伊勢女性記者 (辻出紀子) 行方不明事件

辻出紀子 行方不明

辻出紀子さん失踪

辻出紀子 行方不明

1998年11月23日、伊勢市にある地方出版社「伊勢文化舎」の“伊勢志摩”編集部の辻出紀子(つじでのりこ)さんは、タイ旅行から帰国した。

※「伊勢志摩」は現在は「伊勢人」に名称変更

辻出紀子さんは立命館大学出身。

大学では写真研究会に所属し、海外旅行にもよく出かけていた。

11月24日、辻出紀子さんは伊勢文化舎に出勤し、近隣のウォーキングコースの取材に出かけた後は会社で原稿を書いていた。

この日、昼間に何度か会社宛てに「伊勢志摩6月・7月号」で辻出紀子さんが取り上げた人物A氏から電話があった記録が残っている。

夜11時頃にもまたA氏から電話があり、辻出さんは会社を出た。

現在のところ辻出紀子さんの姿が確認されているのはここまでである。

11月の寒い日だったのに、彼女はダウンジャケットを会社に置きっぱなしで失踪している。

その後にキャッシュカードで口座から現金が引き出された様子はない。

そして翌・11月25日、辻出紀子さんは出社しなかった。

昨夜辻出さんが残業していたことを考えて、はじめは会社の人たちも心配をしていなかった。

また自宅では、昨夜紀子さんから外泊の連絡がなかったのは、休暇中にたまった仕事があるのだろうと考えたからで、母親もそのまま仕事に出かけていた。

紀子さんの祖父はリハビリで猪の倉温泉に出かけており、辻出家が留守だったため、伊勢市内の保険会社駐車場に停められていた辻出紀子さんのマーチについて、保険会社から警察に問い合わせがあったことを家族が知るまでにタイムラグがあった。

「車を移動してください」との警察からの連絡から、紀子さんが出社していないことを知って驚いた両親が娘に電話をかけたが応答はない。

紀子さんの両親は別々に伊勢に向かい、父親は車の移動をすることになった。

車の駐車については不審な点がいくつかあった。

マーチが駐車ラインを無視して斜めに駐車していたこと…几帳面な紀子さんらしくないと関係者は言っている。

慌てていたか、別人が運転していた可能性もあるかもしれない。

車のドアがロックされていたにもかかわらず、所持品がすべてなくなっていたこと。

灰皿にタバコの吸い殻が1本残されていたこと・・・紀子さんは喫煙者ではない。

車の座席が下がっていたこと・・・紀子さんのサイズに合わない。

カーステレオのスイッチが切られていたこと・・・普段はつけっぱなしにされていた。

こういった、通常とは違う不審な状況がいくつかあったにもかかわらず、三重県警はこれを行方不明ではなく、家出で処理をする。
 
 
警察ではこの時点では何の捜査も行われておらず、紀子さんの失踪を「家出人扱い」と捉え「写真を持ってきてください」と父親は言われた。

とはいえ、家族も会社も家出などに心当たりはない。

特に両親は紀子さんが自らの意思で失踪するなど絶対に考えられないと警察で食い下がったが、警察は冷淡だったという。

現時点ではあくまでも「家出人」だというのだ。

そんな三重県警がようやく重い腰を上げたのは、紀子さんが失踪してから約1ヵ月後だった。
 
 

そんな状況の中、両親の焦りはどんどん募っていた。

紀子が失踪なんてするわけない、ならば誘拐か。

1997年6月に三重県で発生した女子高生失踪事件(17歳の北山結子が行方不明になった事件)が脳裏をよぎった。

そういった未解決の行方不明事件があったのもかかわらず 三重県警の初動が遅れたのは、紀子さんが成人だったからということのようだ。

家族や会社は事情聴取をされたものの、事件の捜査は非公開のまま行われることになった。

辻出紀子さんの学生時代からの恋人の大手新聞記者の青年が赴任先の徳島から駆けつけたり、友人たちが集まったりして交友関係リストを作成し、片っ端から当たっていったが、紀子さんの行方は杳として知れなかった。

何も情報が得られないまま1ヶ月が過ぎたころ、両親にとって寝耳に水の出来事が起こった。

辻出紀子さんの失踪に関与した容疑者の男が、東京で起きた監禁暴行事件の容疑者として、三重県警に逮捕されたのである。
 
 
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別件逮捕されたA氏

当時の三重県では北川正恭知事の下、東紀州(熊野や尾鷲など、和歌山に近い三重県南部地方)の振興が急務とされていた。

そしてその一環として三重県では「東紀州体験フェスタ」などの大型イベントプロジェクトが次々に具体化されていた。

辻出紀子さんが「伊勢志摩」という地方紙の編集者兼記者となったのは ちょうどそういう時代だった。

東紀州の記事を書くにあたり、辻出紀子さんは土地勘があり顔の広い協力者を探していた。

尾鷲市周辺で海の自然などに詳しい人はいませんか?・・・紀子さんは尾鷲市役所にたずねた。

そして市役所では一人の男を紹介した。それがA氏である。

A氏は尾鷲市に隣接する海山町(現・紀北町)相賀地区生まれ。

近くで熱帯魚販売店を営みながら様々な活動を行い、地元の青年会議所の副理事長でもあった。

マリンスポーツを楽しむさわやかなルックスの青年を、紀子さんが信頼するのに時間はかからなかった。

辻出紀子さんはA氏を取材し、特集した記事の掲載号の編集後記にこう綴っている。

「Aさんの自然の中での表情ときたら、実にうれしそうなのだ。自然は人を笑顔にさせる力があると思う。」

A氏には東京都港区に付き合っている女性がいた。

辻出紀子さんの失踪から1ヵ月後、東京の交際相手を監禁し暴行を加えた容疑で、A氏は三重県警に逮捕されたのだった。

しかし、この逮捕は誰の目から見ても明らかに「別件逮捕」だったという。

警察としては取り調べの中で自白させる目論見で、A氏を別件で引っ張った…が、そうは問屋がおろさなかった。

A氏には人権派の敏腕弁護士がついていたのだ。
 
 
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「無実になったら全部話します」

1998年11月24日、A氏が辻出紀子さんの勤務先や携帯電話に4回電話していたことはわかっている。

A氏は事情聴取には応じていたが、その応答はころころと変わったという。

夜11時過ぎに辻出紀子さんと会ったが、食事をして別れた。

駐車場まで紀子さんを送って別れた。

紀子さんを駐車場を通り過ぎたところで降ろした・・・のように。

そして警察は別件ながら、A氏の逮捕に踏み切ったのだった。

弁護士はA氏に黙秘を指示し、嘘発見器も拒否させた。

当時の捜査関係者
何度かAが落ちそうになる瞬間があった。しかし弁護士が面会に来ると元気になる。
 
そうこうしているうちに、辻出さんの物証は出ないし自白はないし。
 
別件で起訴はしたのだが・・・

最終的に津地方裁判所は別件容疑の被害女性の証言には時間に関してあいまいな点が多いとして、A氏に無罪判決を言い渡した。

そしてその後、A氏は国と県とを相手取り、3000万円の慰謝料を求める国家賠償請求訴訟を起こした。

さらにマスコミに対しても同様の訴えを起こすぞと脅しをかけたという。

結果的にA氏と弁護士は訴えを取り下げたのだが、警察の捜査が足踏みをし、新聞各紙や、自由度が高く事件を掘り下げたであろう週刊誌などのメディアも腰が引けた形になってしまったようだという。

A氏は辻出紀子さん失踪に関与しているのか否か…それはA氏にしかわからないことだが、辻出紀子さんに最後にあった人物はA氏なのだ。

だからこそ二転三転した供述のうちどれが真実なのかが 気になるところである。

もうひとつ気になるのがA氏の証言。

辻出紀子さんの両親は拘留中のA氏に面会をしているが、そのときにA氏はこう言ったそうだ。

A氏
無罪になったら、全てを話します。

ところが翌年10月の釈放翌日に、辻出紀子さんの両親がA氏に面会を求めると彼の態度が一転していた。

面会を直接断ったのはA氏本人ではなく、A氏の義兄(Aの姉の夫)で、次のように語ったという。

◆私たち家族はマスコミ報道に我慢がならない。
あなたたちがそんな態度を取る以上、何を話しても仕方ない。

◆やるだけ無駄だという結論になった。Aも同じ気持ちだ。
当面あなたたちに何も話す気は起こさないだろう。

◆いくら灰色といわれても放っておく。
もちろん、人権を侵害するような報道には法的措置をとる。

◆どうしてAにこだわるのか。
伊勢文化舎の代表が怪しいんじゃないのか。

◆今後もしAが話を擦る気になったら、弁護士を通じてあなたたちに連絡する。
その際、条件をつけさせてもらう。
たとえば話した内容をマスコミに漏らさないとか、Aの答えをあげつらうような質問をしないことなどだ。
それまであなたたちにはこちらに来ないでほしい。

via:殺しの手帖

この一方的な宣告から、今年で早18年になるが、A氏からの連絡は一度もないという。
 
 
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辻出紀子さん失踪3日後の奇妙な電話

辻出紀子さん失踪から3日後、辻出家の固定電話に「クロネコヤマト」を名乗る電話があった。

クロネコヤマトの宅急便です。●●さん(妹の名前)宛ての宅急便をお預かりしておりまして、本人さんに直に渡したいので、妹さんの住所を教えてください。

宅急便が届け先の住所がわからないなんてありえない。

不審に思った紀子さんの母親が「お電話折り返します。どちら様ですか?」と訊ねると

クロネコヤマト、総務部の山口です。電話番号は●●●-●●●●-●●●●●です。

メモした電話番号がひとつ多い、しかもクロネコヤマトにそんな番号の電話は存在しなかった。

辻井で夫妻は警察に調べてほしいと届け出た。

もしかしたら紀子さん失踪に関わった何者かが身代金を要求するつもりで電話してきたのかもしれないし、あるいは妹が姉から何か聞いているかもしれないと探りを入れるために妹をターゲットにしていたのか・・・いろいろな可能性も考えられた。

警察の捜査の進捗は両親に知らされることがなかったため、今となっては何がどうだったのか知りようがないのだが、辻出夫妻には「あのときにすぐに警察が動いてくれていたら!」という思いがぬぐえないようだ。

失踪3日目頃は、警察はまだ紀子さん失踪を事件だと捉えておらず、家出人の一人という認識しかなかったと思われるからだ。

辻出紀子さん行方不明事件における警察の第一のミスが初動の遅れだとすると、A氏の別件逮捕は第二のミスだったと 結果としていえるかもしれない。

辻出紀子 行方不明

氏名:辻出紀子さん
年齢:当時24歳(1998年11月24日失踪)
身長:161cm
体重:46kg
頭髪:黒色・セミロング
服装:ベージュ色のセーター、黒色のパンツ
靴:オレンジ色のスニーカー(ニューバランス/24cm)
所持品:濃緑色のショルダーバッグ(ビニール製)
特徴:左手薬指つけ根に1cm大の火傷痕

【情報と詳細問い合わせ】
TEL:0596-20-0110 又は、最寄りの警察署、交番、駐在所

 
 
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