SMクラブ下克上殺人事件 (SMクラブ乗っ取り殺人事件)

SMクラブ下克上殺人 陸田真志

陸田真志(むつだしんじ)はデザインの勉強をするために渡米していたが、現地では路上強盗や美人局などの犯罪に手を染め、逮捕歴もあった。

保釈された陸田真志は帰国し、兄の陸田賢志とともに五反田のSMクラブ「パラダイス」で働きはじめた。

クラブの売り上げを伸ばすために、経営者・Aさん(32歳)はがクラブの売り上げの5%を報奨としてサラリーに上乗せする約束をした。

これを聞いた陸田真志は店での報奨金を目当てにどんどん売り上げを伸ばしていったが、経営者のAさんは約束の金を払わないばかりか、経営力に欠けるクラブの元顧客・Bさんを新たな店長として迎え入れた。

陸田真志はこれらに不満を募らせ、店の運営をめぐってBさんと激しく対立するようになっていった。

Aさんが陸田真志らを解雇して店から追放しようとするのを察した真志は逆上し、Aさんらを殺害する計画を考え始めた。
 
そして陸田真志は双子の兄・陸田賢志と2人で 勤務先のSMクラブ「パラダイス」の乗っ取りを企てた。
 
 
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1995年12月21日午前10時30分頃、SMクラブの待合室で、店長・Bさん(当時33)が仮眠しているのを見て、陸田真志は店長殺害を思い立った。

兄の陸田賢志とともに用意しておいた斧やハンマーなどを持ち出し、二人で斧とハンマーで殴った上にバタフライナイフで上半身を刺し、陸田真志が紐で首を絞めるなどしてBさんを殺害し、ユニットバスに遺体を隠した。

翌日12月22日は、兄・賢志がBさん殺害のショックで体調を崩したため、陸田真志は代わりに知り合いの元暴力団員に手伝わせて、面接があると嘘を言って呼び出した経営者・Aさん(当時32)を 店長殺害と同じ手口で殺した。

そして現金20万円と乗用車やマンションの鍵を奪い取った。

遺体は木箱に入れてコンクリート詰めにし、別の元暴力団員らに依頼して、1996年1月21日茨城県の鹿島港に遺棄させた。

さらに陸田真志は、Aさんの銀行預金から現金約4000万円を引き出して自分のものにした。
 
 
1996年2月にAさんの両親が警視庁に捜査願を提出した。

警察がAさんの自宅を検証したところ、争った跡や血痕が見つかったことなどから周辺の捜査を開始した。

また事件後、「パラダイス」は陸田真志らが店を経営しており、それに不審を抱いた関係者が警察に通報し、内定調査の結果、Aさんの預金から多額の現金が引き出されていることが判明。

これにより警察は陸田真志を厳しく追及したところ、一連の犯行を自供した。

被害者らは木箱にコンクリート詰めにされた上、約7か月間海中に沈められ,変わり果てた姿で発見された。

殺人および死体遺棄容疑で陸田兄弟と関係者全員が逮捕された。
 
  
公判の判決では陸田真志被告を事件の首謀者と認定した。

そして陸田賢志被告には共謀説を認定した。

裁判長
陸田賢志被告は経営者・Aさん殺害については直接手は下さなかったが、死体の運搬などを手伝い、犯行の成功報酬を得ていた。
裁判長
陸田真志被告は事件の首謀者として主導的役割を担い、共犯者を巧みに誘って犯行を実現した。
殺害後に風俗店を乗っ取った行動は大胆不敵と言え、犯行の残虐性などを考えると死刑をもって臨むほかはない。

そして、1998年6月5日、東京地裁は陸田真志に死刑、兄の陸田賢志に無期懲役、共犯の元暴力団員に懲役15年を言い渡した。

陸田真志は控訴したが、東京高裁で棄却された。

最高裁でも上告棄却され、陸田真志の死刑が確定した。

最高裁
人の命を犠牲にして店を乗っ取り、収益を奪おうとした一連の犯行は悪質極まりなく、周到に準備した計画的犯行で、殺害方法も凄惨かつ残虐というほかない。

2008年6月17日、東京拘置所で陸田真志の死刑が執行された。

37歳没。
 
 
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