元祖!?騒音おばさん事件

騒音おばさん

via:http://www20.tok2.com/home/geromi/mixi_backup/diary/254419480.html

ご近所トラブルって程度は大なり小なり違えど、まあいろいろあると思う。

殺人未遂事件にまで発展した、最近のこちらのケースとかを見て

神奈川 小田原市 騒音トラブルで小松徳子容疑者を殺人未遂で逮捕


 

2005年にもテレビで全国区のニュースに拡大した「騒音おばさん」を思い出した方も多いのでは。

2005年に奈良県平群町で起こった騒音おばさん騒動もすごかった!

ラジカセの大音量とともに、鬼の形相で布団をたたく騒音おばさんの映像が、何度ワイドショーで流れたことか。

騒音おばさん
引越し!引越し!闘魂込めて!しばくぞ!

でも正直、個人的にはあの事件の真相がよくわからない…表から見ても裏から見ても いろいろな意見があるので。

しかし騒音トラブルで騒音おばさんが逮捕され、裁判で最高裁まで争い、実刑が下ったのは紛れもない事実。

主婦が騒音を出し始めたのは、朝6時に布団をたたいていることなどを隣家の人に注意されたのがきっかけ。

逮捕容疑では2002年11月から2005年4月に逮捕されるまで、CDラジカセからユーロビートやヒップホップ、R&Bなどの音楽を大音量で24時間流し続けた。

それ以外にも、車のクラクションをむやみに鳴らしたり、取材に訪れた記者にものすごい形相でまくし立てるなど奇行を展開し、隣家の主婦は不眠や頭痛で約1ヶ月の治療が必要と診断された。

主婦の行為を写したビデオはテレビのワイドショーなどでも盛んに流されたが、警察官が訪れたときだけ騒音行為をやめるなど、証拠が不十分であったために、奈良県警は音の大きさの測定や被害者の診断書提出を受けて、ようやく逮捕に踏み切ったのである。

一審の奈良地裁での論告求刑公判で検察側は、「隣人に苦しみを与えた陰湿な犯行で、嫌がらせは約2年6ヶ月にわたった。“騒音おばさんの町”として平群町の悪評を広めた」とし、懲役3年を求刑したのに対し、被告の主婦は「(被害者の)女性が何でもわたしのせいにした」などとという便箋70枚にもわたる意見陳述書を読み上げようとしたところ、裁判長に途中で止められた。

弁護側は音を流したことは傷害の実行行為とはいえないとして無罪を主張した。

また、第2回公判では、被告の主婦は「謝ってしもうたら、冤罪を認めることになる。自分に罪はない。認めるつもりはない!」などと罪状を否認し、証拠として採用された「引っ越し、引っ越し」と叫びながら布団をたたく映像が法廷で流されると、その映像の音楽に合わせてリズムをとる場面もあった。

裁判長は判決理由で、「音楽を大音量で鳴らし続ける行為は、被害者に精神的ストレスを与え、身体の生理的機能を害するもので傷害罪にあたる」と認定し、「執拗かつ陰湿。反省の態度が感じられず、再犯の可能性も強い」として、懲役1年の実刑を言い渡したところ、主婦は判決を不服として即日控訴した。地検側も「2年以上にわたり積極的に危害を加えたのに、量刑が軽すぎる」などとして控訴した。

大阪高裁の控訴審では、弁護側は「音楽を鳴らす行為は傷害罪には当たらない」などと改めて無罪を主張したのに対して、検察側は「長期にわたって警察などの警告を無視し、被害者に苦痛を与え続けており、1審判決は軽すぎる」と指摘した。

騒音行為を行うようになった経緯について、大阪高裁の被告人質問で加害者の主婦は「子供の泣き声がうるさいなど近所から苦情を言われ裁判を起こされたので、生活音を消すためするようになった。亡くなった娘の悪口を言いふらされたり、鍵穴を塞がれるなど虐めに遭っていた」と答えた。

裁判長は、「傷害の確定的な故意があり犯行は陰湿。1審判決の量刑は軽い」として、1審の奈良地裁判決を破棄して、それより重い懲役1年8月を言い渡した

被告の主婦は上告したが、2007年4月、最高裁は被告側の上告を棄却する決定を下し、2審大阪高裁判決が確定した。

2005年の逮捕以降拘置が続いており、この未決拘置日数のうち約500日が刑に算入されるため、実際に服役するのは約3ヶ月となった。

主婦は2007年7月に刑の満期を迎え出所した。

via:wikipedia

 
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騒音おばさんを巡るご近所トラブルの原因のひとつは駐車スペースによるものらしい。

騒音おばさんが自宅裏の私道の坂道の使用許可が得られず、200万円ほどかけて建て増した車のガレージの2階部分が使えない状況に陥った。

そこで3台あった車のうち2台を道の角に路上駐車したことがきっかけで、山沿いの細い道を通れなくなった近隣住民たちと騒音おばさんははもめるようになる。

1991年には 騒音おばさん宅の真向かいの隣人は駐車場所を巡って「車を傷つけあう壮絶な喧嘩」(=近隣住民・談)の末、我慢ならずにこの隣人が引っ越していったという。

このバトルが結果として 「騒音おばさん」事件の被害者Aさん(=20年越バトルの相手)との間で お互いに違法駐車を見咎めて、怒鳴りあう局地的バトルに飛び火した、といわれている。

ちなみにこの両者のバトルの原因は「引っ越してきた当初あいさつがなかった」「庭園灯がまぶしかった」などとも言われている。

ちなみに騒音おばさんは平群町W台が山側から開墾されてすぐの1984年に移り住んだ「最古参」の住民の一人だったようだ。
 
 

使用許可が得られなかった私道の坂道というのはその上の方の土地を買った地元の不動産会社のもので、アプローチまでの道を作ったのだが、近隣住民のけんかの騒音のせいで土地が売れない。

そんなことがあったから、騒音おばさんは私道の使用許可を与えられなかった。

…ということは、路上駐車問題以前から騒音おばさんとご近所さんはもめていたのか!?
 
 

騒音はもめた相手だけでなく、近隣一帯に響くものだから、騒音おばさんと直接もめなくても、皆がとばっちりは食っていた。

あれだけ騒音を立てられたら、直接の接点がない住人からも文句を言われたり恨まれることは必至だ。

事件当時は「近くに住んでいる人は、車の中でフルボリュームで音楽を聴くのと同じ状態だった」という証言もあった。

どれだけ騒音公害が凄まじかったのかを示す話である。

某近隣住民
ご近所が騒音で何人も ローンを残したまま引っ越していった。
 
私が仲がよかった方も、あの騒音で引っ越してしまった。
 
山にパンパーンと音楽が響いて、道路壁に遮られていない住宅の2階部分に響く。
 
20年間雨戸を閉めて暮らしてきたよ。
 
うちだけじゃない、かなり遠くの家でも2階が開けられなかった。
 
「車で突っ込んだろか!」と言う人が何人もいて、車で怒鳴り込みに行くが、騒音おばさんの家の前でようやく思いとどまる。
 
「なんで我々には法律があって、あいつにはないんや」って話ですよ。
 
その際、お互いに刃傷沙汰寸前になった。

ここにいる人であの人をよく言う人なんていない。●●異常ですよ。  

via:日本の黒い事件

  
  
そんな中、「自分も騒音に悩まされた一人」としながら「騒音おばさんはそもそも悪くない」と言う男性(当時60代)もいた。

男性
駐車場を巡って、住民たちと騒音おばさんの争いに発展していったのは事実。
 
住民からの攻撃というか、それなりに激しいバトルがあったことも否定しません。

via:日本の黒い事件

当時は騒音おばさん宅の自宅玄関周りや車周りが破壊されたとか、汚物や投石など真偽不明な周辺住民からの攻撃情報がマスコミやネットで取りざたされていたが、この男性はそれらのことをある程度は否定しないという住人である。

ということは、騒音おばさん宅もかなり周りからやり込められていたのかもしれない。

そんなことを踏まえてこう語っていた。

男性
逮捕の数年前まで、自治会の方々の班長さんなどが間に入り、被害者Aさんと騒音おばさんだけが話し合う席も何度か設けたのです。
 
「お二人、どちらも悪いところがあるのではないか」ということを申し上げたと思う。
 
ところが逆に話し合いは平行線。
 
らちがあかなかっただけでなく、これで日々のトラブルや事件を掘り返してしまいまして、逆に騒音おばさんの騒音がひどくなってしまった。
 
もう2000年頃からは「触らぬ神に祟りなし」…あの騒音がひどくなれば元も子もない、という恐怖に皆さん変わった。

via:日本の黒い事件

 
 
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