福岡3女性連続強盗殺人事件 (鈴木泰徳 死刑囚)

福岡3女性連続強盗殺人事件 鈴木泰徳

画像はイメージです。

鈴木泰徳死刑囚は僅か1ヶ月間で3人の女性を殺害した「福岡3女性連続強盗殺人事件」の犯人である。

飯塚事件

2004年12月12日午後11時40分頃、飯塚市の公園で、歯科技工士の専門学校生に通うA子さん(当時18歳)の絞殺死体が見つかった。

遺体の首にはマフラーがまかれていて、死因は窒息死。

A子さんの顔には抵抗した際にできたと思われる擦過傷があり、強姦の後、殺害されていた。

遺体の近くには財布が入ったA子さんのバッグが落ちていたが、通行人が来たために、鈴木泰徳は何も盗らずに逃走した。

福岡・博多事件

2005年1月18日午前5時半頃、福岡市の公園で、大手航空会社の子会社に勤める23歳のB子さんが殺害される事件が起こった。

早朝仕事に向かうために福岡空港に向かっていたところで被害に遭った。

午前7時過ぎに新聞配達員が遺体を発見している。

遺体は刃物で数箇所傷つけられており、死因は失血死。

第一発見者
新聞の配達中で、公園の中に何かが転がっているなと思って近づいたら人だった。
 
お腹のあたりが血だらけで、午前7時24分に通報した。

鈴木泰徳はB子さんの腹を包丁で刺して殺害し、B子さんの所持品を持ち去っていた。

北九州・小倉事件

2004年12月31日早朝、北九州市の路上でパート主婦のC子さん(当時62)が何者かに刃物で胸や背中を刺されて死亡。

C子さんは財布(6000円ほど)が入ったバッグを奪われていた。
 
 
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逮捕

 


 
2005年3月8日、B子さんの携帯電話を持っていた男が、占有離脱物横領容疑で逮捕された。

この件で逮捕された男が直方市に住む鈴木泰徳(当時35歳・土木作業員)である。

鈴木泰徳には妻と幼い子供が二人いた。

3事件が起きた北九州市、飯塚市、福岡市を線で結ぶと、直方市は三角形の中心辺りに位置する。

また犯行周期をみると、12月12日、12月31日、1月18日と、ほぼ一定の周期だった。

鈴木泰徳は犯行当時は土木作業員ではなく運送会社に勤めており、トラックで生鮮食品などの配送をしていて、その配送エリアに鈴木が犯行に及んだ3つの地域が含まれていたことも後にわかった。

事件が起きた日のうち2日は鈴木泰徳の出勤日であることから、犯行後に何食わぬ顔で仕事をしていたわけである。

運送会社関係者
鈴木は12月13日の午前4時に福岡方面に向かって出発しているので、第1事件は仕事前の犯行。
 
第2事件の12月31日は休みだったが、犯行現場は鈴木が仕事で使う田川市から北九州市に向かうルートのすぐそば。タコグラフを見るとその数日前から現場の近くで停車していた記録が残っていた。
 
第3事件の1月18日は午前3時過ぎに福岡市に向かっていて、納品作業をして午前5時から5時40分まで休憩し、6時から納品作業をしているから、途中の休憩時間に犯行に及んだと思う。

鈴木泰徳は何食わぬ顔で3人を殺害していたのか、周囲で鈴木の変化に気づく者はいなかった。

鈴木泰徳は事故を何度も起こしていて2005年1月22日に運送会社を退職しており、以降3月8日に逮捕されるまでの間は土木作業員をしていた。
 
 
鈴木泰徳が浮上したのは、鈴木がB子さんから奪った携帯電話を使ってアダルトサイトに頻繁にアクセスしていたからである。

「通信料が惜しかった」から、盗んだ携帯を使っていたのだという。

鈴木は携帯電話の電波位置が特定できることを知らずに使い続けたため、2月中に容疑者として浮上し、3月に入ってあえなく御用となった。

パチンコやスナック遊びで多額の借金を抱えていた鈴木泰徳は、看護師の妻から愛想をつかされていた。

警察に身柄を確保されたときにも借金のことで妻から責められるのが嫌で自宅に帰れず、近くに停めた自家用車内で、B子さんの携帯からアダルトサイトにアクセスしている最中だったという。

鈴木泰徳の生い立ち

鈴木泰徳は直方市の南部に位置する町で、自動車整備工場を経営する家に生まれた。

直方市内の中学から、鞍手郡宮田町(現・宮若市)にある公立農業高校を卒業し、自動車関係の専門学校に進み、2004年5月まで実家の整備工場で働いていた。

同級生
鈴木は奥さんが看護師をしてるとよく自慢していた。
 
何度か直方の繁華街で飲んだが、かなり「ええかっこしい」だった。
 
あいつにはなじみの飲み屋が何軒もあって、そこに常連のような顔をして寿司折りとかを持って行き、店では大盤振る舞いをして、女の子の歓心を得るのが大好きだった。
 
そんな今年ながら、友達やらサラ金に金を借りまくって、借金取りが来て、親父さんが肩代わりしたことも何度かあった。
 
前に親父さんに会った時、鈴木の借金が1000万円くらいあったんじゃないかなと聞いていた。
 
実家の整備工場を辞めたのも、奥さんに内緒で自宅を抵当に入れて数百万の金を借り、それがバレて勘当されたから。

自宅を抵当にした借金は鈴木の父親の援助で弁済したが、鈴木は懲りずにもう一度自宅を抵当に入れて借金をしたのだという。

それが2004年9月頃に妻にバレて、夫婦関係が破綻していたのだった。
 
 
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裁判

 


 
2005年6月22日、福岡地裁で鈴木泰徳の初公判が開かれた。

鈴木泰徳は1989年頃から車で人身事故を起こし、被害弁済のために消費者金融で金を借りたことをきっかけに借金をするようになった。

その後パチンコやスナック遊びなどの遊興費で妻に隠れて約800万円ほどの借金を抱えた鈴木泰徳は、このことが発覚したときに妻から小遣いを止められ、夫婦生活を拒絶される生活を余儀なくされた。

そこで2004年12月初旬から一人歩きの女性を襲って、金品を強奪と強姦をするために、車で女性を物色するようになった。

そして鈴木泰徳の目に、12月12日午後11時半頃、友人宅から帰宅するA子さんの姿が飛び込んできたのである。

鈴木泰徳がA子さんを殺害したのは彼女に顔を見られたためで、殺害後に彼女のバッグを奪おうとしたが、そのときにちょうど公園の近くにトラックが停まり、運転手が下りてくる気配があったため、鈴木は慌てて何も盗らずに逃走していた。

第2の犯行は大晦日だったが、前夜にターゲットを見つけられなかった鈴木は 北九州市内の駐車場に車を停めて獲物を探していたところに、赤いフードのコートを着たC子さんを見かけた。

派手なコートを着ていたから、鈴木泰徳は若い女性だと思ったのかもしれないが、相手は62歳の女性だった。

鈴木は刺身包丁を持ってC子さんの後を追い、そばまで近づくと、彼女が年配女性だということに気づき、強姦はやめて強盗だけにすることにした。

鈴木泰徳はいきなりC子さんの背後から包丁を突き刺し「命だけは助けて」と60メートルほど逃げた彼女を執拗に追い、何度も包丁で刺し、バッグを奪い取って車で逃走している。

第3の犯行は、移動中に見かけたB子さんを 鈴木は包丁を持って尾行し、公園の前に差し掛かったところで襲った。

強姦するつもりだったが路上をバイクが通りかかるなどしたため断念し、B子さんを包丁で5回刺し、財布・携帯電話・CDプレーヤーなどが入ったバッグを奪って逃走した。

そして鈴木は何食わぬ顔で配送業務に戻り、業務を終えた午前6時半頃に現場の公園に戻り、B子さんの様子を確認している。

B子さんの腹部が痙攣していたため 間もなく死亡するだろうと思い、鈴木はそのまま立ち去っている。

これだけのことをやっていながら、鈴木泰徳は殺意などを公判で否認するという悪あがきを続けていた。
 
 
2006年11月13日に福岡地裁は鈴木泰徳に死刑判決を言い渡した。

その後も控訴審、上告審と裁判は続き、鈴木泰徳は一貫して殺意を否認し続けたが、いずれの訴えも棄却され、2011年3月8日に死刑が確定した。

2017年8月現在48歳の鈴木泰徳は、福岡拘置所で死刑の執行を待つ身である。

遺族の元には鈴木泰徳本人からもその実家からも、一切の謝罪はないという。
 
 
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