桶川女子大生ストーカー殺人事件の真相!小松武史は冤罪か!?

桶川女子大生ストーカー事件 冤罪 小池武史

桶川女子大生ストーカー事件の首謀者は本当に小松武史なのか!?

桶川女子大生ストーカー殺人事件の首謀者とされる小松武史は現在、無期懲役で千葉刑務所に服役している。

小松武史は、被害女性・猪野詩織さんの元交際相手で、詩織さん殺害の主犯と思われていた小松和人の兄である。

猪野詩織さん殺害の実行犯である久保田祥史(くぼたよしふみ・事件当際時34歳)が「小松武史に頼まれて猪野詩織さんを殺した」と供述したことから、桶川女子大生ストーカー殺人事件の首謀者として裁かれたのが小松武史服役囚である。

桶川女子大生ストーカー殺人事件

小松武史の審理は最高裁までもつれ込んだが、最終的に上告を棄却され、彼には無期懲役が確定した。

一審のさいたま地裁では「殺人について無罪を主張している小松武史が主犯だと認めた」上で、殺害に関与した3人に懲役15年と18年を言い渡している。

殺害を実行した久保田祥史については懲役18年が確定し、宮城刑務所に服役し もう少しで刑期を終える。

小松武史主犯説は久保田祥史の証言によるものだが、これをおかしいな?と思った人は当時は少なからずいたと思う。

この事件で世間から疑いの目を向けられたのは、詩織さんに振られて壮絶な嫌がらせに走った弟の小松和人だったからだ。

個人的には、小松和人が主犯でなかったのなら、湖で自殺なんかする必要はなかったのではないかと思っていた。

兄の武史が、弟が首謀の嫌がらせに加担するのはあるあるだと思うが、詩織さんを殺すほどの動機を果たして武史が持っていただろうか!?という疑問が残る。

直接恨みを持っていない相手を殺害できるだろうか!?と。

猪野詩織さんへの嫌がらせではヤクザまがいのことをしていた小松武史だが、彼はヤクザではない(ちなみに久保田祥史は元暴力団員である)

その辺が何となく違っているような、釈然としない気分がするところだ。

いずれにしても、小松武史は一審のさいたま地裁での審理のときから、詩織さん殺害への関与は全面否認していた。

嫌がらせに加担したことは認めるが、殺人には自分は関係ない!を一審で貫き、無罪を主張した。

二審では無罪主張を取り下げて殺害の指示を否定し、傷害致死を主張している。

これは無期懲役を減刑するための弁護士の戦略だったのかもしれないが、二審でもやはり量刑は変わらなかった。

そしてこれを不服として上告したが、最高裁は上告を棄却し、小松武史の無期懲役が確定した。

桶川女子大生ストーカー殺人事件の犯人グループは4人と認定され、このうち小松武史だけが現場にいなかったが、武史が首謀者にされた。

この4人が逮捕された1ヵ月後に、捜査本部はようやく小松和人を指名手配した。

しかしその容疑は猪野詩織さんに対する「名誉毀損」

ところがその11日後、小松和人は北海道の屈斜路湖畔で水死体となって発見され、自殺とされた。
 
 
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大嫌いな弟のために殺人を犯せるか!?

小松武史は元・消防署員で、東京消防局板橋消防署に勤めていた。

消防士という本業を持ちながら、副業として風俗店を経営していると報道されていた。

小松武史と手紙のやり取りをしていたルポライターの片岡健氏によると、

小松武史
実行犯の久保田祥史らが自分たちの刑を軽くするために、無実である自分を首謀者に仕立て上げたのだ

・・・と主張していたという。

私は結婚後、友人の車屋でアルバイトをしており(内緒で) その当時、和人から 職場の本庁の人事課に2回チンコロ(=密告)され、私は大変でした。それと、事あるごとに、私の家に嫌がらせ電話をしてきては妻がキレて 番号も2回ほどかえたことがある。ある意味、恐ろしい弟でした(2012年7月24日付)

片岡さんは、どうしてビラ配りの現場に私が行ったのか?疑問に思うでしょうが。全て和人の知能犯で、私を兄などとは考えておらず!和人に追求が来ても、全て私の責任になるよう周到に考えられた、全ての行動です(2013年2月8日付)

武史はこのほかにも「和人は複数の有名な暴力団幹部と親交があり、そいつらを使って兄である私にいろいろな脅しをかけてきた。」「自分は和人にだまされて風俗店のオーナーをやらされていた。」「猪野さん以前に交際した女性に対しても、和人は凄まじい嫌がらせをしていた」・・・と、和人に対する恨みつらみ、悪口を手紙に頻繁に綴ってきた。

なかには、本当なのかと疑問に感じる話もあったが、私は武史の手紙を読んでいて、この男はやはり殺害の依頼などしていないのではないかと思わされた。

これほど毛嫌いする弟のため、人ひとり殺す危険を冒すのは少々不自然に思えたからだ。

via:日本の凶悪犯罪100

小松武史首謀者説に疑問を抱かせる証言

2002年2月12日のさいたま地裁での小松武史の第52回公判で、久保田祥史はこう証言した。

久保田祥史
私はこれまで虚偽の供述をしていた。
 
本当は武史から殺害を依頼されたことはなく、現場に同行した二人に殺害の協力を依頼したこともなかった。

小松武史の有罪を立証するために呼んだ検察側の証人である久保田祥史が、検察のシナリオを根底からひっくり返して、小松武史から殺害を依頼されてないと言っていた。

取調べの供述を、裁判でひっくり返していた、しかも保身にならない内容で。

それでも判決では、小松武史を首謀者と認定した上で、その他の共犯者三人の量刑を決めている。
 
 

片岡健氏は懲役18年の刑で宮城刑務所に服役していた久保田祥史に手紙を出し、取材に応じてもらっている。

そんな片岡氏に対して久保田祥史は、小松武史から猪野詩織さんの殺害依頼はなかったと認めた。

そして久保田の証言は意外な展開を見せた。

久保田祥史
武史だけではなく、和人からも 詩織さん殺害の依頼はなかった。

小松武史が首謀者でないのなら、小松和人が殺害を依頼したのではないかとストレートに思うものだが、それも違うとはっきり言い切っている。

それではなぜ、久保田祥史は猪野詩織さんを殺害したのか!?
 
 
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真相は 詩織さん殺傷は誰の指示でもなかった!?

久保田によると、詩織さんに振られて落ち込んでいた小松和人はこう言ったという。

小松和人
久保田さん、私は彼女と刺し違えることも考えた。

久保田祥史は当時、小松和人が経営する風俗店の店長をしていたが、何かと気遣いをしてくれる和人に対して、久保田は恩義を感じていたという。

久保田祥史
マネージャーの無念は私が晴らす。

その日から久保田はどうしたら和人が納得するだろう?と考えた。

そしてはじめは、猪野詩織さんの顔にナイフで傷でもつけてやろうと思っていた。

久保田祥史は運転手役や見張り役を頼んだ2人を同行して、JR桶川駅に出向き、駐輪場で自転車から降りた猪野詩織さんの背後へ。

しかし顔を傷つけることにためらいが生じて 思わず背中を刺したところ、ナイフが根元まで刺さってしまった。

驚いた詩織さんが振り向いたときに久保田は頭が真っ白になり、みぞおちも刺してしまった・・・というのが、久保田祥史が語った事件の真相である。

小松武史を首謀者に仕立て上げた理由

猪野詩織さん殺害は久保田祥史が単独で暴走したことが真実ならば、久保田はなぜ小松武史を首謀者にしたのか?

それは久保田によると、武史に反感を持っていたからだという。

事件前からの小松武史の人を見下したような態度が気に入らなかったと。

さらに久保田祥史が事件後に猪野詩織さん殺害を小松武史に連絡したとき、

小松武史
なんてことをしてくれたんだ!

・・・と冷たく言い放たれ、

小松武史
弁護士費用にしてくれ。

・・・と1000万円渡されたという。

金を渡されたことが「トカゲのしっぽ切り」されたように感じたというのだ。

武史の仕打ちに、私のプライドは粉々に砕け散ってしまいました。

この出来事が決定的となり、以後の事件後の流れを左右することになります。

私は、ひとり保身に走る武史に対して何の感情も持てずにいましたが、逆に憎悪がどんどん胸のうちに膨らんでいくのを感じました。

via:冤罪file21号

久保田祥史は警察に身柄を確保され、逮捕されたあと、開口一番に「小松武史に頼まれて殺した」と自供した。

久保田は刑期を終えたら この事件の真相を本にしたいと思っているというが、いやいや、それが真実なら再審請求でしょ!?と思わずにはいられない。

いまどきの無期懲役=懲役30年、無実なら早く救い出してあげないといけないんじゃないの!?という素朴な疑問もわいてくる。

これを取材した片岡健氏は、千葉刑務所から小松武史との手紙のやり取りを禁じる措置が取られたために、その後の取材が停滞しているらしい。

この措置は違法だとして千葉地裁に提訴していて、判決が9月に出るらしいが、今後、桶川女子大生ストーカー殺人事件に新展開があるのかどうかが非常に気になるところだ。
 
 
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