大分一家6人殺傷事件

大分一家6人殺傷事件

2000年(平成12年)8月14日午前3時前、大分県大野郡野津町で農業を営む一家6人がナイフで刺され、3人が死亡、3人が大怪我を負う事件が起こった。

被害者はI家の家族で、死亡者は戸主の妻・澄子さん(66歳) 長女・智子さん(41歳) 智子さんの長男で野津中学校1年の3人。

戸主の萬正(かずまさ)さん(66歳)は重体、智子さんの次男で都松小学5年の誠也君(11歳)が重傷、長女で野津高校2年の舞さん(16歳)が軽傷を負った。

>>事件現場(大島てる)

舞さんによる110番通報で駆けつけた警察は、被害者たちの話からすぐに犯人を割り出した。

被害社宅・I家の近くに住む県立高校1年の少年(15歳)である。

この少年は両親と兄の4人家族で、学校では口数が少なく友達があまりおらず、自分の中に閉じこもるタイプと見られていた。

1学期半ばには同級生から生意気だと言われて殴られ、以降欠席が多くなっていった。

午前4時に捜査員はこの少年宅を訪れ、任意で署に連行した。

少年は素直に犯行を認め、殺人と殺人未遂容疑で緊急逮捕された。

少年の「ナイフで刺した」という供述通り、自宅の風呂場からナイフが見つかっている。
 
 
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1週間ほど前に、I家の萬正さんが少年の母親に「お宅の息子がうちの風呂場を覗いた」と苦情を言いにきた。
 
驚いた母親が少年を詰問すると、少年は「そんなことをした覚えはない」と抗弁していた。
 
その後、路上でI家の家族たちに挨拶しても無視され、腹が立ってきた。
 
事件を起こす8時間前、少年は父親から自宅の物置を掃除するように言われ、そこでサバイバルナイフを見つけていた。
 
鋭い歯を見つめているうちに抑えていた怒りが急速に燃え上がり、殺意に変わっていった。
 
このナイフでI家のやつらを殺してやろうと決心した。
 
 
8月14日午前1時前、少年はナイフを持って出かけ、I家の倉庫で2時頃まで待っていた。

倉庫にあった金づちで風呂場の窓ガラスを割り、内鍵を開けて侵入。

まず離れに入り 潤也君(13歳)を刺した。

誠也君(11歳)が気づいて逃げたが、そこで智子さん(41歳)が出てきたので刺した。

その後、舞さん(16歳)を刺し、母屋の2階に行って萬正さん(66歳) 澄子さん(66歳) 最後に逃げていた誠也君(11歳)を刺した。

つまり この少年の犯行動機は、見に覚えのない「覗き」の疑いをかけられた恨みを晴らしたということだった。
 
 
ところがその後の取調べで状況が一変した。

事件の10日ほど前、I家の近くの農家のたんすから盗まれた女性の下着数枚がズタズタに切り裂かれ、畑に捨てられていた。

その近くの川の中から脚立が発見され、それがこの少年宅のものだと判明した。

捜査員がこの件についても少年を追及したところ、少年は脚立を使って下着を盗んだことを認め、さらに少年の家の家宅捜索でも、女性の下着数点が見つかった。

少年は1週間ほど前にI家に侵入して盗んだと自供した。

時期的に見てもこの侵入は、風呂場の覗きと重なる可能性があった。

そこで警察は、この事件の犯行動機は無実の覗きへの怒りではないとみた。

萬正さん(66歳)は少年の母親に覗きの事しか言いつけていないが、少年は近々 下着泥棒もばれると思ったのではないか。

「下着泥棒が発覚すると、近所の人や女の子から白い目で見られる」「父親から怒られると家にいられなくなる」などの理由から、口封じの目的で一家皆殺しを決意したのではないかと考えた。
 

2000年9月8日の第一回審判において口封じ説を主張したが、付き添いの弁護人は

弁護人
その動機と6人殺傷という大事件の落差は大きすぎる。
 
犯行時、少年には責任能力がなかったのではないか。

・・・として精神鑑定を求めた。

精神鑑定の結果は「重症の行為障害だが、善悪の判断能力はあった」と出た。

12月26日の第2回審判では、大分家裁は少年に対し、医療少年院送致とする保護処分を言い渡した。
 
 
1990年代半ばから、少年犯罪の多発や低年齢化、凶悪化が目立ち始めているため、現行少年法の見直し論議が活発化したのもこの頃。

紆余曲折の末、改正少年法が成立し、施行されたのが2001年4月。

刑事罰の対象年齢がここから14歳に引き上げられた。
 
 
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