武富士弘前支店強盗放火殺人事件 (小林光弘)

武富士弘前支店強盗放火殺人事件 小林光弘

2001年5月8日午前10時49分、武富士弘前支店に男が押し入り、金を要求した。

支店長が110番通報すると、男は持っていたガソリンを店内にまき、火をつけて逃走した。

火はあっという間に店内に燃え広がり、従業員9人のうち、逃げ遅れた5人が焼死した。

わずか2~3分の出来事だった。
 
武富士弘前支店事件 小林光弘

via:【武富士弘前支店強盗放火殺人事件】事件現場(大島てる)

   
「犯人は津軽弁を話す水色のつなぎを着た40代の男」という被害者や目撃者の証言を元に、警察は犯人の似顔絵を作成して公開した。

また犯人が逃走に使った深緑色の軽ワゴン車を対象に捜査が進められた。

さらに放火に使われた新聞紙の購買客にも絞り込み捜査が行われた。

似顔絵に似ているとして280人の情報が寄せられ、犯人と同じ車を保有し、放火に使われた新聞を購読している小林光弘(当時43歳)が捜査線上に浮上した。

武富士弘前支店事件 小林光弘

via:https://matome.naver.jp/

 
 
小林光弘にはアリバイがあったが、それは身内の証言によるもので信憑性が薄く、小林光弘は事件の前日と当日は仕事を休んでいたことがわかった。

また事件前日に、小林光弘が弘前市内でガソリンを購入していたことが判明した。

2002年3月3日早朝、警察は小林光弘に任意同行を求めた。

小林光弘は容疑を否認したが、自宅を家宅捜索したところ水色のつなぎが見つかり、それを問い詰められた小林は犯行を認め、2002年3月4日に逮捕された。
 
 


 
 
小林光弘は1987年からタクシー会社に勤めていた。

勤務態度はまじめだったが競輪にはまっており、複数のサラ金から金を借りていた。

サラ金の借金だけでなく、家のローンや知人の借金の肩代わりなどもあって、一時期 借金は総額2300万円になっていたという。

それらは退職金や実父の死亡保険金などで返済をしたが、再び競輪で借金を繰り返した。

2001年5月から一度辞めたタクシー会社で再び働き始めたが、連休明けの借金返済日が迫ったことにあせり、今回の犯行に至ったのだった。
 
 


 

小林光弘は「まさか5人も死ぬとは思わなかった」「火をつけたのは逃げるためで、殺意はなかった」と供述した。

殺意を否認し、減刑を求めたが、2003年2月12日、青森地裁は検察の求刑通り、小林光弘に死刑判決を言い渡した。

小林光弘は即日控訴したが、棄却され、死刑が確定した。

2014年8月29日に小林光弘の死刑が執行された。

56歳没。
 
 
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