは、この人は川に落ちたときに水を吸引していないことになる…つまり生命反応がなかったと。

肺の重量ももちろん司法解剖の鑑定書には記載してあるので、この所見を見ただけでも、この死体が溺死したものではないことがわかるはずなのである。

錐体内出血

もうひとつ、溺死体には「錐体内出血」が現れるはずだが、その記載が鑑定書にはなかった。

※錐体内出血…強い陰圧が加わったときに中耳と内耳の周りの骨の内膜が剥離して出血すること。

溺死の場合に必ず錐体内出血が現れるわけではないが(現れるのは6割ほど) 

この死体には錐体内出血に関する所見が記載されていなかったことから、溺死ではなかった可能性も考えられたのだ。

死体の状況

この死体の身元が判明したことから、28キロ上流から発見場所まで流されてきたことがわかっていた。

溺死すると肺が水で満たされることから浮袋の役目がなくなって、遺体は水中に沈んでしまう。

だから流され始めて最初の10キロくらいは、遺体は水底に体を擦り付けたり、転がりながら流れていく。

時に体が水底にある石や岩などにぶつかりながら流されていくので擦過傷だけでなく、体のあちこちが損傷してしまうことにもなり得る。

そんな状態だから着衣も全て取れてしまって全裸になることも珍しくない。

その後ガスにより 体が水面に浮上してきてから発見される。

それなのにこの遺体は発見されたときに洋服を着ていた。

しかも溺死であれば ここまで転がり流されて来る間についているはずの 死後にできた擦過傷も体の損傷も見当たらない。

ということは、それは自殺して溺れたものではなく、殺害されてから川に捨てられたものである。

上野氏は再鑑定でそう断定した。

斎藤さんの死体は発見当時は自殺による溺死として処理されていたので、彼の死に関わっているかで容疑者たちを問い詰めても自供させることはできなかった。

ところがこの鑑定結果を突きつけて武まゆみらを問い質したところ、ひと月もたたないうちに斎藤さん殺害の自白が始まったのだった。

その後、斎藤さんの遺書とみられていた手紙の筆跡鑑定をしたところ、彼女が書いたものだということも判明した。

それにしても、5年前の司法解剖で他殺が判明していれば、本庄保険金殺人事件で第二、第三の被害者が出ることはなかったのだと思うと、何ともやるせない思いがする。
 
 
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