小原玲!天安門写真からアザラシとシマエナガ写真集カメラマンへ!宮嶋茂樹との関係は?

カメラマン スクープ
 
「1番政治家に嫌われているスクープカメラマン」「不可能を可能にするスクープカメラマン」の異名を持つ宮嶋茂樹さんが「1番だけが知っている」に登場しました。

宮嶋さんは「刺青(いれずみ)疑惑のハマコー」(政治家浜田幸一さん)を激写した写真や、日本人で初めて金正日総書記を撮影した人物としても有名な、日本のナンバー1スクープカメラマンです。

宮嶋茂樹さんの最高傑作スクープ写真は、撮影不可能とされていた「東京拘置所内の麻原死刑囚」をとらえた写真(週刊文春1996年4月25日号 “拘置所の麻原被告はまるでエレファントマンだった”)

そんな凄腕スクープカメラマンの宮嶋茂樹さんには、魂が震えるほど嫉妬したスクープ写真が2枚あるといいます。

宮嶋茂樹の魂が震えるほど嫉妬した2枚のスクープ写真とは?

スクープ写真

宮嶋茂樹の魂が震えるほど嫉妬したスクープ写真。

一枚は、1989年の中国・天安門事件の写真です。

民主化を求めた学生たちを制圧するために、軍の戦車が学生に迫る瞬間をとらえたものでした。

これはアメリカの雑誌「LIFE」でベストオブライフに選出された歴史的一枚です。

もう一枚は、1995年3月のオウム村井刺殺事件のスクープ写真です。

鷲尾倫夫がオウム村井刺殺事件スクープ写真(宮嶋茂樹が嫉妬した一枚)を撮れたのはなぜか?

2017.05.24

鷲尾倫夫がオウム村井刺殺事件スクープ写真(宮嶋茂樹が嫉妬した一枚)を撮れたのはなぜか?

 
 

宮嶋茂樹の最大のライバルは小原玲!

スクープカメラマン
宮嶋茂樹
こいつ(小原玲)には勝てないんじゃないかという不安がよぎるくらい、悔しい相手でしたね。

ずっと二番手で終わるんじゃないかって。

天安門事件の大スクープ写真を撮ったのは、宮嶋茂樹さんの「FRIDAY」時代の同期である小原玲(おはられい)さん

1984年、入社一年目から小原玲さんは活躍していたといいます。

(小原は)誰よりも前に行く。

車のボンネット乗り(※)も、ヤツが考えてやりだしたことですし。

 
※スクープカメラマンが車のボンネットに乗って、車内の様子を撮影するさま。

小原玲さんは撮影のためなら手段を選ばないといっても過言ではないほど、業界ではすごいやり手だったそうです。

そんな小原さんがスクープ界の伝説になったのが、1989年六四天安門事件をとらえた一枚でした。

あまりの危険さに、外国メディアの多くが避難を余儀なくされるほどだったにもかかわらず、小原さんは現地に乗り込み、最後まで前線に残ってシャッターを切り続けました。

戦車が迫ってくるにもかかわらず、みんなで手をつないで盾となる一般市民の・・・最後の決定的瞬間をとらえていました。
 
 
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小原玲がスクープ界から忽然と姿を消した!?

ところが、天安門事件の翌年の1990年、小原玲さんはスクープ界から忽然と姿を消してしまいます。

世界的スクープカメラマンの仲間入りを果たしたのに、なぜ?

今回番組が調査したときには、小原玲さんは「動物カメラマン」として北海道札幌市にいたのです。

カメラを携えて雪山に入り、何もない林の中で何かを撮影している姿がテレビに映し出されました。

番組スタッフ
何を撮ってるんですか?
小原玲
ちっちゃな鳥なんです。

 

小原玲が伝説のスクープカメラマンから動物カメラマンに転身にした理由とは?

世界的スクープカメラマンの仲間入りを果たした小原玲さん。

彼はなぜスクープ最前線から姿を消し、動物カメラマンに転向したのか?

そこにはスクープカメラマンとして生きる葛藤がありました。

天安門事件のスクープ以降、小原玲さんは活躍の場を世界中の紛争地帯へ移しましたが、小原玲さんを待ち受けていたのは、想像を絶するほどの悲惨な現実でした。

小原玲
人の不幸が大きければ大きいほど、自分の売り上げになる・・・それが非常につらかった。

報道写真は、人に物事を伝える仕事のように思えますが、実は伝えられないことの方がはるかに多いということを悟ったのです。

あの天安門事件のスクープ写真も、そんな「本当の想いを伝えられなかった一枚」であるという認識が、小原玲さんの中には常につきまとっていました。

LIFE誌には天安門事件のスクープ写真を「学生たちが戦車を止めている写真」としてますが「実はそうではない」と小原さんは言います。

小原玲
あれは学生リーダーたちが、学生が戦車に向かうのを防いでいる写真なんです。

彼らは最後まで「非暴力・民主主義・新聞自由」を貫きたかったんです。

でも私は、これを伝えることができなかった。

via:小原玲ブログ

もうひとつは、紛争地帯の写真では週刊誌のページを確保しづらいという現実がありました。

難民キャンプの写真と飲食店の特集があれば、どうしても飲食店特集の方が勝ってしまう・・・そういったレベルのジレンマです。

自分の無力さと、何のために自分は写真を撮っているのか?が分からなくなり、当時の小原玲さんは 酒におぼれる日々が続いていました。
 
 
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アザラシの赤ちゃんとの出会いが小原玲さんの人生を変えた!

アザラシ 赤ちゃん

そんな時にたまたま舞い込んできた仕事が、アザラシの赤ちゃんの撮影でした。

この仕事を機に「人に伝わる写真が撮れる」ことに気づいたのです。

ある日喫茶店でたまたま近くにいた女性が、小原さんが撮ったアザラシの赤ちゃんを紹介している雑誌に熱心に見入っている姿を見かけたそうです。

その女性はかなり長い時間アザラシの赤ちゃんを眺めていましたが、そのページの一部を切り取ると、大切に自分の手帳にしまったそうです。

「かわいいから、またあとで見られるように」ということなんでしょうね。その写真をとても気に入ってくれたのでしょう。

その時に小原さんは「わあ、かわいいなあ!」と思う気持ちは、写真を見た人にしっかり伝わることに気づきました。

スクープ写真というのはよく見ても せいぜい3~4秒で次のページに行ってしまう、と。

・・・確かにそうかもしれません。

そんな現実を前に「人の悲しみ」を撮ることで他のカメラマン以上の仕事ができる自信が持てなかった・・・と小原さんは当時を回想しています。

だけど「人を喜ばせる」写真なら自分にも撮れる!

そこに気づいたからこそ 小原玲さんはスクープ写真家の道を捨てて 動物カメラマンに転身したのです。

「アザラシの赤ちゃん」は10万部発行の大ヒット!

というわけで、伝説のスクープカメラマン・小原玲さんの現在の職業は、動物カメラマン。

そしてそれは、あまりにもかわいい動物写真だと 巷で大人気となっています。

そんな小原玲さんの代表作は 写真集「アザラシの赤ちゃん」

これは10万部発行の大ヒット作です。
 

 

 

小原玲さん、現在は雪の妖精・シマエナガを追いかけている!

そんな小原玲さんが現在狙っている動物は「シマエナガ」です。

※これらの画像は、小原玲さんが撮影したものではありません。
 
 
雀よりも小さく(スズメは15センチ、シマエナガは13センチほど) 瞳がつぶらで、羽が真っ白!

シマエナガはその愛らしい容姿から「雪の妖精」と呼ばれる野鳥です。

小原玲さんが撮影したシマエナガの写真が あまりにもかわいすぎる!話題となりました。

番組スタッフが北海道札幌市の森林に向かったのは、まさしく小原さんがシマエナガの撮影をしているからだったのです。

宮嶋茂樹さんが嫉妬した凄腕スクープカメラマン・小原玲さんは、スクープ界からは姿を消しましたが、現在は動物カメラマンの第一人者としての新たな境地を切り開いていました。

シマエナガは アザラシの赤ちゃん以上の大ヒットになるのではないかなあと個人的には思います。

だって、あまりにもかわいすぎますから♪
 

 
 
 
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