当サイトはアフィリエイト広告を利用しています

本ページはプロモーションが含まれています

大久保清事件のビートたけしドラマと昭和のグンマーがエグかった件

大久保清事件は、 民間捜索隊(ガイシャの兄)が大久保清を追跡・身柄拘束したこと  体なき○人事件  群馬県警による巧みな百日捜査  大久保清の夢枕に女(ガイシャ)が立ったエピソード(週刊誌報道もされた)などで有名で、多数メディア化されています。

大久保清事件のビートたけしドラマと昭和のグンマーがエグかった件

オムニバス映画「戦後猟奇犯罪史」(1976年)
ドラマ「昭和四十六年 大久保清の犯罪」(1983年)

大久保清 ビートたけし

大久保清をモデルにした小説「天井の青」(1993年)もドラマ化。

大久保清事件は私の身近で起きていた!昭和のグンマーはかなりエグかった

大久保清 ビートたけし

私はグンマー出身です。そして大久保清事件…実は私の幼少期にごく身近で起きていまして。

当時は未就学児だったので騒動をリアルタイムでは覚えてないけど、成長につれて いろいろな話を耳にする機会が多かったですねえ。

通っていた高校の先輩がガイシャの一人で、その人の家が近所にあり、近所の人とか親からもいろいろ聞いてます。

https://twitter.com/12143415/status/1684696907246100480?s=20

あ、私の高校は前橋育英(私立) ではないです、念のため

私の高校には大久保清事件当時にもその高校の教壇に立ち、ガイシャを直接知る先生がいて、そこからも事件の話をずいぶん聞いてたり。

ガイシャ宅への中傷電話が鳴りやまかなったとか、群馬県の女性を蔑視したり小馬鹿にする世間の風潮が高まってたとか。

〇体発掘現場にはガイシャの友人に保護者が同行したとか、遺族に関するリアルなエピソードとか。どれをとってもエグすぎた。

そういえば、この事件の影響で、生まれた子供に「清」と名付ける親がいなくなったらしい。出生届ゼロ…

大久保清 ビートたけし

「カカア天下」で知られた上州の女性。 これまで「働き者」として評判がよかったが、すっかりイメージダウンした。「声をかければすぐついてくる」 よからぬ評判がパッと広まり、東京で働く娘さんや女子学生は「群馬県生まれ」を隠す者もある。

前橋市大手町で靴屋を経営するМさん(42歳)は、東京で下宿している大学4年生の一人娘から「友達に前橋生まれなんですって?といわれてすごくイヤになる」と電話がかかり「大久保一人のために80万人の上州女がバカにされた」と憤慨している。 via:毎日新聞(昭和46年)

お座敷で聞いた芸者さんの戯れ歌(因幡の白兎の替え歌)を、私(=小説家の佐木隆三氏)は「出獄した男」にそのまま引用している。

♪ 白いクーペに跨って 大久保清が来かかると そこへ群馬の生娘が パンティとられて丸裸 妙義の山で竿つかい 榛名の湖水で竿洗う よくぞ教えて下さった 大久保清は偉い人 ♪

しかし、お座敷で聞いたと書くわけにはいかないので「この自嘲気味の戯れ歌を、誰がどのように拡げたのかは知らない。ただ我々は、稀代の性〇罪者の隠蔽〇人に怒りを覚えながらも、彼をして連続〇人を可能ならしめた時代相について、考えないわけにはいかないのである」と、付け加えた。
via:週刊朝日が報じた昭和の大事件

大久保清 ビートたけし

1970年代はお見合い結婚の割合が高く、お見合い結婚と恋愛結婚の割合は6:4という時代。

誰もが恋愛に憧れを持っており、大久保清の柔らかな物腰と知的な会話、スポーツカーのカッコよさは、女性たちを夢見心地にしたのだろう。

大久保清 ビートたけし

大久保清の車!マツダファミリアロータリークーペ 9537㎞の狂気
私の幼少期に近所で起きていた大久保清連続○○事件を振り返ってみた

 

しかし、芸術家の仮面をかぶったシリアルキラーの素顔は 無職で妻子と別居中のゼン科4犯。

当時の大久保清事件は全く無関係の第三者まで巻き込んだ大騒動。あれだけの事件なので、残念ながら風化はしないだろう…グンマーの恥だ(爆)

多感な思春期に生々しい人言や噂を耳にしたからか?その記憶が鮮烈すぎるせいか?

私は事件関係者でもないのに、自分がリアルタイムでこの事件を体験したような錯覚を覚えてしまう。

大久保清捕捉で私設捜索隊の大捕り物!スピードで勝てないなら知恵を絞れ

大久保清 ビートたけし

大久保清事件は群馬県藤岡市在住の21歳会社員女性が失踪したことから始まる。

ガイシャの兄が私設捜索隊を結成し、車両を74台・人員を158人投入して 早朝から夜まで県内4方面と長野、埼玉へ大久保清を捜索していました。

で、何度か大久保清に遭遇して追跡していたのだけど、何せ相手はスポーツカー、ロータリークーペのスピードに勝てずに何度か撒かれては見失う…を繰り返し。

大久保清の車!マツダファミリアロータリークーペ 9537㎞の狂気
私の幼少期に近所で起きていた大久保清連続○○事件を振り返ってみた

逆立ちしてもスピードでは勝てそうにないのでヤマをかけ、クーペを包囲する作戦を立てた。

もし大久保清がこの警戒網をかいくぐるとしたら、利根川をどこかで渡るはずだ。追っ手を意識する心理を考えると、目立たない前橋市の大渡橋を選ぶ可能性があるのではないか?

彼らの読みは見事に的中し、1時間半ほどして大久保清がやってきて、大久保清の車は後から来た乗用車で後方がふさがれてしまったため動けなくなり、逃避行はそこで強制終了。

大久保清 ビートたけし

警察としては、民間人による容疑者の捕捉はメンツ丸つぶれ。

これは「初動捜査の遅れ」を意味するため、非常に立場が悪い。

ブンヤさん(報道陣)は情け容赦なく「初動捜査のミス」「警察の捜査力に翳り」などとやんややんやと書き立てる。

これは何としても、警察の威信をかけて、不明女性失踪事件を解決しなければならない!
〇体を探せ!ヤツの立ち回り先を徹底的に調べろ!

取り調べ班は、捜査一課強行犯係の班長 黒沢警部 以下4名。大久保清を完落ちさせた県警の精鋭、落合貞夫巡査部長(当時38歳)の姿もそこにあった。

落合刑事は大久保清と向き合い、自供に導いた。元同僚たちが「まねできない」「絶大な功労」と評する仕事の根底に、温厚な人柄と粘り強い捜査姿勢があった。1人の女性の誘拐容疑で逮捕されたが、当時は被害者の行方も、連続殺人という全貌も見えていなかった。供述は移ろい、余談が多く、うそが交じった。取調官の一人として連日、対峙した。

鋭く追及した。元死刑囚が思い入れを持っていたという詩をそらんじてみせた。「硬軟両様」の態度でほだした。逮捕から約2週間後、元死刑囚は女性を遺棄した場所を口にした。後に裁判官をして動機を解明しきれなかったと省みさせたその内心に、肉薄した。

元同僚は語る。「とにかく優しい男。誠実でね。でも食らい付けば離さない。だから(大久保清の)心を開くことができた。(取調班の)彼らでなきゃ、落ちなかった」
引用元:上毛新聞

群馬県警は威信をかけて3000人以上の捜査員を投入し、世間を震撼させた大事件の全容を解明した。

落合刑事は2022年8月8日に91歳で永眠されている。合掌。

 

大久保清・連合赤軍・日航123便…昭和のトリプルパンチに奮闘した群馬県警

大久保清 ビートたけし

まあ、振り返れば、昭和の群馬(榛名や妙義周辺)はヤバかった!

昭和のグンマーの三大事件⇒大久保清事件(昭和46年)連合赤軍事件(昭和47年)日航123便墜落事故(昭和60年)…これらは名前くらいは誰もが聞いたことがある、世間を騒然とさせた事件・事故。

特に昭和40年代はねえ…県外に住む親戚から「群馬はヤバいところだ」って、よく言われてたねえ。

確かにそれには反論できなかったなあ、ありえへん事件が目白押しだもの。グンマーが怖いところだと言われても仕方ない。

大久保清 ビートたけし

大久保清事件と連合赤軍の山岳ベース事件(12人ンチ〇人)で発掘作業続きだった群馬県警は、当時「穴掘り県警」と揶揄されていた。

だけど、あの頃の群馬県警刑事部捜査一課強行犯係はキレ者揃いですごかったんよ!

…と声を大にして言いたい。

被疑者の性格や趣味・嗜好を調べ上げ、知恵を絞り、寄り添いつつ弱点に付け込む心理戦に持ち込んで、落としどころを考えながら犯人を完落ちさせるエキスパート集団だった。

その戦術が功を奏して、大久保清事件のような「〇体なき〇人事件」ですら 百日捜査で終結させている。

巷では「大久保清が564たのは8人だけじゃなくて、ほかにもいるんじゃないの?」とよく言われてるが、たぶんそれはない。

第1の犯行のときの埋没法が稚拙なことを見ても、これが最初の564である可能性が高いから。

さらに大久保清の仮出所の1971年3月2日から逮捕の5月14日までの足取りと裏付けが取れていることから、3月31日以降にどこかで別の564をやっているスキマは見当たらないのだ。

それで捜査官は「もうこれ以上は出ない」と確信して8月16日に捜査本部を解散している。

大久保清自身は「あと5人ウめている」と余罪をほのめかしていたが、期間限定の足取りと裏付けが取れている以上、余罪はない可能性が高い。

いずれにしても、お役目とはいえ、群馬県警はがんばった!

大久保清事件の捜査員の自宅には報道陣の車が庭先まで乗り込んできて、一晩中エンジンをかけっぱなしにしていたそうで(眠れない!)近所迷惑もいいとこ。

進捗が芳しくないことに記者たちもイラついていて、警察関係者の家族への暴言や嫌がらせもたくさんあったらしい。

大久保清一人に振り回されて〇体探しに奔走し、畑や山林を5,000か所以上の穴掘り三昧…想像しただけで、気勢をそがれそうだ。

1985年(昭和60年)に起こった日航123便にしても、御巣鷹山の墜落現場がギリギリ群馬県内だったので、大久保清に携わった捜査員たちもずいぶん投入されたらしい。

真夏の地獄絵図、想像を絶する激務…警察官という職業の真の重責は関係者にしかわからないのかもしれないが、頭が下がる。感謝。

error:このコンテンツのコピーは禁止されています。