関口政安(藤井政安)事件【殺し屋連続殺人事件】

藤井政安 関口政安 殺し屋連続殺人事件

娯楽機器販売業・高利貸しの関口政安は殺し屋を雇って複数人を殺害した。

関口政安には恐喝や詐欺などの余罪があるが、ここでは殺人事件のみを記載する。

1人目の被害者

関口政安は不倫相手と結婚するために、愛人の夫(当時34)の殺害を 従弟Aに100万円で依頼した。

1970年(昭和45年)2月13日、従弟Aは共犯Bと共謀し、東京都内の車内で愛人の夫を刺殺し、遺体は3年7か月後に発見された。
 

2人目の被害者

 

関口政安は覚醒剤購入の資金として暴力団員(当時32)に300万円を貸したが 返済しないので、従弟Aに金のありかを聞き出した後、殺害するように依頼。

1971年10月27日、従弟Aと共犯B、C、Dは共謀して 神奈川県内の堆肥貯留場で男性を裸にし、手錠、猿ぐつわをかませた、クロロホルムをかがせて失神している間に土中に生き埋めにして窒息死させた。

3~4目の被害者

関口政安は砂利採取事業を営んでいた夫妻に多額の金を融通したが、返済困難となった。

関口政安は会社を乗っ取ろうとしたが夫のほうが乗っ取りを阻止したため、関口は男性の殺害をDに100万円で殺害を依頼。

1973年4月15日未明、DとEは茨城県内にある男性の事務所兼宿舎で、夫妻にクロロホルムで失神させたところで絞殺し、死体を土中に埋めた。

妻殺害については、関口政安は殺害を依頼していないとして 無罪となっている。

5人目は殺人未遂

関口政安は借金を返そうとしない男性宅に放火させたが、発見が早かったため、未遂で終わっている。

判決

 


 
共謀したAについては「関口政安に言われて断りきれなかった」ことから無期懲役。

Dには精神鑑定で心神耗弱と判断されたために無期懲役。

関口政安は恐喝・詐欺・4人連続殺人(実際には3人殺害)で審理され 死刑が確定した。

2017年8月現在、75歳、関口政安は文通で知り合った女性と獄中結婚して、藤井に改姓。

東京拘置所に収監されている。
 
 
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風変わりな獄中結婚

関口政安死刑囚は1986年(昭和61年) 関口が44歳のときに獄中結婚をしている。

永山則夫元死刑囚や宅間守元死刑囚や木嶋佳苗死刑囚なども獄中結婚をしているが、獄中結婚の相手は支援者であることが多い。

でも関口死刑囚の獄中結婚はいきさつがちょっと違う。

関口政安は死刑が確定する前、食事の残りを拘置所の窓辺にまいて、鳩を呼び 慣らしていた。

鳩に餌をやり、なにやら話しかけたりと、やってくる鳩をかわいがっていたらしい。

関口と遊んでいた鳩は便意を催すと いつもパッと同じ方向に飛び立っていく。

鳩が糞をしに向かう先はいつも同じ、関口の房から2つ目の窓…そこには連合赤軍事件の坂口弘死刑囚が入っている。

その鳩はなぜか坂口弘の房の窓に行ってフンをするのがルーティンになっていた。

関口がそう仕向けたわけでも、仕向けられるわけでもないが、なぜか鳩はそれを繰り返していたのだ。

ある日、それに腹を立てた坂口弘が「関口が餌をやった鳩が自分の窓に来て糞をする」と刑務官に言いつけた。

それにより関口政安は懲罰になり、日当たりの悪い、窓もない、穴倉のような懲罰房へと転房させられた。

懲罰房ではやることもなく、朝日新聞をくまなく読むくらいしかない。

新聞に目を通していると、ふと読者の投稿欄の「元気じるし」という匿名の投稿が目に留まった。

それを読んだら何となく元気が沸いたので、関口政安は「元気じるし」さんに手紙を書いた。

この元気じるしさんが、関口の獄中結婚の相手である藤井さん。

藤井さんは当時、92歳で目が見えなくなり寝たきりになった母親の在宅介護をしており、滅入りそうな毎日を送っていたが、「元気じるし」の名のとおりに明るく元気に暮らしていた。

そこに関口政安からの手紙が、新聞社経由で舞い込んできたのだった。

1通目を見た藤井さんは、東京拘置所の職員からの手紙かと思っていたが、2通目に来た手紙には関口の身分が明かされ、何をしたかも書かれていた。

藤井さんはキリスト教系学校卒のお嬢さんで、犯罪だの死刑だのにまったく縁がない生活を送ってきたから、それは普通なら青天の霹靂というくらい驚くところだと思うが、藤井さんは違っていた。

東京拘置所まで関口政安に会いに行き、手紙を書いて送り…を繰り返し、関口政安の死刑が確定する前に彼を自分の籍に入れた。

その頃はまだ関口が死刑確定囚ではなかったため 第三者でも面会ができた。

面会と文通しか二人の接点はなかったのに結婚までするって、よほど二人の相性があったのかもしれないが、獄中結婚の心理・・・たぶん一生自分には理解できないな(爆)

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