佐世保小6同級生殺害事件 (NEVADA事件/ネバダ事件)

佐世保小6同級生殺害事件 NEVADA 辻菜摘

2004年(平成16年)6月1日午後0時20分頃、長崎県佐世保市の佐世保市立大久保小学校の3階学習ルームで、大久保小6年生で御手洗恭二さん(45歳・毎日新聞社佐世保市局長)の長女・怜美さんさん(12歳)が大量の血を流して倒れているのを教諭が見つけて119番通報した。

怜美さんの首の右側が深く切られており、死亡が確認された。

服に血がついていた同級生の女子児童・A子(11歳)に事情を聞いたところ、カッターナイフで切りつけたことを認めた。

長崎県警は「頚動脈を切った点に殺意を認めた」と説明し、A子を補導し、佐世保児童相談所に通告した。

A子の「ネバダ」というネット上の呼称から、この事件は「NEVADA事件」(ネバダ事件)とも呼ばれている。

酒鬼薔薇聖斗事件以来の激震!?佐世保小6同級生殺害事件(ネバダ事件)

11歳の少女が同級生の首を切って殺した・・・この想像がつかない事件は世間にショックを与えた。

おそらくあの「酒鬼薔薇聖斗事件」以来の驚きがあったかもしれない。

佐世保市立大久保小学校は市の中心部の高台にあり、児童数は187人で、1学年1クラスの小規模小学校。

>>事件現場(大島てる)

御手洗怜美さんとA子は、クラスでもかなり仲良しだと見られていた。

他の一人を入れて3人で交換日記をしたり、事件の2ヶ月ほど前からは加害者のA子がリードする形でそれぞれがホームページを立ち上げ、互いに書き込みやチャットをして遊んでいた。

仲良しと見られていた友人同士だったが、A子の怜美さんに対する殺意は些細なところから生じていた。

5月下旬頃、学校で「おんぶ遊び」をしていたとき、A子は怜美さんから「重い」と言われたことに腹を立て、直接文句を言ったところ、怜美さんからホームページ上で「言い方がぶりっ子だ」と反論された。

A子は掲示板にアクセスしてこの文章を削除しているが、その後も

怜美さんの書き込み
荒らしにアッタンダ。マァ大体ダレがやってるかワかるケド

・・・と怜美さんが書き込むと、今度は怜美さんのアバター(ネット上のキャラクター人形)が消去された。

さらにA子は交換日記の中で「自分のオリジナルな書き方を真似しないで」と怜美さんに対して抗議していた。

これらのささいな感情のもつれが、次第にその傷口を広げていくのはよくあることではあるが、それで人を殺すという発想と実践行為に及ぶことは 普通はありえない。

でもA子は違った・・・A子は怜美さんを確信を持って死に至らしめたのだった。
 
 
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15分じっと見つめた・・・ネバダの確信的な凶行

事件の2日前、A子は怜美さんの殺害方法を選んだ。

手か紐で首を絞めるか、アイスピックで刺すか、カッターナイフで切るか。

3つの選択肢から、カッターナイフで切ることを最終的に決めた。

6月1日昼、給食の配膳が始まった直後、A子は怜美さんを、同じ3階フロアの学習ルームに連れ出した。

学習ルームに入るとカーテンを閉め、怜美さんを椅子に座らせた。

そして、後ろから手で目隠しをするかのように、一気に右頚動脈をカッターナイフで切ったのである。

怜美さんはその場に倒れるが、A子は怜美さんが血を流し、次第に動かなくなっていく様を約15分間、じっと眺めていた。

そして足でちょんちょんと怜美さんの体をつつき、絶命したのを確認している。

午後12時40分頃、カッターナイフとハンカチを持ち、返り血を浴びて教室に戻ってきたA子を、6年生の担任が発見。

6年の担任
怜美さんはどこにいるの?
A子
私の血じゃない。私じゃない。

そう言ってA子は学習ルームを指差した。

担任が慌てて学習ルームに駆けつけると、そこに血だらけの怜美さんが倒れているのを発見した。
 
 
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NEVADA(ネバダ)の生い立ち

A子は大久保小学校からすこし離れた山の中腹の集落に、父母、姉(高校生) 祖母と5人で暮らしていた。

父親は生命保険会社の社員だったが、9年ほど前に脳梗塞で倒れ、しばらく寝たきりの状態が続いていた。

現在はリハビリでかなり回復しているが、その間の生計は母親がパートの仕事で支えていた。

生活は苦しかったが、家庭的に問題があるわけではなかったようで、A子は成績がよく、美人で、物事をはっきりという性格だと見られていた。

A子は小5のときに地域のミニバスケットボール部に入り練習に励んでいたが、学校の成績がだんだん下がり、その原因がミニバスケットボールにあると考えた父親から、強制的に退部させられてしまう。

この退部はA子にとっては大きなショックだった。

ミニバスケ部をやめたとたん少し太ったのを怜美さんから「重い」とからかわれて怒ったのも、そんな事情が絡んでいた。

ネバダのお気に入りはバトル・ロワイアルⅡ

しかし、A子に大きな影響を与えていたのは、そのことよりも映画「バトル・ロワイアルⅡ」の方が大きかったのかもしれない。

これはR15指定の作品である。

A子はバトル・ロワイアルⅡのDVDを、高校生の姉の会員カードを使ってレンタルビデオショップから借りて、何度も見ていたという。


 
 

怜美さんを殺害した後、A子のランドセルの中から、「小説」を書いたノートが見つかっている。

ノートには島の地図が描かれ、38人の中学生男女(A子のクラスと同数)が登場する。

小説の中で その一人ひとりが武器を持ち、クラスメイトを殺していくサバイバル合戦が描かれていた。

フィクションではあるが、怜美さんと同じ苗字の女子中学生が、小説の中で惨殺されてた。

これは映画の原作になぞらえたものだった。

A子は映画シーンそのままの惨殺シーンを描いていたが、これはあくまでも映画のパクリ話だった。

ただ、この架空の物語が怜美さん殺害の直接の動機になったと考えるのも少し無理がある。
 
 
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14歳未満の触法少年にはきわめて異例!ネバダの精神鑑定

長崎家庭裁判所佐世保支部は 2004年6月5日から84日間、A子の精神鑑定を行った。

刑事責任を問われない14歳未満の触法少年の精神鑑定はきわめて異例のこと。

9月6日、鑑定人が長崎家裁佐世保支部に鑑定書を提出し、9月15日に佐世保支部は「審判決定要旨」を発表している。

認知面・情緒面に偏りがあり、不快感情、特に怒りについては回避するか、相手を攻撃するかという両極端な対処しかできないといった人格的特性を持つとともに、傾倒していたホラー小説等の影響により、攻撃的な自我を肥大化させていた。

(中略) コミュニケーションが不器用な女児にとって、交際ノートやインターネットが唯一安心して自己表現し、存在感を確認できる「居場所」になっていた。

被害者は、女児がオリジナリティやルールに対する強いこだわりから、女児の表現を無断使用するなど注意してくることに息苦しさや反発を覚え、女児に対する反論を交換日記に記しホームページに(中略) 否定的な感情を率直に表現したと見られる。

(中略) 女児はこれを「居場所」への侵入ととらえて怒りを覚え (中略) 被害者による侵入が重なったと感じて怒りを募らせて攻撃性を高め (中略) 計画的に本件殺害行為に及んだ。

via:戦後事件史データファイル

A子の生育歴、性格などに多少の問題はあるものの、「何らかの障害と診断される程度には至らない」と審判決定要旨は指摘した。

ということは、少女の心の闇は、依然として謎のままである。

審判のほうは、二年間の児童自立支援施設への送致が下された。

A子は栃木県にある「国立きぬ川学院」の特別室に収容され、さまざまな更正プログラムのもとに人格形成教育を受けていたと思われる。

この事件で際立っていたのは A子の死に対するイメージの希薄さであり、自らの手で人の命を奪ったことを理解できていないことである。

そればかりでなく、それに伴う家族の悲しみもまったく実感できないでいたのだ。

犯行の2日後に 長崎少年鑑別所で面会した弁護士に対し、A子はこんな事を言ったという。

A子
何でやったのかな。
 
よく考えて行動すれば、こんなことにはならなかった。
 
御手洗さんに会って、あやまりたい。

「会って謝りたい」とここでは口にしていたが、現在まで、A子自身による被害者遺族に対する直接の謝罪や手紙などの謝罪もないといわれている(A子の両親は謝罪している)

この事件が公になったときに A子と怜美さんが写った写真がネット上に流出したが、そのときA子が着ていたトレーナーに「NEVADA」の文字があったことから、A子はNEVADA(ネバダ)と呼ばれ、不謹慎にもファンクラブまで結成されていた。

2017年現在、A子は25歳で、名前を変えて結婚しているとか・・・。
 
 
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