大久保清 連続女性誘拐殺人事件の全貌 その1

大久保清 連続殺人 マツダファミリア ロータリークーペ

大久保 清は、日本の連続殺人犯。
1971年3月から5月までの2か月足らずの間に、路上で自家用車から声をかけて誘った女性8人を相次いで殺害し、逮捕された。
1973年に死刑判決を受け、1976年1月22日に刑が執行された。
via:wikipedia

昭和46年(1971年)5月9日 松村恵子(仮名)の失踪

群馬県藤岡市で松村製作所(仮名)を経営する松村彰(仮名)の妻・好枝(仮名)は夕食の支度に追われていた。

そこへ義妹の松村恵子(仮名)が早足で帰ってきた。

恵子は21歳のOLである。

恵子
私、選ばれちゃった
好枝
なに?
恵子
「あなたは僕のイメージにぴったりの方です。僕はあなたの美しさをタブローに表現してみたい。ぜひ僕のモデルになってくれませんか」だって
好枝
タブローって何?
恵子
油絵よ。絵のモデルになってくれって頼まれたの
好枝
誰に?
恵子
中学で美術の先生をしている人。名前は知らない。
好枝
知らないって…どういうこと?
恵子
さっき、買い物の帰りに声をかけられたのよ。だから家に断ってくるからって、大急ぎで家に戻ったの。

それでこれから日取りを相談したいって。待ってるからすぐ行かなくちゃ

好枝
街の中で声をかけるなんて…そんな人信じられるかしら
恵子
姉さん、心配性ね。今夜モデルになるわけじゃなくて打ち合わせだけ。信用できなかったらさっさと帰ってくるから、心配いらないわ

夕方6時頃、恵子はいそいそと自転車に乗って出かけて行ったが、9時になっても恵子は帰ってこない。

心配になった松村夫婦は喫茶店など心当たりのところを探し回ったが、恵子を見つけることができなかったので、思い余って警察署へ電話した。

それらしい交通事故もなく、捜査員はそれを家出と判断して 派出所勤務員に手配して管内警らを行ったが、恵子を発見することができなかった。

この時 松村彰の元には 彼の妹の身を案じて松村製作所の従業員・友人・知人が詰めかけた。

彼らは「松村捜索隊」を結成し、警察の捜査に先立って 独自の捜査に乗り出すことにしたのである。

一睡もせずに徹夜で捜査を続けた松村彰は 市内の信用金庫の自転車置き場で、恵子が乗っていた自転車を発見した。

なぜこんなところに恵子の自転車が置いてあるのか。

松村にはその理由がわからなかったが、もしそれが恵子の意志に反するのであれば もしや・・・。

そして松村は単独でその自転車を見張ることにした。
 
 
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5月10日 自転車の指紋を消し去る男

5月10日午前9時半頃、信用金庫の自転車置き場を張り込んでいた松村彰の視界に 目の前で停車する乗用車が飛び込んできた。

そして車のドアが開くと、白い軍手をはめた小太りの中年男が降りてきた。

そしてその男は一直線に恵子の自転車まで足を運び、軍手をはめた手で自転車のあちこちを撫で回しはじめた。

あれは何をやっているんだろう?

自転車に付着している何かをふき取る仕草をしている…もしや 指紋を消しているのでは!?

松村はさりげなくその男のそばに寄っていき、背後から声をかけた。

松村彰
失礼ですが、何をしているのですか?この自転車はあなたのですか?
う・・・ああ・・・いや・・・あ、待っている人が来たから

待ち合わせの人が来たような口ぶりで踵を返し、男は車で走り去っていった。

松村も車に乗ってその車を追跡したが、混雑と赤信号で見失ってしまった。

だか、その男の車のナンバーと車種はしっかり記憶に刻みつけた。

マツダのファミリア・ロータリークーペ 群55 ? 285

?の部分のひらがなは ナンバープレートが泥で汚れていたため はっきりしなかった。

松村はすぐにこの旨を警察に通報した。

警察が交通指導課にナンバー照会したところ、ひらがなを除いた同番号の車は5台あり、その中にマツダ・ロータリークーペは1台だけあることが分かった。

警察でも車種とナンバーから大久保清が該当者であると認め、松村に大久保清の写真を見せたところ、松村は自信をもって断定した。

松村彰
この男にまちがいありません。
 
 
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5月10日 松村捜索隊 活動開始

警察の捜査と並行して、松村彰は独自の素人捜査活動に乗り出すことに決め、警察に通報した後、すぐにマツダ自動車の販売会社へ向かった。

マツダの新車だから、販売会社で聞けば手がかりがつかめるだろうと思ったのだ。

その思惑は的中し、高崎市のマツダ販売店で大久保清に「群55な258」のロータリー・クーペを販売したことを突き止めた。

そしてナンバーから高崎市に住む所有者の大久保清を割り出し、松村彰はすぐに高崎市に飛んだ。

大久保宅の近所に住む知人から、大久保清の人相風体を確かめて、逃げた男が大久保清であることは間違いないことも確かめた(松村彰の方が警察よりも早く動いていた)

さらに知人からは 大久保清に前科があり、刑務所から出たばかりだということも聞かされた。

そして松村は直ちに自宅に連絡して、前夜から詰めかけていた「松村捜査隊」の数人を高崎に呼び寄せ、正午頃から手分けして大久保宅を遠巻きに包囲した。

ところがそこに白いクーペの姿はない。

大久保清が帰ってくる様子もなく、刑事もすぐにはやってこなかった。

しびれを切らした松村は午後3時、大久保宅を訪問してみたが、両親とも大久保清の所在を知らないという。

松村捜査隊がそのまま張り込みを続けていると 夕方になって大久保宅に刑事がやってきて、ようやく警察による張り込みも同時に始まった。

その時の捜査報告書には、大久保清をかばう両親の嘘が見て取れる。

5/10捜査報告書
5月9日の午後3時頃、大久保清は「ちょっと行ってくる」と母親に話して車で出かけた。

午後6時から始まったキックボクシングを見ているときに清は帰ってきたので、親子3人で夕食を食べた。

その後9時頃になって再び「ちょっと行ってくる」とどこかに出かけたが、1時間ほどで帰ってきて寝た。

別に変わった様子はなかった

この証言は真っ赤な嘘…大久保清は5/9に松村恵子を誘い出し殺害していたことが後に明らかになったからだ。

この日の松村捜索隊の陣容は 車両18台に人員が36人

一部が大久保宅の張り込みをし、そのほかはちりぢりになって県下18カ所の捜索に出動した。

すると5/10の午後10時40分頃、安中市のモーテル街をパトロールしていた松村捜索隊のメンバーが、大久保清が運転する白いロータリークーペを発見したのだ。

この時には10分追跡したが、残念ながら大久保には逃げられてしまった。

だがこの時の大久保清の尋常でない逃亡から、松村捜査隊も警察も 大久保が松村恵子失踪に関わっているという確信を深めたのだった。
 
 
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5月11日 松村捜索隊の大久保清追跡

5月11日、松村捜索隊は車両74台・人員158人に膨れ上がり、午前6時から県内4方面と長野、埼玉への捜査にも出発していた。

そして午後7時45分頃、松村捜索隊は渋川市の県道で高崎方面に向かっている大久保清の車を発見し、追跡したが、この時も大久保の車のスピードに勝てずに見失っている。

こうした大久保の必死の逃亡を追いかけるのだから 松村捜索隊の追跡はエスカレートしやすく、スピード違反や信号無視などの交通違反が避けられない…そう感じた松村彰は警察署を訪れて具体的な指導を要請した。

警察署は ■大久保宅の張り込みは警察に任せること ■大久保を発見したときは危険が伴うので追跡せず、110番すること ■車で捜索するときはスピードに注意し、決して無理をしないこと…などを指導したという。

5月12日 大久保清を桐生で確認

この日の大久保清は桐生市内を立ち回ったことが確認されたのを最後に、それ以降の行動は判明しなかった。

5月13~14日 松村捜索隊が大久保清の身柄を拘束

5月13日、松村捜索隊はとうとう大久保清の身柄を確保することに成功した。

午後1時半頃、松村捜索隊が桐生駅前で大久保清を発見し追跡したが逃げられた。

そこでほかの7台の車が桐生方面に先回りし、桐生市からの出口を遠巻きに包囲していた。

もし大久保がこの警戒網をかいくぐるとしたら 利根川をどこかで渡るはずであり、追っ手を意識する心理を考えると、大久保は目立たない前橋市の大渡橋を選ぶ可能性があるのではないか・・・そう考えた松村捜索隊の二人(高橋さんと長田さん・仮名)は大渡橋のたもとで張り込みを開始した。

彼らの読みは的中し、1時間半ほどして大久保清がやってきて、再び捜索隊の追跡が始まった。

大久保の車は後から来た乗用車で後方までふさがれてしまったため動けなくなり、そこで松村捜索隊による大久保への長い長い追跡が終了したのだった。

松村捜索隊の二人は大久保清の身柄を確保し、彼を警察に引き渡した。

警察的には民間人による容疑者の捕捉は「初動捜査の遅れ」だから、非常に立場が悪い。

報道陣は情け容赦なく「初動捜査のミス」「警察の捜査力に翳り」などと書き立てるだろう。

ここは何としても警察の威信をかけて、松村恵子事件を解決しなければならない。

そんな警察にとっては「塩梅が悪い」状況の中、大久保清に対する任意の取り調べが開始された。

捜査員
5月9日の夕方、藤岡市内で松村恵子という女性を誘ったな?
大久保清
その娘は松村と言っていたな。

俺は「中学校の教員をしながら絵を描いている太田哉一です」って声をかけたんだ。

「僕は榛名湖畔にアトリエを持ってるんですが、人物画のモデルを探しているんです。あなたは僕のイメージにぴったりだ。モデルになってくれませんか」と誘ったら承知したんですよ。

それで「買い物した品物を家に置いてくる」といったん家に帰り、30分ほどで戻ってきたから、「ちょっとドライブでもしながら話を聞いてくれませんか」と車に乗せたんです。

それで高崎市から前橋市を通って伊勢崎市に行き、キューピット(仮名)という喫茶店で1時間ばかり時間を費やした。山の話とか絵とか詩の話をしましたよ。彼女が感心して聞きたがるもんでね。

午後8時頃喫茶店を出て高崎方面へ向かったんです。途中でモーテルに連れ込もうとして速度を落としてハンドルを切りかけたとき、娘は車から飛び降りたんですよ。

俺も車から降りて追いかけたんだけど、娘はちょうど前橋方面から来た乗用車を止め、それに乗って高崎方面に逃げてしまった。

そのあとのことはわかりませんね。

捜査員
じゃあ、なぜ翌朝、松村恵子の自転車の指紋を消しに行ったんだ?
大久保清
俺は仮釈放中の身だからね。指紋が俺だってばれたら犯人扱いでしょう?

大久保清の供述はこれだけだった。

これ以外のことには頑として口をつぐんでしまう。

しかし大久保が何か隠している疑いは濃厚だったため、このまま帰すわけにはいかない。

なんとしても警察に身柄を確保しておく必要があった。

そこで警察は「わいせつ目的誘拐罪」で大久保清に対する逮捕令状を請求し、5月14日午前2時15分に大久保を逮捕した。

大久保清 連続女性誘拐殺人事件の全貌 その2へ続く

 
 
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