寝屋川市33歳長女死体遺棄事件→監禁 保護責任者遺棄致死事件

寝屋川33歳長女 監禁 保護責任者遺棄致死事件
 

contents

【寝屋川監禁 保護責任者遺棄致死事件】 年譜

1995夏頃柿元一家(両親・愛里さん・妹)が寝屋川市に転居
「子ども部屋」として自宅内にプレハブの部屋を設置
19971月愛里さんは小6…学校を休み始める
両親
長女の体調が悪化し始めた。
精神疾患の始まり?
20011月愛里さんが複数の病院で「統合失調症」と診断される
2002父親がプレハブの部屋を改修し、監視カメラ、二重扉、簡易トイレなどを設置。
両親
外に逃げたり、暴れたりしないように、十数年前から日常的に2畳ほどの部屋に閉じ込めていた。
娘には精神疾患があり、中で療養させるために、私(父親)が作りました。
監禁生活の始まり?
20171月食事を1日2食から1食に減らす。
愛里さんが急激にやせ始める
201712/18柿元愛里さん死亡
死因は栄養不足で脂肪が極度に少なくなり、体温を保つ機能が低下したことによる凍死
監禁部屋には暖房器具が設置されておらず、愛里さんは全裸だった
両親
「暑い」と言って服を脱ぐため、数年前から季節に関係なく裸にしていた。
1/23両親が大阪府警に自首し死体遺棄容疑で逮捕
両親
かわいい子だったので、死んだ後も一緒にいたかった。
20181/2両親を監禁と保護責任者遺棄致死の疑いで再逮捕
※死体遺棄容疑は処分保留とする
両親
自分たちの食べ残しから軟らかい食品を選んで与えていた。
私たちなりに考えて十分な食事を与えていた。
衰弱していたか分からなかった。
1/4両容疑者を大阪地検へ送検
 

2017/12/24 寝屋川市で両親が長女の死体遺棄

同居する長女の遺体を自宅で数日間放置したとして、大阪府警寝屋川署は12月23日、父親・柿元泰孝(55歳・会社員・寝屋川市秦町)容疑者と母親・柿元由加里(53歳)容疑者死体遺棄容疑で逮捕しました。
 

via:事件現場(大島てる)

 
 
逮捕容疑は、12月18日に長女・愛里さん(33歳)が死亡したにもかかわらず自宅で遺体を放置し、遺棄したとしています

両容疑者
かわいい子だったので、死んだ後も一緒にいたかった。
気持ちの整理がつかなかったので隠した。
 
娘には精神疾患があり、外に逃げたり、暴れたりしないように、十数年前から日常的に2畳ほどの部屋に閉じ込めていた。

2畳ほどの隔離部屋には布団と簡易トイレがあり、外から施錠するようになっていました。

12月18日朝、両容疑者が布団の中で動かなくなっている長女に気づき、23日未明に、署に自首して発覚しています。

長女には目立った外傷はないものの やせ細っていたということで、警察は死亡したいきさつや、生活の状況などを詳しく調べています。

2017/12/25 長女はプレハブに16年監禁され栄養失調で凍死

大阪府警捜査一課は12月25日、司法解剖の結果、柿元愛里さんの死因は栄養失調の状態で寒い環境に置かれたことによる凍死だったと明らかにしました。

発見時は低栄養状態で、145センチの身長に対し、体重は19キロしかなく、極度にやせていました。

司法解剖の結果、胃の内容物はなく、背中に床ずれがあったということです。

凍死したのは、脂肪が極度に少なくなり、体温を保つ機能が低下したためとみられています。

府警は12月23日に死体遺棄容疑で父親・柿元泰孝容疑者と母親・柿元由加里容疑者を逮捕しています。

両容疑者
遺体は長女の柿元愛里で、12月18日に死亡した。
亡くなった娘と一緒にいたかったが日がたち、犯罪になるのではと思うようになった。
 
16~17歳ごろから精神を患って暴れるようになり、外に出ると危ないので鍵をかけ、プレハブに監禁して療養していた。
精神疾患で暴れることがあり、周囲に知られたくなかった。
 
最近は1日1回程度しか食事を与えていなかった。
食事もトイレもプレハブ内でさせていた。

関係者によると、愛里さんについて両親から自治体に相談や届け出はなく、障害者手帳は発行されていなかったということです。
 
 
大阪府警捜査一課によると、2畳ほどのプレハブ部屋には簡易トイレが設置され、生活スペースはわずか1畳。

食事も室内で取らせ、水は部屋の外にあるタンクからチューブを延ばして 自分で飲めるようにしていました。

ダクトを室内に引き込んでクーラーを使えるようにしていましたが、暖房はありませんでした。

部屋には窓がなく、二重扉で外から施錠し、監視カメラで室内の様子を確認し「暴れるので様子を見ていた」

さらに両親と愛里さんはスピーカーを通して インターホン越しに会話していたということです。

間仕切りの高さは天井まであり、仕切りの中のクーラーや簡易トイレ、監視カメラの設置などについて、父親は「自分で作った」と供述しています。

捜査員が自宅に踏み込んだ際、愛里さんは寝間着を着た状態であお向けに横たわり、骨の形がくっきりと見えるほどやせ細っていました。

暖房設備はなく、暖を取れるのは布団だけでした。
 
 
一家が暮らしていた民家は高い塀に囲まれ、外から中の様子はうかがうことができません。
 


 


 


 

以前は両親と長女の愛里さん、次女の4人暮らしをしていましたが、現在次女は別の場所で暮らしており、一家と近所付き合いがある人はほとんどいませんでした。

「精神障害で暴れるようになった」と監禁を始めた理由を両容疑者は供述していましたが、周囲には愛里さんの存在を知らない人もいました。

近所の女性
女の子が2人いると聞いたことがあるが、長女は名前も知らず、姿を見たこともない。
 
 
最近の食事が1日1食だっただけでなく、愛里さんの背中には床ずれの痕があり、死亡の直前は身動きが取れないほど衰弱して食事も自力で取れなかったのではないかとみられています。

それでも両親は病院に連れて行くなどの対応を取っていませんでした。

捜査一課は、監禁致死や保護責任者遺棄致死の疑いもあるとみて、死亡の経緯を慎重に調べています。
 
 




 
 

2017/12/27 訪問者を警戒して監視カメラ10台設置!?

 



 

死体遺棄容疑で逮捕された両親が、民家の外側にも監視カメラを約10台設置し、自宅内のモニターで外の様子をうかがっていたことがわかりました。

あらゆる方向を映せるようになっており、大阪府警は約16年間に及ぶ女性の監禁が発覚することを恐れ、訪問者を極度に警戒していたとみています。

この自宅は木造平屋で、高さ2メートルほどの塀に囲まれ、通行人らからは様子が見えないようになっています。

約10台の監視カメラは、主に塀の外側の道路に向けて設置されており、民家の軒先につり下げられたり、塀に埋め込まれたりしていました。

いずれも作動しており、自宅内に映像が確認できる複数の機器があったということです。

府警は民家内の部屋で間仕切りされた2畳ほどのスペースで愛里さんの遺体を発見していますが、この内部にも、愛里さんの様子を確認するためのカメラが設置されており、柿元泰孝容疑者は「間仕切りもカメラも、すべて私が取り付けた」と供述しています。

2017/12/27 小6で精神疾患…でも障害者手帳の申請はせず

柿元愛里さんは小学6年生の頃に医療機関で精神疾患と診断されていたことがわかりました。

しかし、愛里さんは寝屋川市の福祉部門に要支援対象者として把握されておらず、ケースワーカーの支援を受けていませんでした。

府警は、両親が、行政とのかかわりを避けていた動機についても詳しく聞いています。

父親の柿元泰孝(55)、母親の由加里(53)両容疑者(死体遺棄容疑で逮捕)が、長女の愛里さん、次女の4人で現在の自宅に転居してきたのは1995年。

柿元愛里さんは当時、小学5年生で地元の小学校に通っていました。

しかし、6年生の頃、医療機関で精神疾患との診断を受け、中学生になってからは学校を休んでいます。

その後の数年間の状況は不明ですが、両親の供述によると 愛里さんが16~17歳だった2000~2001年頃から「家で暴れる」との理由で、自宅内に間仕切りを設けて小部屋を作り、監禁状態に置くようになったということです。

次女は家を出て、別の場所で暮らしています。

寝屋川市によると、精神障害者やその家族から相談があり支援が必要と判断すれば、ケースワーカーが面談し、その人の状況に応じて通所施設やホームヘルパーの利用などを勧めたり、家族に支援団体を紹介する場合もあるそうです。

しかし愛里さんについては要支援対象者になっておらず、障害者手帳の申請もありませんでした。

2017/12/27 現場検証

府警は12月27日に現場検証を実施しました。

愛里さんが閉じ込められていた部屋には外光を取り入れられる窓はなく、内側からは開けられない二重扉になっていました。

簡易トイレを除けばL字形の約1畳の生活スペースしかなかったといい、府警は愛里さんに見立てたマネキンを持ち込み、監禁の実態を調べました。
 
 

2017/12/28 次女が両親を説得「警察に行かなあかん」

柿元泰孝・由加里 両容疑者が「次女に相談し、説得されて自首した」と話していることがわかりました。

両容疑者は、家を離れて現在は別の場所に住む次女に 愛里さんが死亡した状況について説明し「警察に行かなあかん」と説得されたことから、12月23日に寝屋川署に自首したということです。
 
 
スポンサーリンク



 
 

2017/12/28 凍死長女に着衣なし…毛布の中で裸で発見されていた!

亡くなった愛里さんが死亡時に裸だったことがわかりました。

愛里さんは間仕切りされた2畳の部屋に約16年間監禁されていたとみられ、警察官が駆けつけた時には、毛布の中で裸の状態で死亡していたということです。

大阪府警は、両親が愛里さんに、少なくとも最近は服を着せずに生活させていたとみて実態を調べています。

2017/12/28 「小6の3学期から学校来なくなった」

柿元愛里さんの小学校時代の同級生が「小学6年生の3学期になって学校に来なくなった」などと、当時の様子について語りました。

両容疑者(両親)によると 愛里さんは小学6年生のころに精神疾患を発症したとされています。

小学生時代の同級生
(親御さんは、愛里さんが暴れたり、精神疾患だったと言っているようですが?) 
そんなことは、全然なかったです。
優しくていい子で、言葉遣いもちゃんとしていた。
暴れるようなことは全然(なかった)
 
6年生の3学期になってから学校に来なくなって、担任の先生は『(愛里さんが)風邪をひいて、一度休んだら、もう学校に来るのが恥ずかしくなったから、来られなくなった』って言ってたんですけど。
 


 

愛里さんは発見された当時19kgしかなく、警察は保護責任者遺棄致死や監禁致死の容疑も視野に入れて捜査しています。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00380556.html

2017/12/31 「療養のため」裸で監禁・室内に暖房なし

 

柿元愛里さん(33)は監禁され、暖房がない部屋で衣服を身に着けずに放置されていました。

父親
娘には精神疾患があり、中で療養させるために、私が作りました。

民家内の一室を板で区切った2畳ほどの「小部屋」について、父親の泰孝容疑者(55)は、そう説明しています。

12月23日、府警の捜査員が立ち入った際、柿元愛里さんは、この中で裸のまま毛布をかぶって横たわっていました。

そばで監視カメラが作動しており、捜査員が調べると、少し離れた台所に設置されたモニター画面に様子が映し出されていました。

柿元泰孝容疑者は、18日に柿元さんが死亡したのも「モニターで見て気付いた」と説明。

府警が、死亡数日前からの録画映像を調べると、愛里さんは同じような状態でほとんど動いていませんでした。

風呂にも入れてもらっておらず、食事は1日1食。

愛里さんが死亡した12月18日は付近の最低気温が氷点下2・7度

死因は、脂肪が極度に少なくなり、体温を保つ機能が低下したことによる凍死です。

捜査幹部
こんな状態になるまで、なぜ病院にも連れて行かなかったのか。
親としての愛情がうかがえない。
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20171231-118-OYT1T50001/newstop 読売新聞

2018/1/2 監禁と保護責任者遺棄致死の疑いで両親を再逮捕へ

死体遺棄容疑で逮捕された両親について、大阪府警捜査1課は1月2日、監禁保護責任者遺棄致死の疑いで再逮捕することがわかりました。

捜査関係者によると、父親の柿元泰孝容疑者(55)と母親の柿元由加里容疑者(53)は 広さ約2畳の隔離部屋に柿元愛里さんを長期間閉じ込め、低栄養などにより凍死させた疑いが持たれています。

府警が死亡数日前からの録画映像を確認したところ、愛里さんは横になった状態でほとんど動いていなかったということです。

両容疑者は「気づいたら死んでいた」と話していますが、食事を1日1食しか与えていなかった点や暖房器具が設置されていなかった点などから、府警は両容疑者が愛里さんの衰弱に十分気づくことができたと判断し、再逮捕に踏み切ったと見られます。

産経新聞/朝日新聞

http://www.sankei.com/west/news/180102/wst1801020029-n1.html 
https://www.asahi.com/articles/ASL124HFYL12PTIL00C.html

2018/1/2 両親再逮捕に容疑を否認!「満足の食事与えたつもり」「『暑い』と言って服を脱ぐ」

大阪府警捜査一課は1月2日、長女の愛里さんを約15年にわたり部屋に閉じ込め、死亡させたとして、監禁と保護責任者遺棄致死の疑いで、父親の柿元泰孝容疑者(55)と母親の由加里容疑者(53)を再逮捕しましたが、両容疑者とも容疑を否認しています。

泰孝容疑者
監禁しようとしたわけではなく、療養としてあの部屋で生活させていた。
由加里容疑者
監禁ではない。

再逮捕容疑は、精神疾患があった愛里さんが突然暴れたり奇声を発したりするようになったため、2002年(平成14年)ごろから自宅の部屋に鍵をかけて監禁。

2017年1月から急激にやせて衰弱していたのに、満足な食事や治療を受けさせずに全裸で放置し、2017年12月に凍死させたとしています。

府警によると、一家は1995年ごろに現在の自宅へ引っ越していますが、当時は隔離部屋のスペースは子供部屋として使用していました。

2002年ごろに泰孝容疑者が改装し、二重扉にするなど内側から開けられないようにしています。

愛里さんは2001年に複数の医療機関で統合失調症と診断されていたということです。

両容疑者
長女には1日2食を食べさせていたが、昨年1月から急激にやせ始め、体調を考慮し1日1食に減らした。
泰孝容疑者
鍵をかけて外に出さないようにしたが、療養のためだった。
痩せたことは知っていたが 私たちなりに考えたうえで満足する量の食事を与えていたつもりだ。

愛里さんが極度にやせ始めた理由は明らかになっていません。

また愛里さんを全裸にしていたのは「『暑い』と言って服を脱ぐから」と説明しています。

両容疑者
長女が「暑い」と言って服を脱ぐため、数年前から季節に関係なく裸にしていた。
食事は以前は1日2食を与えていたが、太らせないため、2017年1月頃から1食にした。

両容疑者は当初、「自力でトイレに行けないのでおむつをさせていた」と供述していたが、実際はおむつも含め、数年前から何も身につけさせていなかったとみられ、詳しい状況を調べている。

2018/1/4 毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20180104/k00/00e/040/230000c

さらに愛里さんの監禁開始時期が17~18歳頃だったことも判明しました(当初は「16~17歳頃」と説明していた)

病気なのに医療機関に相談するなり、入院させるなどの措置をとらずにいたことが そもそも常識ではありえない話。

愛里さんが死亡した12月18日は付近の最低気温が氷点下2.7度…しかし室内には暖房設備がなく、全裸で暖を取るのは布団だけ。

室外に置いたヒーターからダクトを通じて暖を取る設備はありましたが、温風式ではなかったため、府警は十分ではなかったとみているということです。

これで「療養生活させていた」なんて言い訳がまかり通ると思っているのか!?

この期に及んでもこういったセリフを吐くのは、反省や後悔の念はおろか わが子に対する愛情がみじんも感じられないと受け取られても仕方がない。

府警は1月2日、寝屋川署に捜査本部を設置し、長期間にわたる監禁生活の実態解明を急ぐ方針です。

産経ニュース

http://www.sankei.com/west/news/180102/wst1801020053-n1.html
 
 
スポンサーリンク



 
 

2018/1/4 妹「姉が17~18の頃から姿を見ていない」

柿元愛里さんの妹が「姉が17~18歳ぐらいのときから姿をほぼ見ていない」と話していることがわかりました。

大阪府警寝屋川署捜査本部は家族間でも接触を遮断し、両親以外は状況を知ることができないようにしていたとみています。

捜査関係者によると、両親が二重扉の隔離部屋で愛里さんを監禁するようになったのは2002年(平成14年)頃。

当時 愛里さんの妹は同居していましたが、「姉が17~18頃から姿を見ていない」と説明しています。

両容疑者はその時期から愛里さんが暴れたり奇声を発したりするようになったために隔離したとしていますが、あくまでも「療養」が目的であって、監禁の故意は否認しています。

愛里さんは昨2017年1月から急激にやせ始めるなど体調が悪化していたにもかかわらず医療機関には連れて行かれず、実質的に放置されていたとみられます。

また愛里さんは数年前から季節にかかわらず裸で生活しており、最近は風呂にも入らせていなかったとみられ、捜査本部は療養の意図が本当にあったかどうか、確認を急いでいます。

産経新聞

http://www.sankei.com/west/news/180104/wst1801040012-n1.html
 

2018/1/4 娘には残飯を与えていた!?

両容疑者
娘には自分たちの食事の残り物を与えていた。

逮捕された両容疑者がこう供述していることがわかりました。

捜査関係者によると、両親は普段から自分たちが食べ残した食事の中から、軟らかいものを選んで与えていたと説明しています。

以前は1日2食与えていましたが、2017年1月頃から太らせないために1日1食に減らしたところ、愛里さんが急激に痩せたとも供述しています。

泰孝容疑者
食事は考えて、愛里が満足するように与えていたつもりだった。
痩せたのは知っていたが、衰弱しているのは気づかなかった。
2018/1/4 読売新聞

http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20180103-118-OYT1T50135/newstop

両容疑者は愛里さんの食事について、プレハブに隔離した当初は1日3食だったが、その後2食に減らし、昨年1月ごろからは1食にしていたと供述。

「自分たちと同じものを軟らかくして与えていた」と話しているといい、府警は衰弱した経緯を調べる。

2018/1/4 朝日新聞

https://www.asahi.com/articles/ASL143F30L14PTIL00D.html

捜査関係者によると、食事は1日2食与えていたが、昨年1月ごろから1食に減らし、両親の食べ残しから軟らかい食品を選んで与えていたという。

泰孝容疑者は「私たちなりに考えて十分な食事を与えていた。衰弱していたか分からなかった」と供述。

しかし、愛里さんはこの頃から急激に痩せていったとみられ、死亡時は皮下脂肪もほとんどない状態で、体重は19キロだった。

2018/1/4 毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20180104/k00/00e/040/230000c
 
 
 
スポンサーリンク


 
 

2018/1/4 監視カメラ映像が10年前から保存されていた

両親が、プレハブの部屋に隔離した愛里さんの姿を監視カメラで記録し、映像を約10年前から保存していたことがわかりました。

父親の柿元泰孝容疑者(55)と母親の由加里容疑者(53)は2002年ごろ、自宅で子ども部屋として使用していたプレハブ部屋に内側から解錠できない二重扉や簡易トイレを取り付けるなどして改修し、長女・愛里さん(当時17~18歳)をその中に隔離して生活させるようになりました。

中には監視カメラを設置し、台所にあるモニターで映像を確認できるようにしていました。

捜査関係者によると、監視カメラの映像が保存されたDVDなどを発見し、2007年ごろからの映像が残されていました。

両容疑者は「愛里は昨年1月ごろから急激にやせてきた」と供述していますが、実際に2017年に入り以前と比べて大幅にやせ細った姿を確認できたということです。

当初同居していた次女は府警に対し「(隔離後は)姉の姿はほとんど見ていない」

そして両容疑者は監禁容疑について「療養のためだった」「周囲に知られたくなかった」とも供述しており、府警は極度に警戒していたとみています。
 
寝屋川監禁遺棄致死事件

via:https://youtu.be/vdi5KNQ2kEI

 
府警は1月4日、両容疑者を大阪地検へ送検しました。
朝日新聞

https://www.asahi.com/articles/ASL143F30L14PTIL00D.html

2018/1/4 監禁部屋の劣悪衛生…風呂に入れず簡易トイレ処理は月に数回

両容疑者が 室内の簡易トイレの処理を月に数回しか行っていなかったことがわかりました。

さらに愛里さんを風呂にも入れておらず、簡易トイレは愛里さんが寝ていた布団のそばにありました。

両容疑者
(簡易トイレの処理は)1~2週間に1度だった。

府警は衛生状態も劣悪だったとみて、愛里さんの体調悪化との関連を調べています。

読売新聞

http://www.yomiuri.co.jp/national/20180104-OYT1T50035.html?from=ycont_top_txt

2018/1/6 両親を立ち合わせての監禁現場検証

大阪府警は1月6日、両親を立ち会わせて現場の検証を始めました。

両親は約15年にわたり間仕切りした部屋で愛里さんを監禁したとされ、府警は室内の状況や食事の与え方など生活の実態について詳しく聴きながら調べます。

捜査関係者によると、午前10時ごろ、捜査車両に乗った母親の柿元由加里容疑者(53)や捜査員数人が現場に到着し、検証を開始しました。

午後には父親の柿元泰孝容疑者(55)も同様に立ち会わせました。

部屋の外には冷房やヒーターが設置され、それぞれ室内にダクトでつながっていますが、府警は愛里さんの死亡直前の室温を再現して調べる方針です。

毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20180106/ddf/041/040/021000c

2018/1/8 監禁場所は複数あり2002年よりも前に始まっていた可能性!?

愛里さんが閉じ込められていたとみられる小部屋がほかにも複数あることがわかりました。

府警は監視カメラの映像などから、少なくとも2カ所を確認しています。

これまでプレハブの部屋に入れられたとされていた2002年より前から隔離状態が始まり 学齢期から閉じ込められていた可能性もあるとみられています。

府警によると、両容疑者は2002年ごろ、自宅で子ども部屋として使用していたプレハブ部屋に内側から解錠できない二重扉や簡易トイレ、監視カメラを取り付けるなどして改修し、17~18歳だった長女愛里さんを閉じ込め、2017年12月に衰弱死させたとして監禁と保護責任者遺棄致死の疑いで再逮捕されています。

府警は監視カメラの映像が記録された多数のDVDなどを押収して映像を確認したところ、プレハブの部屋とは別に、愛里さんが複数の小部屋に閉じ込められている映像が見つかりました。

府警が自宅内を調べた際、この映像と特徴が一致する室内にカメラが設置された狭い部屋が少なくとも2カ所見つかり、片方には、扉に内側から解錠できない鍵が取り付けられているのも確認できたということです。

愛里さんは中学校には一日も通学していなかったことから、府警は中学生ごろには監禁が始まっていた可能性があるとみてさらに詳しく事情を聴く方針です。

2018/1/16 精神疾患と診断される5年前から自宅で隔離されていた

柿元愛里さんが精神疾患と診断される約5年前から自宅で隔離状態に置かれていたことがわかりました。

両親は、小学校6年の時から登校させていない理由を「疾患があったため」と説明していますが、精神疾患の診断を受けたのは16~17歳の頃と確認されています。

柿元さん一家は愛里さんが小学5年生の夏に寝屋川市に引っ越してきて、市内の小学校に転入していますが、6年生の3学期から突然学校に来なくなり、中学校は全く登校していませんでした。

この理由を両親(保護責任者遺棄致死と監禁容疑で逮捕)は「6年の時に発症したため」と説明していたため、この時期に医師から診断を受けていたとみられていたのですが、府警が周辺の医療機関に照会したところ、小・中学生の頃の受診記録は確認できなかったということです。

一方、自宅から押収されたDVDを調べたところ、小・中学生の時期から愛里さんが小さな部屋で横たわる姿を監視カメラで写した映像が残されていることが判明しています。

この部屋は愛里さんが昨年12月に死亡した小部屋とは別室で、やはり同じように外から施錠できるようになっていました。

そこで府警は、愛里さんが学校に通わなくなってからずっとこの部屋で自由に外出できない状態だった可能性が高いと判断。

16~17歳だった2001年に精神疾患と診断された後、何らかの理由で死亡した小部屋に移されたとみて、一連の経緯や動機の解明を急いでいます。

さらに当時の実際の状態や、隔離生活と発症との関連を調べています。
 
 




 
 

2018/1/22 両親は容疑を否認…事件発覚1ヶ月

愛里さんは小学6年の3学期から登校せず、中学校は一日も通わず卒業したとみられる。

両容疑者
精神疾患を患い、迷惑をかけるから通わせなかった。

この頃から閉じ込められていた可能性もあるが、学校や周囲は異変に対応できなかった。

専門家は当時の対応が不十分だったと指摘している。

小中学校時代に同級生だった女性(34)は愛里さんが何日も同じ服だったことや、修学旅行にカバンを持たず、水筒としおりだけを手にして参加したことなど、不審に思ったことを覚えている。

両腕に複数のあざがあったこともあったが、愛里さんは「飼っているドーベルマンにかまれた」と説明した。

この女性によると、小学6年の3学期以降、愛里さんが登校しなかったことについて、担任は「風邪で休んだら、恥ずかしくて来られなくなった」と説明。

中学2年時、同じクラスの男子生徒が愛里さんの自宅に様子を見に行くことを提案したが、担任は「そっとしといて」と受け入れなかったという。

当時の中学教諭の一人
電話や家庭訪問はしたと思うが内容は覚えていない。
本人や親に会えた記憶はない。
 
今なら不登校の生徒に会えなければ児童相談所に通告するなどしたはずだが、当時はそこまでしなかったのだと思う。
気付いてやれなくて心が痛む。
尾木ママ
家庭の状況を聞き取るという最低限の対応が不十分だったのでは。
親が応じなければ専門機関に相談するのが当時としても当然だ。

寝屋川市教委は当時の対応について「記録が残っておらず検証は難しい」としている。

via:毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20180123/k00/00m/040/013000c

2018/1/23 監禁部屋のインターホンをは何年も使っていない

愛里さんが監禁されていたとされる2畳間にあったインターホンの電池が抜かれていたことがわかりました。

監禁や保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された両親は大阪府警の調べに「何年も使っていない」

捜査関係者によると、インターホンは監視カメラのモニターがあるダイニングや寝室にもあり、相互にやりとりできる仕組みだったが、次第に使われなくなったようだということです。

両容疑者は「愛里さんが暴れる」との理由で 彼女が17~18歳だった2002年ごろから間仕切りした二重扉の2畳間に監禁。

数年前からは裸で生活させ、トイレ掃除は2週間に1回、入浴もほとんどさせていなかったとされています。

一方、監視カメラの映像記録からは、もっと若い頃から複数の部屋に閉じ込めていた可能性も浮上しています。

愛里さんは2017年1月からは食事は1日1回しか与えられず、2017年12月18日ごろ、重度の栄養失調の末に凍死。

泰孝容疑者は「痩せていたが、衰弱しているかは分からなかった」と供述していましたが、最近は両容疑者とも取り調べにほとんど応じなくなっているということです。

via:毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20180123/k00/00m/040/147000c
 
 

2018/1/23 17年前診察の医師「両親は入院希望」

愛里さんは中学を卒業した翌年の17年前、複数の医療機関を受診していましたが、診察に関わった医師の一人がNHKの取材に初めて応じました。

当時の愛里さんには精神疾患の症状が見られたということで、

医師
両親は当時、入院を希望していた。
子どもをなんとかしてほしいという思いで医療機関を訪れた。

しかし愛里さんは入院していませんでした。

医師
医療を中断してしまったことなどで家族の孤立が深まり、不幸な結果につながったと思う。
こんなことになって本当に残念だ。

愛里さんは小学6年生の3学期から学校を休み始めますが、この頃に精神疾患を発症したと見られています。

そして一日も登校せずに中学校を卒業し、2001年、16歳のころに複数の病院で精神疾患の診断を受けたということです。

その翌年に父親はプレハブ小屋を改修して2畳ほどに仕切られた部屋をつくり、愛里さんを閉じ込めていますが、捜査関係者によると 監視カメラの映像にはそれ以前から愛里さんが閉じこめられているような様子が記録され、中学生のころには別の部屋で監禁されていた疑いがあります。

via:NHK

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180123/k10011298431000.html 

2018/1/23 監禁部屋のヒーター12度に固定されていた

愛里さんが監禁されていたとされる部屋の室外に置かれたヒーターは温度が12度に固定され、極端に低い状態だったことがわかりました。

大阪府警は、両親が暖房がほとんどきかないことを認識した上で愛里さんを裸で放置し続けたとみています。

捜査関係者によると、ヒーターは愛里さんが触ることはできず、2畳の部屋とダクトでつながり、熱を部屋に伝える仕組みとなっていました。

府警が自宅の現場検証などで部屋の状態やヒーターを詳しく調べたところ、設定温度は12度に固定されていた上、構造的にも暖房効果は期待できない状態だったということです。

これは両容疑者が設定したとみられ、泰孝容疑者は府警の調べに

泰孝容疑者
12度に温度設定していた。
暑がって服を脱ぐので数年前から裸で生活させていた。

愛里さんは数年間裸のまま、こうした状況の中、重度の栄養失調の末、体重19キロで昨年12月18日ごろに室内で凍死。

府警は、愛里さんがほとんど暖を取ることができずに死亡したとみています。

via:毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20180123/k00/00e/040/277000c

2018/1/23 「15年間ほとんどプレハブ部屋の外に出さなかった」両親を起訴へ

父親・泰孝容疑者
当初は自宅の小部屋に閉じ込めていたが、出てきてしまうためプレハブに入れた。
その後は15年間 ほとんどプレハブ部屋の外に出さなかった。

両親は2002年から愛里さんをプレハブに監禁、満足な食事を与えず衰弱させ2017年12月に死なせたとして、大阪地検は勾留期限の1月24日に両容疑者を起訴する見通しです。

2018/1/24 保護責任者遺棄致死と監禁の罪で両親を起訴!死体遺棄容疑は不起訴

大阪地検は1月24日、保護責任者遺棄致死と監禁の罪で父親の泰孝容疑者(55)と母親の由加里容疑者(53)を起訴しました。

起訴状によると、両被告は2007年3月から自宅内のプレハブ部屋に長女愛里さんを入れ、外側から鍵をかけて監禁。

満足な食事や治療を受けさせず衰弱させたまま放置し、2017年12月に死なせたとしています。

死体遺棄容疑については同日、不起訴としました。

地検は「捜査の結果、諸状況を考慮した」としています。

2018/1/24 14歳で身動きせぬ統合失調症の症状(カタレプシー:強硬症)

愛里さんは小6で学校を休み始めてから病状が悪化し、14歳のころには不自然な状態のまま身動きしない、統合失調症にみられる症状が目立つようになっていたことがわかりました。

しかし14歳当時には病院には連れて行かれず、17歳(2001年)になって複数の病院にかかり、統合失調症の「カタレプシー(強硬症)」と診断を受けたということです。

※カタレプシー…統合失調症の一つの型。一定の姿勢を保ち続け、自分の意思で変えようとしない症状。パーキンソン病、てんかんなどの患者にもみられる。

当時診断した医師の一人は府警に対し「入院を勧めたが、それ以降は病院に来なかった」と説明したという。

両容疑者はその際の診断を元に、月額約8万円の障害年金を愛里さんが死亡するまで受け取っていた。

厚生労働省などによると、統合失調症については、発症した患者のほぼ半数は改善を期待できるようになり、適切な治療によって回復に向かう例も少なくないという。

両容疑者は閉じ込めた理由について「愛里が暴れるから」と供述したが、監視カメラの映像では愛里さんが暴れる様子は確認されていないという。

https://www.asahi.com/articles/ASL1S4WQQL1SPTIL01G.html?iref=comtop_8_01

愛里さんが精神疾患と診断された2001年を最後に、両親は医療機関の精神科に相談には訪れながら、一回も愛里さんを受診させていなかったことが24日、捜査関係者への取材で分かった。

https://mainichi.jp/articles/20180125/k00/00m/040/094000c

2018/1/24 両親は障害年金を1000万円以上受給「行政が異変気づけたのでは?」

今回起訴された両親は統合失調症の娘を隠し、地元自治体にも支援を求めなかった。

一方で障害年金は受給し、これまで1000万円以上を受け取っていた。

居住地の大阪府寝屋川市は「サポートが必要な家庭と把握するのは困難だった」としているが、立命館大の山本耕平教授(福祉臨床論)は「行政側は、どこかのタイミングで異変に気づくことができた」と指摘する。

http://www.sankei.com/west/news/180124/wst1801240083-n1.html

2018/1/25 小6から「体にあざ」「父親怖い」同級生らが証言

愛里さんが学校に登校していた小学6年生のころに「体にあざがあった」と複数の同級生が証言していることが24日、捜査関係者への取材で分かった。

愛里さんが当時、「父親が怖い」と話していたことも判明。

6年の3学期になると突然姿を見せなくなり、それから中学校卒業まで一度も通学していなかった。

大阪府警寝屋川署捜査本部は、小学校高学年ごろから両親が愛里さんに厳しく接し、6年の3学期以降は実質的な隔離状態に置いていたとみている。

愛里さんと小学校で同じクラスだった女性(33)は取材に対し「小学6年の夏ごろ、愛里さんの腕や足にあざがあるのを見つけた。つねられたような痕だった」と証言。

同級生の男性(33)も愛里さんの体に「あざがあった」とし、「父親が怖い」と言っていたのを記憶している。

捜査本部も同様の証言を得ており、両親がこのころから厳しいしつけをしていた可能性があるとみている。

泰孝被告らは隔離した愛里さんの様子を、監視カメラで確認。

長期間にわたる映像の記録をDVDで保存していた。

捜査本部が内容を調べたところ、死亡した2畳の部屋とは別の小部屋で、学齢期とみられる愛里さんが閉じ込められているのが写っていた。

http://www.sankei.com/west/news/180125/wst1801250009-n1.html

2018/1/25 精神疾患患者の父 寝屋川監禁事件に「気持ちはよくわかる」

現代版“座敷牢”とでも呼ぶべき地獄の環境で亡くなった愛里さん。

「人でなし」「極刑に値する」と、世論は両親へのバッシングであふれているが、違う視点で見ている人間もいる。

和歌山県精神保健福祉家族会連合会の障害者施策推進委員長で、精神疾患患者の家族の支援活動を続ける大畠信雄氏が語る。

大畠氏
寝屋川の事件には胸が締めつけられる思いでした。
両親のやったことは決して許されることではありませんが、私自身、精神疾患を患う長男を持つ身として、家に閉じ込めようと思ったことがないか、と言われれば、ある。
 
全国の精神疾患患者の家族は、誰もが一度は同じ思いに駆られているはず。
それほどまでに、患者の言動に家族は苦しんでいるのです。

厚労省が3年ごとにまとめる「患者調査」によると、2014年の精神疾患患者は392万人で、過去最高の数字を記録。

前回調査時は320万人で、わずか3年間で70万人増えている。

そのうち、愛里さんと同じ「統合失調症」と診断された患者は77万人。

妄想、幻覚を筆頭に、自傷他害行動にまで発展するケースの多い同症は、いまだ発症のメカニズムや根本的な原因は解明されていない。

長男が中2の時に統合失調症を発症した大畠氏もまた、われを忘れて激昂し、暴れ回るわが子を前にして、なす術がなかったと言う。

大畠氏
殴られて目がパンダのように腫れたり、あばら骨が2本折れたこともある。
教育方針が悪かったのか、遺伝なのか…と自分を責め続けながら、かといって周囲には相談もできない。
 
他者に救いを求めるよりも“誰にも知られたくない”という思いが勝ってしまうんです。
 
来客があるたびに2階に閉じ込めていた、という家族の悩みもよく聞きますが、この気持ちはとてもわかる。

医療機関に頼ろうにも精神疾患患者は自分が病だという自覚がなく、頑として通院しないケースが多いといい、大畠氏の長男も同様だった。

大畠氏
私の場合、“眠れる薬をもらいに行こう”と言って、なんとか病院に連れ出しましたが、息子はもらってきた薬をその日のうちにすべて焼いてしまった。
  
どうしようもなく、ただただ絶望するしかなかった。
寝屋川の事件も同じ苦悩の延長にあったのではないでしょうか。
 
誰にも相談できず、対応策もわからず、希望を見い出す術もなくなった結果、『閉じ込める』という行為以外残されていなかったのではないか。
そんな気がしてなりません。
via:女性セブン2018年2月8日号

2018/1/25 監視映像の保存期間は15年以上。そこに暴れる様子なし

愛里さんの様子を録画した監視カメラ映像の保存期間が15年以上に及ぶことがわかりました。

両親は閉じ込めた動機について「娘が暴れるため」と説明していましたが、府警が調べた結果、愛里さんが暴れる様子は確認されていないということです。

両容疑者が保管していた大量のDVDやビデオテープには死亡した小部屋内や 統合失調症診断前に隔離されていた別の小部屋とみられる様子も残っていたということです。

いずれの部屋でも愛里さんはあまり動かずに寝たり座ったりした状態だったということで、府警は、両親が隔離したことなどが統合失調症の発症につながった可能性があるとみています。 

via:読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/national/20180125-OYT1T50004.html?from=ycont_top_txt

2018/1/30 精神疾患を巡る根深い日本社会の闇

監禁と保護責任者遺棄致死罪で逮捕された父親の泰孝容疑者(55才)、母親の由加里容疑者(53才)はともに容疑を否認し、「すべては娘のためだった」と供述しているという。

捜査関係者
閉じ込めた理由について、愛里さんが15才頃に発症した精神疾患が原因だと供述しています。
 
暴れ回って家族に危害を加えることもあり、自傷行為も頻発していたそうです。
 
すでに小6の頃から病の兆候があり、複数の病院で『統合失調症』と診断されたと話しています。
 
監禁も“療養目的だった”と。

現代版“座敷牢”とでも呼ぶべき地獄の環境で亡くなった愛里さん。

現代社会で増加の一途をたどる精神疾患患者だが、その歴史をさかのぼると、同病の患者を「隠そう」としてきた日本社会の闇が見えてくる。

江戸時代以前の日本では、精神疾患患者が自宅内の一室や土蔵に監禁されることが珍しくなかった。

当時、こうした部屋は「座敷牢」または「指籠(さしこ)」と呼ばれていた。

1900(明治33)年に「精神病者監護法」が施行され、家族が患者を私宅で監置することが認められた。

いわば座敷牢を国が合法化したのである。

背景にあったのは精神科病院の圧倒的な不足。

当時の精神科病床は全国で約5000床しかなく、政府も各家庭で患者を看ることを推奨するほかなかった。

1950(昭和25)年に「精神衛生法」が成立し、監護法は廃止されたが、法律の変更は即座に座敷牢の消滅を意味するものではない。

その後、昭和に入っても自宅内で監禁される患者は多く、古い屋敷には今も座敷牢の名残が残る所もあるという。

手塚治虫の名作『奇子』を筆頭に、座敷牢をテーマにした作品は、漫画や小説を問わず数多く存在する。

女性セブン2018年2月8日号

  
 
 
スポンサーリンク