西鉄バス乗っ取り事件(西鉄バスジャック事件/ネオむぎ茶事件)

西鉄バス乗っ取り事件

西鉄高速バスの福岡・天神行き「わかくす号」が佐賀市を出発したのは、2000年(平成12年)5月3日午後1時前だった。

少年A(17歳)が刃渡り約30センチの包丁で運転手(57歳)を脅し、バスを乗っ取ったのは1時半頃、九州道大宰府インターチェンジ付近。

ところがこの事件が警察に通報されたのは2時47分、少年Aの許可を得てトイレに降りた女性が、非常電話で道路公団に知らせた時だった。

そしてすぐに警察の追跡が始まった。

3時半過ぎ、女性一人が隙を見て脱出した。

その後バスは山陽道に入り、少年Aは110番に電話し、拳銃と防弾チョッキを用意しろ!と要求した。

4時20分、下松サービスエリアで男性一人が飛び降りた。

4時50分、バスは広島市内に入った。

5時24分、男性四人がバスを降りた。

少年Aは女性だけの方が御しやすいと思い、男性客を解放した。

6時すぎ、捜査陣はバスを東広島市の奥屋パーキングエリアに誘い込み、負傷した女性一人を解放し、捜査員が少年Aの説得を試みた。

7時20分、女性二人を救出したが、一人はすでに死亡、一人は重傷。

バスは奥屋パーキングエリアから山陽自動車道を岡山方面へ向かった。

午後10時過ぎ、小谷サービスエリア(東広島市)で給油し、女性一人を解放。

間もなく少年Aの両親が説得のために到着し、警察は飲食物などを差し入れた。
 
 
2000年5月4日未明、バスは小谷サービスエリアに停まっていた。

脚立に乗って窓越しに説得していた警察幹部は、午前5時過ぎ、少年Aと人質の少女がわずかに離れた隙を逃さずにバス周辺に身を潜めていた警官隊に合図し、閃光手榴弾を車内に投げ込んだ。

それと同時に捜査員たちが窓ガラスを割り、はしごをかけて次々となだれ込んだ。

そして2分ほどで少年Aを逮捕し、乗客の女性9人と運転手を救出した。

15時間半に渡る攻防で、死者1名、重傷者2名。
 
 
 
少年Aは小・中学時代、成績が優秀だったが、体育が苦手でいじめられている生徒だったという。

表面はおとなしいが内面は誇り高く、激怒すると反撃する性格だった。

県内一の進学高校を目指して勉強していた中3のとき、同級生から「勇気がない」と言われるのが嫌で校舎の階段から飛び降り、脊椎損傷の大怪我をした。

その長期入院のせいで希望の高校に入れず、佐賀市内の県立高校に入った少年Aは、不登校、退学、引きこもりの果て、両親に暴力を振るうようになった。

2000年3月には、両親が少年Aが刃物を隠し持っているのに不安を抱き、警察に相談し、その指導で国立の療養所に入れた。

そこでの経過は良好と見られ、二度の帰宅を許されていて、5月3日は3度目の帰宅だった。

その直後に自宅から姿を消し、西鉄バス乗っ取り事件を起こしたのだった。
 
 
少年Aの精神鑑定の結果は「意識や記憶、体験が自分の持っているものと一致しなくなる解離性傷害や 反社会的な行動を繰り返す行為傷害の症状が見られる」

これを受けて9月に佐賀家裁は、事件当時の責任能力は認めるが、精神科医の観察下での治療や矯正が必要として、医療少年院送致を決めた。
 
 
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