須賀川女性祈祷師6人殺人事件 (江藤幸子) 福島の悪魔祓い殺人事件

須賀川女性祈祷師6人殺人事件 江藤幸子

1995年7月5日早朝、福島県警須賀川署が行方不明の捜索願を受けて、市内の祈祷師・江藤幸子(当時47歳)の自宅を家宅捜索したところ、一部ミイラ化した6遺体を発見した。

それらは1階八畳間の布団の中に寝かされていた。

遺体の身元は後に、ここで共同生活を送っていた19歳から50歳までの男女であることが判明した。

この中には夫婦と娘の3人家族も含まれており、その妻の妹も被害者の一人で、その妹は教祖・江藤幸子と一緒に逮捕された3人のうちの一人と夫婦関係にあるなど、調べるにつけ奇妙な人間関係が浮かび上がってきた。
 
 
スポンサーリンク



  
 


  
  
江藤幸子は地元の高校を卒業後、しばらくして同級生と結婚した。

一男三女をもうけた後、江藤幸子は化粧品のセールスレディとなったが、生来の巧みな話術でセールス成績が優秀で、表彰されるほどのやり手だった。

そして塗装業を営む夫と元働きをし、自宅を新築して 市営団地から新興住宅地に移り住んだ。

ところが腰を傷めたのをきっかけに仕事をやめた夫は、その頃から競馬・競輪に狂いだし、1989年には自宅を差し押さえられ、やっと手に入れた我が家を手放す寸前までいった。

生活に悩んだ江藤幸子は、以前から夫が入信していた岐阜に本部を置く新興宗教に自らも入信。

化粧品セールスをしながら地元で信者を獲得するというやり方でたちまち頭角を現すようになっていったのだが、そのうち勝手に本部の名を使うようになり 江藤幸子は破門された。

それならばと、江藤は今度は自宅で祈祷師を始めた。

江藤幸子が宗教活動に専念しだしたのは、夫が失踪した1992年頃からである。

そして、互いに太鼓のばちなどで殴りあう「悪魔祓い」「御用」などと称する暴力がエスカレートしだしたのは、事件の前年(1994年)暮れあたりからだったが、これにはあるきっかけがあった。

この頃の江藤幸子は信者2家族・10人ほどと同居生活を始めていた。

その中で、江藤幸子は信者の一人で、元自衛官のN男(21歳)を愛人にしており、このN男に対して同居生活を送っていたS子(46歳)が色目を使っていると思い込んだのだ。

「キツネが憑いている」と自ら太鼓ばちを取り上げた江藤幸子は、N男Y子(実娘・23歳)・M男(S子の夫・45歳)の3人に、S子を叩いたり蹴ったりするように指示した。

そしてターゲットを殺してしまってからは「今、魂は清められている。悪臭がなくなれば魂はきれいになって、また生き返る」と託宣した。

他の信者たちもそれを真に受けて、以後も江藤幸子に命じられるままに夫婦、親子、友人同士で「悪魔祓い」という名の殺人を続けていた。
 
 


 

裁判は江藤幸子らの精神鑑定に時間を要したため3年間中断していたが、

福島地裁
自己中心的に信者を次々殴り殺したのは、宗教的行為とは言えない。
 
江藤幸子被告は自分の神格的権威を保つため、邪魔者を排除しようと「御用」を始めた。

・・・と2002年5月10日に一審で認定し、未必の殺意を認め、求刑通り江藤幸子に死刑判決を言い渡した。

N男とY子には無期懲役、M男には懲役18年を言い渡した。

江藤幸子は仙台拘置所で、2012年9月27日に死刑が執行された。

65歳没。
 
 
スポンサーリンク


 



須賀川女性祈祷師6人殺人事件 江藤幸子