名古屋市連続自転車通り魔殺傷事件 (伊田和世事件)

名古屋通り魔 伊田和世

2003年3月30日午後7時50分頃、名古屋市北区東水切町の路上を、看護師の菅谷悦子さん(22歳)と友人が自転車で談笑しながら通りかかったとき、後ろから自転車に乗った中年の女が道を尋ねてきた。

その女は答えようとした菅谷悦子さんと友人に突然切りかかり、友人のかばんを持って逃走した。

菅谷悦子さんは150メートルほどの実家までたどり着いた後、玄関に倒れこみ、救急車で病院に搬送されたが、2日後死亡した。

その傷の深さは15センチにも達していた。
 
 
4月1日午後0時15分頃…菅谷悦子さんが死亡したのとほぼ同時刻に、今度は名古屋市千種区の路上で、近くに住むMさん(23歳)が包丁を持った中年の女に襲われた。

女はMさんの腕などを何度も切りつけ、シャネルのバッグを奪い逃走した。

Mさんは救急搬送され、全治1ヶ月の重傷を負った。

自転車に乗り、厚化粧でネグリジェ風の服を着た中年女が襲い掛かる・・・2つの事件の犯人がいずれも赤い自転車に乗った中年女で特徴が酷似していたため、警察は同一犯の可能性を考えた。

ちなみに、伊田和世はひらひらした服を着て自転車で徘徊して歩くことから、近所から「ひらひらさん」と呼ばれていたという。

4月2日から現場となった北区と千草区を中心に警察はパトロールを強化した。

また千草区の自治会では、約5000世帯にチラシを配布し情報提供を求めるなど、住民の間でも厳戒ムードが強まった。
  
 
8月28日、名古屋市守山区の民家から通報があり、近所に住む伊田和世(38歳・無職)が窃盗を働いていたため、駆けつけた警官が現行犯逮捕した。

伊田和世の自宅を家宅捜索したところ、Mさんのバッグや財布、結婚のついた包丁などが発見されたため、9月17日、伊田和世をMさんに対する強盗殺人未遂容疑で再逮捕した。

さらに10月17日にはEさんに対する強盗殺人容疑で逮捕した。
  
 
2006年2月24日、名古屋地裁は伊田和世に対し「短絡的で身勝手な犯行」として無期懲役を言い渡し、弁護側・検察側共に控訴しなかったため、そのまま伊田和世に無期懲役が確定した。
 
 
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伊田和世は中学卒業後、スナックやクラブのホステスとしてアルバイトを始め、23歳頃からソープ嬢として働くようになったが、毎月17万円の援助をしてくれる男性を見つけたため 25歳くらいでやめたという。

2002年からは実父から毎月30万円の仕送りをもらっており、不自由のない生活をしていたが、アンティーク人形やアンティーク家具などに凝り始めるあまりに生活が困窮していった。

また、偶然立ち寄った書店で死体や解剖についての本を見つけて殺人に興味を持つようになり、次第に人を殺す欲求に囚われるようになっていったという。

裁判では伊田和世被告の犯行当時の精神状態が争われたが、精神鑑定で問題ないという結果が出たため、無期懲役刑を言い渡されている。

伊田和世は幼少期から友達ができず、事件当日も「誰も自分の相手をしてくれない」と感じていたという。

逮捕後、伊田和世は犯行の動機について「イライラした気持ちを晴らしたかった」と供述した。

伊田和世の幼い精神は、和世の中に奇妙なアンバランスさを形成し、さらに周囲から孤立させた。

さらに自己認識や客観化の欠如もそれを加速させる。

そして「イライラした気持ちがスッキリするのでは」という脅迫観念において、次々と若い女性を襲っていった。

若い女性を狙ったことについて和世は、「父の家で『お嬢さん』とチヤホヤされたことが頭にあった」と言われているが、身内からも疎まれた和世を思うと、それはあまりにも悲しい結末である。

和世は逮捕後も、中学時代のボーイフレンドに「結婚して!」「反省はしていない」などの手紙を書き、家に残した猫の処遇を巡って弁護士を解任するなど、奇行とも思える行動を繰り返した。

40歳近くになっても、自分の置かれた状況さえきちんと理解しているのか、そんな疑問さえ浮かぶエピソードである。
 
和世は裁判の精神鑑定で人格障害などと診断されたが、名古屋地裁はこれを認めず、2006年に無期懲役を言い渡した。

弁護側は控訴せず、刑が確定している。

控訴しなかったのも、和世の無知や投げやりさを思わせるものだが、周囲から理解されることのなかった和世は、現在も「反省なき」獄中生活を送っているのだろうか。

via:サイゾーウーマン

  
  
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