鳥取連続不審死事件 (2) 読売新聞記者が鉄道自殺!?不審死1人目

鳥取連続不審死事件 読売新聞記者 鉄道 自殺

「鳥取連続不審死事件 (1) 犯人 上田美由紀の生い立ち」のつづきです。
 

読売新聞記者のS氏(1961年生まれ)は1999年に鳥取局に転勤になり、支局内では「三席」(支局長・次長に続く三番手の記者)として地方版の記事を執筆していた。

S氏は同い年の美人の奥さんとの間に二人の息子がいた。

各地の支局へ異動が多い転勤族だったが、S氏は子どもの運動会などの行事にも参加する、子煩悩な父親という印象が周囲にはあったという。

そんなS氏が上田美由紀と最初に出会ったのは、鳥取赴任2年後の2001年だった。

場所は鳥取市の歓楽街・弥生町にあるスナック・・・二人目の夫との不仲で別居していた上田美由紀が夜の街に身を置くようになった いちばん初めの店である。

スナックで上田美由紀と出会ったS氏はあっという間に彼女におぼれ、傍から見ても明らかに様子がおかしくなっていくのがわかったほどだったらしい。

読売OB
あの女と付き合うようになってから Sはおかしくなった。

それまでは毎晩遅くまで残業して記事を一生懸命書いていたのに、急に仕事に身が入らなくなって。支局から急にいなくなったこともあったようだ。

そのうちしょっちゅう連絡がつかなくなったり、重要な仕事や泊まり勤務をさぼったりするようにもなった。

だから支局長が業を煮やしてSを何度も問いつめたんだ。でも上田美由紀と一緒になるんだって言って、まったく聞く耳を持たなかった。支局長が上田美由紀を呼び出して 話をしたこともあったと聞いたな。

Sが上田に宛てて出した手紙が残っていて、歯の浮くような調子で「好きだ」「愛してるよ」って書いてあった。彼があの女に入れあげていたのはまちがいない。

via:誘蛾灯

上田美由紀に夢中になってしまったS氏は 2003年頃に妻子と暮らしていた賃貸マンションを飛び出して、美由紀と同棲を始めている。

その時点では上田美由紀には二人の結婚相手との間にもうけた四人の子どもがいたのだが、2004年5月に5人目の子を出産していた(S氏が亡くなってから誕生)

この子はおそらくS氏の子どもだろうとみられているが、この時美由紀は同時並行的にS氏以外の別の男とも付き合っていたため、実際には誰の子どもかははっきりしないようだ。

その後S氏は、あちこちから借金を重ねるようにもなっていった。

40歳前後の読売新聞記者なら年収1000万くらいはあったと思われるが、それでも当時のS氏はあちこちから借金をしまくるほどに窮していた。

その理由はやはり上田美由紀にあった。

上田美由紀はいろいろな口実をつけて、S氏に金をせびっていた。

「子供が病気になった」「生活費がない」「一緒に住む家を準備する」

それをS氏は信じ切っていて「金がかかるんだ」といいながら金策に必死になっている姿が見られている。

そのうち借金の取り立てが支局までやってくるようにもなった。

S氏の父親は彼から金を無心されたときに ここまで言ったという。

S氏の父親
1000万円貸してやる代わりに、親子の縁を切る
 
S氏が美人の妻と二人の愛息を捨ててまで、あの上田美由紀に貢ぎまくっていたのはなぜなのか?

どうやらS氏は妻との関係が冷え切っていて、特に性的な関係をめぐって深く悩んでいたらしく、そのことについては支局の同僚がS氏から相談されていたこともあった。

そんな時に目の前に現れて、心の隙間を埋めてくれたのが上田美由紀だった。

そしてS氏は後戻りできないほどに、上田美由紀にのめり込んでしまったのである。
 
 
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2004年5月13日の夜、S氏は特急列車に轢かれて、帰らぬ人となった。

列車の運転手は事故に気づかずに現場を通過したが、運行終了後に車体に血痕がついてるのを見つけて警察に通報し、事故が発覚した。

現場周辺には段ボールの破片が散乱していた。

どうやらS氏は段ボールを被るか、中に入る格好で線路に横たわったいたようだ。

散乱したダンボールをかき集めると、サインペンのようにもので走り書きが遺されていた。

「美由紀に出会えてよかった。美由紀と出会って本当の愛を知った」

ところが、これをS氏自身が書いたのかどうかは判然としていない。

この時にS氏の家出人届を上田美由紀が提出していた。

警察へは「喧嘩した夫が家を飛び出して行ってしまった」と訴えていたらしい。

その直後にS氏が亡くなっているのは、あまりにもタイミングがよすぎやしないだろうか。

でも、この時にS氏の勤務先である読売新聞鳥取支局にも遺書めいた手紙が遺されていたことから、鳥取県警はS氏の死を自殺と判断し、司法解剖を行わなかった。

遺書のように見えた手紙は鉛筆書きで「支局に迷惑をかけた」という内容だったというが、あちこちから借金をしまくっていたS氏の言動を考えると、自殺という見方に疑問の声は上がらなかったという。

2004年5月15日と16日に、S氏の通夜と葬儀が鳥取市内の葬儀場で営まれているが、この時の喪主は上田美由紀が務めている(S氏と妻の離婚は成立していなかったにもかかわらず)

いずれにしても、司法解剖が行われていないのだから、今となっては明らかに不審死だと思われるS氏の鉄道事故の真相は残念ながら藪の中である。
 
「鳥取連続不審死事件 (3) 警備員が日本海で水死!不審死2人目」へ続く
 
 
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