王将社長射殺事件 (餃子の王将 大東隆行社長殺害事件)

王将社長射殺事件
 
全国展開している中華料理チェーン「餃子の王将」を運営する「王将フードサービス」の大東隆行社長(当時72歳)は、自ら早朝清掃を一人で続けていた。

毎朝5時半頃から始まる早朝清掃は10数年にわたって続けられ、それは社長就任前の本部長や店長時代から変わらぬ日課だった。

長靴を履き、ホースで水をまいている姿からは、毎年数百億円の売り上げを記録している外食チェーンのトップにはとても見えなかったという。

そんな大東隆行社長は周囲に偉ぶることもなく近隣住民とも親しく世間話を交わす、気さくな人柄で慕われる存在だったそうだ。

大東隆行社長
よその店に行って「汚いなあ」と言おうにも、まず自分とこがきれいやないと言われへんやん。

「仕事は朝が勝負」という信念を持つ大東隆行社長の朝の儀式である清掃がストップしたのは2013年12月19日のことだった。

この日も大東隆行社長はいつものように王将フードサービスの本社(京都市山科区)前の駐車場まで自ら運転して出かけた。

自宅から本社までは車で10分ほどで、その日も午前5時半頃に家を出た。

そして本社の向かいにある駐車場に車を止めて降り、ドアをロックしたところで 大東隆行社長は何者かに銃撃された。

午前7時頃、出勤してきた社員が、車の横で倒れて心肺停止状態になった大東隆行社長を発見し、直ちに救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。
 
 
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王将社長射殺事件現場
【王将社長射殺事件】via:事件現場(大島てる)

 
大東隆行社長はほぼ正面から至近距離で4発の銃弾を浴びていた。

4発はすべて急所に命中していた。

2発は右胸に、もう2発は左のわき腹から体内に入り大量に出血・・・これが大東社長の死因となっている。

犯行に使われたのは25口径の自動式拳銃で、現場に落ちていた薬きょうから、弾丸は米国製と判明しているが、入手ルートは未だに不明である。

京都府警は山科署内に捜査本部を設置し、100名近い捜査員を投入して本格的な捜査に乗り出した。

現場検証の結果、現場で争ったような痕跡はなく、大東社長の遺体にも暴行を受けたような傷や、身を守ろうとしてできる防御創も見つからなかった。

当時、大東社長の財布やポケット、車の中などに合計100万円以上の現金があったが、それも全く手つかずのままだった。

携帯電話や手帳、車や金庫などの鍵、車内にあったカバンや書類などで紛失している物がないことも、社員や家族の確認でわかった。

事件当日は雨が降っていたので、現場から犯人の足跡や痕跡などの物的証拠の採取が不可能だった。

雨が当たらない壁などから指紋が採取できたが、それらはすべて社員など関係者ばかりで、身許がわからない指紋は検出できなかった。

犯人が現場に残していった遺留品は唯一、4個の薬きょうのみ。

また周辺で聞き込みを重ねても、大東社長が襲撃された時間帯に発砲音を聞いた住民は見つからなかったから、犯人はサイレンサーを使用していた可能性が高いと思われた。

八方ふさがりかと思いきや、ひとつだけ犯人と思われる人物の動きを捉えていたものがある。

それは本社社屋に取り付けられていた防犯カメラである。

大東社長が運転する車が駐車場に入ってきたとき、不審な人影は潜んでいた駐車場横の倉庫の影から移動を始め、車に近づくと数十秒後には離れ、元の倉庫の影へと戻っている。

その後、バイクに乗って逃走する場面が防犯カメラに残っていたのである。

その映像には、銃撃による閃光で、駐車場が一瞬明るくなった様子も残されていたのだが、銃撃の瞬間はカメラの死角になっており、映っていなかった。

夜明け前、しかも雨が降っていたこともあり周囲は暗く、映像が不鮮明で犯人と思われる人物の顔や服装ははっきりとは確認できず。

ただ、銃撃犯はあまり背が高くない人物であることが推測できるだけだった。

そのほかの映像には犯人らしき人物以外の人影は見えないが、事件直後にかなりの低速で、まるで銃撃の成果を確認するかのように駐車場横の通りを走り去る車が映っていた。

銃撃犯の見張り役や犯人の逃走を手助けする仲間が乗っていたと見られ、捜査本部はこれを重視して 不審なバイクとともに捜査を進めた。

捜査本部へ多数の目撃情報が寄せられたが、具体的な犯人像に結びつく有力情報はなかったという。
 
 


 
 
事件発生から2年がたとうとしていた2015年12月、現場近くに落ちていたタバコの吸殻から検出されたDNAの型が、九州地方にある暴力団組織傘下組員のDNAと一致したというニュースが飛び込んできた。

ついに事件解決か!と思われたが、その後、めぼしい捜査の進展情報は報道されていない。

このときにマークされた組員にはアリバイがあったという。

また、吸殻が落ちていたのが「事件現場付近」とはいっても1キロ以上も離れた場所での発見だったので、証拠採用は難しかったのかもしれない。

人がいない時間帯での犯行なら刃物でもいいはずなのに、わざわざ足がつきやすいピストルを使っていることから、外国人関与説もささやかれたようだ。

中国人マフィアが関与しているのでは?などという説も飛び出した。

それは王将が2005年に中国・大連に初出店したことも関係していて、王将は一時は中国国内に6店舗を出していたが、射殺事件の翌年には完全徹底しており、この背景には王将と現地有力者との間でトラブルが起きたからという説があったらしい。

未解決事件にはいくつかの「説」が挙げられたりするので、これらもあくまでも諸説の中のひとつということであり、犯人の行方は杳として知れない。

あの雨の日、凶行に及んだあと消えた真犯人は今どこにいるのか!?
 
 
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