【西川正勝】桂あやめ殺人未遂事件/スナックママ連続殺人事件(119号事件)

西川正勝・元死刑囚の生い立ち


 
1956年(昭和31年) 西川正勝は鳥取県で生まれた。

9歳の時に母親を失い、父親は土木作業員で出稼ぎに出たまま行方不明で生き別れ。

西川正勝は中学に入ると非行に走り、窃盗や暴行を働いて養護施設や少年院などに送致された。

西川正勝の興味対象がいつも中年女性だったのは、母親の面影を追い求めていたのかもしれない。

1974年(昭和49年)7月、18歳になった西川正勝は鳥取市でスナックのママ(26歳)の営業態度を勘違いし、いきなり関係を迫り、ママに抵抗されたため逆上して殺害。

殺人罪で松江刑務所に10年間服役している。

松江刑務所を出所した1979年、西川正勝は松江駅前のパチンコ店に就職した。

ところが出所後2ヶ月で強盗致傷事件を起こし 懲役7年の刑を受け 再び刑務所に戻る。

その後1991年10月に鳥取刑務所を出所。

鳥取刑務所を出所してから2ヵ月後の1991年12月からスナックママ連続4人の殺人に手を染める。

わずか17日間に4人を殺害するという凶悪性を見せた被害者のほとんどが、西川正勝の母親と同じくらいの年齢の女性だった。

西川正勝は18歳以降、刑務所暮らしは17年間で シャバにいたのはわずか5ヶ月あまり。

西川正勝は起訴後、2度拘置所で自殺を図り、公判では一転して「身に覚えはない」と容疑を全面否認した。
 
 
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スナックママ4人連続殺人事件

◆1991年12月12~13日、西川正勝は兵庫県姫路市のスナック経営者・正木久美子さん(当時45歳)の首を絞めて刃物で刺し殺した。

そこで17000円相当の商品券や現金を盗んだ。

◆12月21日、島根県松江市のスナック経営者・高橋文子さん(当時55歳)の首を絞め、腹や胸を刃物で刺し、現金20万2000円を奪った。

◆12月26日、京都市のスナック経営者・原田京さん(当時55歳)の首を絞め、左首などを刃物で刺し、現金3万数千円を奪った。

◆12月28日、3人目の被害者・原田さんの店から約300メートルほどしか離れていない京都市のスナックで経営者・村上紀子さん(当時51歳)の左胸を刃物で刺し、現金1万数千円を奪った。
 

警察はこれらの犯行手口が類似していることから、同一人物の犯行と見て捜査を開始した。

そして事件現場で採取された同一の指紋から 西川正勝が容疑者として浮上。

12月30日に特別指名手配し、この事件を「警視庁広域重要指定119号」とした。

◆1992年1月5日午前10時半頃、大阪市中央区のアパートで女性落語家・桂花枝(現・桂あやめ・当時27歳)の首を絞めて失神させた上、現金14万円を強奪した。

◆1月7日、西川正勝は桂花枝のアパートから東へ400メートルほどの大阪市天王寺区のマンションに潜伏しているところを逮捕された。

1992年1月6日、西川正勝は大阪市天王寺区のに母子家庭のFさんのマンションに飛び込んだ。

そして金を奪おうとFさんの首を絞めたが抵抗されて断念。

西川正勝はFさんから聞かれるままに一晩、身の上話を語り尽くし、Fさんに母親のように諭された。

「付き添ってあげるから自首しなさい」と母親のように徹夜で説得され、翌朝すんなりと自首し、逮捕された。

やはり母親への思慕から、母親と同年代の女性に諭されることに西川正勝は弱かったのかもしれない。

永山則夫のように不遇な少年時代を送らなければ、もしかしたら西川は犯罪者にならずにすんだのではないかとふと考えたりすると、少し気の毒な思いもする。
 
 

落語家・桂あやめ(桂花枝)殺人未遂事件

西川正勝 桂あやめ 桂花枝

via:naverまとめ

桂あやめさんは 1964年2月1日生まれの女性落語家。

桂さんは西川正勝のスナックママ連続殺人事件の5人目のターゲットにされたのだ。

当時の桂あやめさんの芸名は 桂花枝(当時27歳)

一門は大晦日の夜から師匠宅に集まって飲み明かすのが恒例である。

そこで桂あやめさんも1992年正月元旦は師匠の小文枝宅で過ごし、1月4日の新年会の席で師匠の前名、桂あやめを襲名する許しを得ていた。

襲名の念願が叶い、喜びの絶頂にいた翌日、まさか自分が大事件に巻き込まれるとは夢にも思わなかっただろう。

当時の桂あやめさんは協議離婚し落語人生まっしぐら人生を送り、アパートで一人住まいを満喫していた。

年末年始連日の飲み会で二日酔いの桂あやめさんが寝ていると、部屋に知らない男が尋ねてきた。

西川正勝
隣に越してきた者です。まだ電話がついていないんで貸してくれませんか。

そう頼まれて、桂あやめさんは電話機のコードをドアの近くまで引っ張ってきて 男に電話を貸した。

男は「留守みたいだ」と受話器を置いた次の瞬間、突然すわっと桂あやめさんに襲い掛かってきた。

桂あやめさんは花瓶を投げつけるなどして抵抗したが、西川正勝は桂さんに飛び掛り、彼女の首を絞めた。

一瞬の出来事でわけがわからない桂あやめさんは

桂あやめ
このまま死んだらあやめの名前はどないなるんやろう。

・・・と思いながら気を失ってしまったという。

目の前がぐるぐる廻って、気が付いたら部屋の天井が見えて、「あ・・・夢やったんか」と起き上がった途端、彼女の視界にまた、あの男の姿が飛び込んできた。

男は再度、桂あやめさんの首に手をかけながらこう訊ねた。

西川正勝
金、あるか?
桂あやめ
引き出しに入ってます。

桂あやめさんは現金14万円が入った封筒を引き出しから出してきて、西川正勝に差し出した。

西川正勝は金を手にすると ほっとした様子でこう言った。

西川正勝
俺は人を殺した。捕まるくらいなら死のうと思ってる。
桂あやめ
死んだらあかん。生きていたらええことありますから。

男に自暴自棄になってまた首を絞められたら…と思うとたまらないので 桂さんは夢中だった。

すると西川は

西川正勝
あんた、ええ人やなあ。俺は出て行くが、警察に電話するなら10分たってからにしてくれ。

西川正勝がアパートの階段を下りる音がしたので、桂あやめさんはすぐにドアの鍵をかけた。

九死に一生を得た・・・その途端に桂さんは全身の力が抜けて動けなくなったという。

しばらくの間は放心状態で ガタガタと体の震えが止まらず、警察に電話できたのはしばらくたってから。

すぐに警察官が駆け付け、電話機の指紋を調べたところ、男の正体が判明した。

あの男は警察庁広域指定119号事件、通称「スナックママ連続殺人事件」で指名手配中の西川正勝だった。

女性を4人も立て続けに殺した男だったとわかったとたん、桂あやめさんの体は またしても震えだしたという。
 
 
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桂あやめさんの首が細かったら助からなかった

 
翌日の新聞を見ると、119号事件が一面に大きく掲載されていた。

そこには殺された4人の女性と桂あやめさんの写真が載っていた。

桂さんはそれを見て、改めて生きていることに感謝したという。

その後に吉本興行の仕切りで 桂あやめさんの記者会見が開かれた。

桂あやめさんの首の周りには 西川正勝に絞められたあざが痛々しく残っていた。

桂あやめ
これまで吉本の芸人の記者会見といえば、たいてい加害者だったのが、被害者としての会見は初めてだとマネジャーに言われました。

落語家なので自虐ネタで報道陣を笑わせることも忘れずに、記者会見に臨んだ。

記者
よく助かりましたね。
桂あやめ
落語の稽古では首を左右に動かすんです。稽古で筋肉が鍛えられたおかげで助かったと思います。

これは冗談でも自虐ネタでもなく、本当のことだったらしい。

桂あやめさんを診察した医者も、彼女の首がもう少し細かったら危なかっただろうと言っている。

西川正勝・元死刑囚から桂あやめへの 大坂拘置所からの伝言

大坂拘置所で西川正勝死刑囚と一緒になった人が桂あやめさんの知人で、西川から桂さんへのメッセージを託されていたという。

「あやめちゃんに会ったら、ごめん言うといて」

桂あやめ
私は許せないって一点張りで、私1人しか残ってないからこそ許したらあかんって言う気持ちとが凄くありまして。
 
亡くなった被害者の人たちは絶対に許せないじゃないですか。
 
許すことも怒ることもできないし、それを思ったら私が勝手に許したらあかん。
 
向こうが死刑執行されようと、許せるもんでもない。絶対そういう事件を許せない。
  
 

西川正勝・元死刑囚の裁判

1995年9月11日、一審で西川正勝は無罪を主張するも、大阪地裁で死刑判決。

2001年6月20日、弁護側は姫路事件のみ罪を認めたが、責任能力は否定。

その他の事件については全面無罪を主張したが、大阪高裁で控訴棄却の決定。

2005年6月7日、最高裁で上告棄却となり、西川正勝の死刑確定。

最高裁
殺害された被害者は4人に上り、いずれも確定的殺意に基づく残忍な犯行だ。
 
安易に凶悪犯罪に及ぶ傾向が認められ、遺族の被害感情も厳しく、不遇な成育歴などを十分考えても、死刑を是認せざるを得ない。

2017年7月13日、金田勝年法務大臣の執行命令により、大阪拘置所にて西川正勝の死刑執行。

61歳没。

西川正勝と住田紘一の死刑執行!再審請求中の死刑執行は極めて異例!執行を逃れるための形ばかりの再審請求は認めない!

確定死刑囚の7割以上が再審請求をしている。

確かに冤罪事件もゼロではないが、再審請求のほとんどは死刑執行逃れ、あるいは執行延期の目的のものが多いのは事実である。

再審請求というのは今までの審理を覆せるほどの証拠などをもってしない限り棄却されるものなので、それが通るのはかなりレア。

それでも再審請求するのは 多くの死刑囚が請求中には死刑が執行されないと信じているからだ。

西川正勝の場合は執行当時に第十次再審請求をしていたのだが、そんなものはおかまいなしに死刑が執行されている。

というのも、西川の再審請求は毎回内容が同じようなものだったこともあるからだという。

だから何度請求しても意味がないと判断されたのだろう。

再審請求しようがすまいが死刑執行のストッパーにはならない前例が暗黙の了解になれば、執行のハードルがさがるのではないかという見方もされている。
 
 
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