宮﨑勤(みやざきつとむ)東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件 (117号事件)

宮﨑勤 連続幼女誘拐殺人事件 117号事件

東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件は1988~1989年に 東京都北西部および埼玉県南西部で発生した、4人の幼女が被害に遭った誘拐殺人事件である。

犯人の宮﨑勤(宮崎勤でも報道されている)は、東京都西多摩郡五日市町(現・あきるの市)の印刷業手伝い、逮捕当時は26歳だった。

宮﨑勤は1989年7月23日に逮捕され、2006年1月17日に最高裁で死刑が確定。

2008年6月17日に死刑が執行された(45歳没)

宮﨑勤
 
だいぶ前にあるテレビ番組のレポーターがコミケ会場を取材したときに「ここに10万人の宮﨑勤がいます!」と発言して大バッシングを受けたというもあり、「宮﨑勤」から連想するのは単なるオタクというイメージが強いかもしれない。

それゆえに 宮﨑勤事件のことは知らなくても、「宮﨑勤」の名前は知っているという人も多いのではないだろうか。
 


 
 

宮﨑勤事件(東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件) 年譜

19628/21宮﨑勤、誕生
196610月「先天性橈尺骨癒合症」と診断される
19863年間勤めた印刷会社を退職し、9月から家業を手伝う
19885/16入院していた祖父が死去
8/22入間市の今野真理ちゃん(4歳)が行方不明になる
10/3飯能市の吉澤正美ちゃん(7歳)が行方不明になる
12/9川越市の難波絵梨香ちゃん(4歳)が行方不明になる
12/15名栗村の山林内で絵梨香ちゃんの全裸死体が発見される
12/18宮﨑勤が父親に暴行し、大怪我で入院、翌年2月に手術
12/20絵梨香ちゃん宅に「絵梨香 かぜ せき のど 楽 死」と書かれたはがきが届く
19892/6今野真理ちゃん宅前に置かれた段ボール箱から歯や骨、拡大コピー紙片が見つかる
(拡大コピー紙片:真理、骨、焼、証明、鑑定)
2/7狭山署が「骨は真理ちゃんとは別人のもの」と誤発表する
2/10骨は今野真理ちゃんのものだとする今田勇子の犯行声明文が朝日新聞東京本社に届く
2/11同じ犯行声明文が真理ちゃん宅にも届く
3/11今田勇子の告白文が届く
6/6東京・江東区で野本綾子ちゃんが行方不明になる
6/11宮沢湖霊園のトイレ脇で野本綾子ちゃんのバラバラ死体の胴体発見
7/23八王子市内で幼女に対するわいせつ行為で、宮﨑勤が現行犯逮捕される
8/7宮﨑勤がわいせつ容疑で起訴される
8/9野本綾子ちゃんの誘拐殺人を上申書で自供
8/10宮﨑勤の自供に基づき奥多摩町山林から野本綾子ちゃんの頭蓋骨が発見される
8/11警視庁が宮﨑勤を再逮捕し、身柄を深川署へ護送
警視庁と埼玉県警の合同捜査本部設置
8/13宮﨑勤が今野真理ちゃん、難波絵梨香ちゃん誘拐殺人を自供
8/24宮﨑勤が簡易精神鑑定を受ける
9/1東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件を警察庁広域重要指定117号事件に指定
9/5宮﨑勤が吉澤正美ちゃん誘拐殺人を自供
9/6宮﨑勤の自供に基づき五日市町の日向峰で吉澤正美ちゃんの遺骨と衣類を発見
9/8埼玉県警が宮﨑勤を今野真理ちゃん事件で逮捕し、身柄を狭山署へ護送
9/13宮﨑勤の自供に基づき今野真理ちゃんの遺骨を五日市町で発見
10/19宮﨑勤の身柄を東京拘置所へ護送
19903/30第1回公判
「幼女の両手は自分で食べた」と陳述
1991.1~1992.3第一次精神鑑定
1993.1~1994.11第二次精神鑑定
199411/21宮﨑勤の父親が多摩川で投身自殺(65歳没)
199610/7第36回公判で死刑求刑
19974/14第38回公判で一審(東京地裁)で死刑判決を言い渡される
即日控訴
20016/28東京高等裁判所で一審支持・控訴棄却の判決
7/10上告
2004奈良小1女児殺害事件の小林薫容疑者の「第二の宮﨑勤」の発言に対し「精神鑑定も受けずに、“第二の宮﨑勤”は名乗らせません」と批判
20061/17最高裁判所が弁護側の上告を棄却
5/1弁護側は判決訂正を求めたが、再度棄却
20086/17東京拘置所で宮﨑勤の死刑執行。45歳没
  

今野真理(こんのまり)ちゃん事件

1988年8月22日、埼玉県入間市の今野真理ちゃん(当時4歳)が午後3時ころプールから戻り「友達の家に遊びに行く」と言い残して、自宅を出たまま行方不明になった。

名前を告げた友達の家には言っておらず、団地内でも見当たらないため、母親が午後6時23分に110番通報した。

自宅に身代金を要求する電話もなく、公開捜査にしても有力な情報は得られなかった。

今野真理ちゃんは母親が通報していたころに、東京都西多摩郡五日市町日向峰の山林内で殺害されていた。
 
 

吉澤正美ちゃん事件

1988年10月3日、埼玉県飯能市の小学校のそばで遊んでいた吉澤正美ちゃん(7歳・小学1年生)が行方不明になった。

吉澤正美ちゃんは午後2時前に帰宅してランドセルを玄関に置き、すぐに遊びに出たらしい。

仕事から帰宅した両親が午後6時40分頃から正美ちゃんを探し始め、見つからないため 午後10時40分に110番通報した。

近くを流れる名栗川に落ちた可能性もあり、消防団も捜索したが発見されず、公開捜査に踏み切ったが 有力な情報は得られなかった。

吉澤正美ちゃんは今野真理ちゃん事件の現場から数十メートル離れた山林内で、10月3日の午後5時ころ殺害されていた。
 
 

難波絵梨香ちゃん事件

1988年12月9日、埼玉県川越市の難波絵梨香ちゃん(4歳)が、自宅付近から失踪した。

絵梨香ちゃんは幼稚園の友達の家に遊びに行って、午後4時半ころに帰ったというが、自宅には戻らなかった。

母親が110番通報したのが午後5時49分。

川越署が急行して事情を聞き、これまでの2件の行方不明事件と関連付け、翌12月10日に「幼児連続行方不明総合対策本部」を設置した。

12月15日に埼玉県名栗村の横瀬川河川敷で女児の衣類や靴などが見つかり、警官が付近を捜索したところ、県立名栗少年自然の家の南東役50メートルの雑木林で、難波絵梨香ちゃんの遺体が発見された。

絵梨香ちゃんは手足をナイロン紐で縛られ、仰向けで放置されていた。

宮﨑勤事件 連続幼女誘拐殺人事件

【宮﨑勤事件】via:遺棄現場(大島てる)

数日後、絵梨香ちゃんの父親に宛てた匿名のはがきが自宅に届いた。

このはがきは入間市内で投函されていた。

複写機で拡大コピーした活字の文字が貼り付けられていた。

絵梨香→かぜ→せき→のど→楽→死 ・・・と読めた。

行方不明当時、絵梨香ちゃんは風邪をひいていたが、犯人が送りつけたものなのか、悪質ないたずらだったのかは判定できなかった。

これとほぼ同時に、今野真理ちゃんの母親宛に匿名のはがきが届いている。

このハガキは川越市内で投函されいてた。

これも活字の文字を拡大コピーして貼り付けていた。

魔がいるわ ・・・とある。

どうやら「入間川(いるまがわ)」をもじったようなのだが、悪質ないたずらとみなされた。

当時、入間市の今野家、飯能市の吉澤家、川越市の難波家はいずれも無言電話に悩まされていた。
 
 
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今田勇子の犯行声明【今野真理ちゃん事件】

1989年2月6日、今野さん宅の玄関前に不審なダンボールが置かれた。

段ボール箱は無地で、長さ36センチ、幅28センチ、深さ16センチの、みかん箱タイプである。

「ダブル」と呼ばれる厚手の材質を使った段ボール箱で、波型の芯紙が二重になっており、レンズなどの精密機械を入れることが多いタイプである。

その中身は 黒っぽい灰や泥、焼かれて炭化した木片や、細かく砕かれ焼かれた人骨片や小さな歯。

その上には拡大コピーした活字が貼り付けられたB5判の紙とインスタント写真があった。

午前6時ころに出勤するためにドアを開けた真理ちゃんの父親が気づき、110番通報した。

箱の中にあったB5判の紙には 真理、遺骨、焼、証明、鑑定  ・・・の文字。

インスタント写真にはサンダル、パンツ、ピンク色のショートパンツが写っており、ショートパンツにつけられたラケットのマークなどから、真理ちゃんが行方不明になっていたときに着用していたものと同一であることがわかった。

この日の午前4時半、新聞配達員が今野さん宅の玄関先に置かれた段ボール箱を目撃していた。

真理ちゃんの父親が前日の午前7時に帰宅したときにはなかったため、このダンボールはこの間に何者かが置いていったことになる。

県警は、ダンボール箱に入っていた乳歯3本と永久歯7本の計10本の歯を 東京歯科大学・法歯学教室(鈴木和男主任教授)へ鑑定を依頼した。

2月7日午後、狭山署で記者会見が開かれ、「歯は今野真理ちゃんのものではなく、別な幼児のものである」と発表した。

3~6歳の幼児のもので、同一人物の歯とみられるが、真理ちゃんの治療痕とは一致しなかったということだった。

ところが2月9日付け朝日新聞朝刊に、鈴木和男教授のコメントが報じられた。

「鑑定にあたった鈴木和男教授(法歯学)は8日夜、“詳しく調べたところ、真理ちゃんと別人の歯とする根拠がなくなった”と語った。ただ鈴木教授は、歯が真理ちゃんのものかどうかはさらに詳しく調べる必要があるとしている」

鈴木教授は、2月7日の段階で歯が真理ちゃんと別人のものと断定していたのではなく、県警には断定との発表はしないよう言っておいたという。

それを狭山署が「歯は別人」と発表してしまったようだ。
 
 
これに反発するかのように2月10日、今野さん宅と朝日新聞東京本社・社会部宛てに「今田勇子」名で犯行声明文と真理ちゃんのインスタント写真を郵送された。

※今田勇子をマスコミは「いまだゆうこ」と読んでいた。宮﨑勤は1993年3月の第19回公判で「いまだいさこ」と読んだ(はぐらかし、しらばっくれて読んだといわれているが)

差出人は「所沢市 今田勇子」で 犯行声明はB4判コピー用紙3枚である。
 
2月11日には今野真理ちゃん宅へ 宛名「今野●恵様」の封書も郵送された。

やはり差出人は「所沢市 今田勇子」で、朝日新聞社に送ったものと同じ文面のコピーであり、一枚目に真理ちゃんの顔写真が貼ってあった。
 

犯行声明    ※誤字も変なカタカナ変換もそのまま記載
 
宮﨑勤 今田勇子
 

今野まりちゃん宅へ、遺骨入り段ボールを置いたのは、この私です。

この、真理ちゃん一件に関しては、最初から最後まで私一人でしたことです。

私が、ここに、こうして真実を述べるのには、理由があるからです。

まず、あの段ボールに入った骨は、明らかに真理ちゃんの骨です。

その証かしを立てます。

まず、どうやって連れ去ったかを述べましょう。

去る8月22日、私は、私には、どうしても手をのばしても届くことのない子供を、今日一日は自分のものにしたい思いにかられ、入間ビレッジの8号棟裏に車を止め、あのプールでは、親に送り向かえをされない、一人で行き帰りをする子供達の方が多いことを、日頃から知っている私は、そのプールの出口付近に一人で立っていました。

すると、真理ちゃんと、兄弟の男の子と二人が出て来て、ポストの所で別々になり、真理ちゃんは、一人で家に帰る様子でした。

水着で歩いて行くので、家が近い筈だとにらみ、つけ回す距離も短くてすむと思ったのです。

・・・思った通り、真理ちゃんは家へ入りました。

母親も中に居たよウです。

さて、私は、母親の顔を見てから立ち去ろうと思い、7号棟入口付近に立っていましたが何と真理ちゃんが、すぐに出て来たのです。

・・・そして、真理ちゃんが歩道橋を渡ると私は確信したので、私は、通りを走って、歩道橋の向こう側から走ってのぼり、上で真理ちゃんを待ち伏せ、言葉をかけて、真理ちゃんをつかまえます。

うまくいったといウより、女同志でしたので、真理ちゃんは怪しまなかったと説明した方が適切でしょう。

話しが、思ったより、思い通りにまとまり、「私が、車のクーラーを先に行って、かけているから、少したったら来てね。」と言って、先に車へ行き、乗って待った所、すぐに真理ちゃんは一人で来ました。・・・・・

そして、車を出しました。

さすがに、「私をどこに連れてくの。」と、いつ聞かれるかひやひやしていましたが、急に、「私、泳ぎたいの。」と、真理ちゃんが言い出したのです。

願ってもない展開でした。

即座に、「おばさんもちょうど、川へ行きたかったところなの。」と、口を合わせました。・・・・・

とある川に着き、車を降り、二人で歩いて川まで行きます。

やはり数人の人とすれちがいました。

が、私達が、親子に見えたのでしょう。

一人も怪しむ人は居ませんでした。

ここに証しの一つを立てましょう。

新聞やテレビで、よく真理ちゃんの写真が掲示されましたが、プールからあガった真理ちゃんのぬれた髪は、その、どの写真の髪型のものでもありません。

これは私しか知らない事実であります。

つまり、たとえ私達を目撃した人が、真理ちゃんを見たにしても、“TVでお捜しの真理ちゃん”を見ていないのです。

そこで、真理ちゃんを泳かせ、真理ちゃんを見守るのではなく、私達二人を誰かが見ていないかどウかを見守ります。

居る様子はなく、来る様子さえありませんでした。

すると、誰も来そウにないという気が集中して、異様な程に、胸が高まってくると、なぜかモヤモヤしてきました。

そして、子供を産むことが出来ないくせに、こうして目の前に自由な子ガイルといウ、自分にとっての不自然さが突如としてぶり返し、「このまま真理ちゃんを家に帰しては・・・」といウ思いのよぎりと、「今なら誰も見ていない」といウ思いのよぎりガ交差し合い、モヤモヤした、とめどもない高なりガ一気に爆発し、目の前の水を武器に、私は、真理ちゃんの髪の毛をつかみ、顔を川へ沈め、決して自分ガ、いいといウまで、頭を水面から上げさせませんでした。・・・・・

さあ、今度は隠さなくてはなりません。

私は、近くの、背たけ以上もある夏草の茂みの中へ、だっこをして持って行き、そこへ置いて逃げました。

真理ちゃん宅に段ボールを置いた後の報道以来、犯人は今まで遺体を隠し持っていたと思われていますが、とんでもありません。

いちいち持ち運ぶ余裕など、犯人にあるわけがありません。

私は、つい最近まで、私しカ知らない場所で、真理ちゃんを持ち続け(置き続け)ていたのです。

では、どうして真理ちゃんの遺骨を運ぶようなことをしたのかを説明します。

真理ちゃんを手にかけた翌日、ニュースで「真理ちゃんが不明となり、まだ見つかっていません。」と聞きました。

「ああ、まだ、あのままなのか」と思ウと同時に、「行ってみようかよそうか」の迷いが消えたので助かりました。

ところが別の番組で「真理ちゃんの母親が寝込む寸前」だと聞かされた時は、今まで「真理ちゃんに悪いことをした。」とだけ思っていたのが、初めて「真理ちゃんを可哀そうに」と思いました。

私は、今の今まで、一人で苦しんできました。

やガて、正美ちゃん、絵梨香ちゃんの事件が起こりました。

おそらく、私の事件に、触発された誰かが、面白半分にも起こしたのでしょう。

テレビで父親が、「(死んでいても)早く見つかって良かった。」と、話しているのを見て、初めて私にも何か決心じみたものが芽ばえました。

「夜ならば、真理ちゃんの遺体を、そのうちにみつかりそうな場所まで運べるかもしれない。」と思いました。

そして、やはり、また、やろうかよそうかと迷い続けてきましたが、先日、やっと決心が着き、実行することにし、現場へ行きました。

ところが、どウでしょう。

てっきり、冷たくかたくなった人間がそこに居ると思っていたのに、何とそこには、真理ちゃんが骨だけになっているではありませんか。

私は、思わず「ギャーッ」と悲鳴をあげそうになる程、近づくのもいやになり、もう私は何があってもたずさわるものかと一目散に逃げました。

ところが逃げながらも、故か一つ何かが頭に浮かんだのです。

「骨なら箱に入る。骨だから箱に入れて、人に見られても運んで行ける。」と、急に、利点が頭に浮かんだのです。

そして、逃げるための走りが、実行に移す(箱をとりにゆく)急ぎ足へと変わったのです。

今の今まで、どうにかして、両親に知らせたくてしかたがなかったのですが、今回こうして、真理ちゃんが骨になっていさえしなければ、家まで帰そうなんて気にはならなかったです。

さて、真実の証明に入ります。

まず、狭山警察署の発表は、誤りか、あるいは、理由あっての口実です。

私が届けた骨は、絶対に真理ちゃんの骨です。

狭山警察署長は、報道陣に対し、口実を使っているし、分かっていること全部の内、隠しているとコろを先に述べます。

まず、私の送った写真には、Tシャツは写ってません。

このことは、警察に写真を見せてもれえば証明されます。・・・・・

失踪当時はいていたサンダルを母親が見たら、「これは確かに真理のサンダルの絵柄だ。犯人以外の人ならば、絵まで同じサンダルを揃えられる筈がない。真理ガ、しわくちゃのパンティーをはいていることなど知る筈がない。」と確認をとってしまうから、警察は、母親のその写真を見せないのです。

父親が真理ちゃんが、しわくちゃパンティーをはいてるいことを知らないことをいいことに、警察は、父親にさえ今後は、写真は見せない筈です。・・・・・

ですので、まずは、写真を公表してもらうことですね。

私の述べていることは、その時、即座に証明されます。

もウ一つ、歯医者という人は、歯だけを鑑定する人。

これらの骨が「真理ちゃんの骨であるかどうかを鑑定する」人でないひとのこと。

その証拠に、警察は、「送られてきた骨の内、歯だけを鑑定した結果、「真理ちゃんの歯であることは断定できない。」と発表しただけで、「真理ちゃんではない」と鑑定したわけではなかったですよ。・・・・・

また、歯医者も、今回送られてきただけの歯だけを調べたが、「その中には、自分の治療した歯はない。」と言っているだけです。

報道陣たちは今でも口実でだまされていますよ。

犯人の私だから、真実を知る私だから、見破ることが出来るのです。

これでは、私が、わざわざ、ワープロで、「鑑定」と打ったかいが無くなってしまいます。

これは明らかに、真理ちゃんの骨です。

遺骨を焼いていたら自然に骨は崩れてゆき――人間は骨になると、まず、その骨は、予想以上に小さくて、少なくなるんですね。

さらに骨を焼くと、崩れると、もっと小さく、少なくなるんですね。

このことは、葬祭業者に聞けばすぐに分かるはずです。

箱には、拾った骨を全て入れたつもりです。

今、この一件が、「恨み」だとか、「いたずら」「いやガらせ」「挑戦」だとか言われていますが、全く違います。

私は、ただただ真理ちゃんを帰しに行ったのです。

ですから早く、真理ちゃんの御葬式をあげてやって下さい。

あれが真理ちゃんなのです。本当なのです。

また、署長は、上総部には写真を見せてはいても、下の者には、決してその写真を見せていない筈です。

なぜなら、見せてしまえば、その捜査員の口から、写真の有り様が、一般人の口へ回ってしまうからです。

ですから、署長は、捜査員には、絶対に写真を見せずに、言葉でしか、その写真を説明していない筈なのです。・・・・・

私が、この手紙を書いたのは、署長が、口実や、隠し事をしていることに腹が立つからではなく、もウ、せつなく、真理ちゃんの御葬式を早くしてあげて欲しいからなのです。

真理ちゃんを手にかけた本人が言っているので、間違いはありません。

このように物証を送れるこの私が言っているので間違いはありません。

あの遺骨は、真理ちゃんです。

誠に身勝手ながら、私は、やはり捕まりたくはございませんが、このようなことは、もウ決していたしません。

先日、テレビを見て、母親が警察から誤報を聞き「これでまた待つ希望が持てました。」と話しているのを見た時に、これは、きちんとすませてあげなければいけない。

このままでは、本当に永久に、真理ちゃんに気付かずに、家族は一生を終わってしまうと思い、これだけはと、急いで声明文を送った姿第です。

あの骨は、本当に真理ちゃんなのですよ。

 
宮﨑勤 みやざきつとむ

via:http://girlschannel.net/

 
 
さらに3月にも、今野さん宅と朝日新聞東京本社に「今田勇子」名の告白文を送りつけている。

2通の「犯行声明」は、いずれも東京都青梅市内のポストに投函され、青梅郵便局の消印は2月8日正午~午後6時だった。

このため捜査本部は、埼玉県内に絞っていた捜査範囲を東京の西多摩地区に拡大して、青梅市内にも捜査員を派遣して聞き込みを開始した。

子供のいない女性「今田勇子」を名乗り、犯行を物語風に描写し解説した犯行声明文や告白文に世間は震撼した。

そして捜査本部内にも様々な波紋を起こした。

今田勇子は本当に女性なのか。男性の偽装工作なのか。

筆跡や文体などから専門家による分析もなされていたが、意見は大きく分かれ、釈然としなかった。

2月19日付の朝日新聞朝刊では、「声明文に女性から反撃。子供のない女性への偏見広げた」という見だしで、18日までに50通以上の当初があったそうだ。

3月1日、捜査本部は「段ボール箱に入っていた骨片は今野真理ちゃんの遺骨」と、正式に断定したことを発表した。

骨の部分はほぼ一体分が揃っており、4~5歳の女児と推定され、真理ちゃんの2本の歯の治療痕がレントゲンと一致したいう。

3月11日に今野真理ちゃんの葬儀が行われた。

今野真理ちゃんの父親
遺骨の中に、真理の手と足がなかったような気がするんです。
 
そうしますと、天国に行っても、真理は歩けない、ものを食べることも出来ないんです。
 
ぜひ全部返していただきたいんです。

※9月13日に五日市町の山林で、今野真理ちゃんの手足の骨が発見されている。
 
 
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今田勇子の告白文【今野真理ちゃん事件】

1989年3月11日、朝日新聞東京本社・社会部宛に、差出人「今田勇子」の封書が届いた。

コピー用紙3枚の冒頭には「告白文」

1ヶ月前に送りつけられた「犯行声明」と筆跡が酷似していた。

葬儀が終わった直後に今野真理ちゃんの両親は、朝日新聞社に「告白文」が届いたことを知らされ、帰宅してみると同じ内容のものが自宅にも郵送されていたという。

封書の消印から、2通とも東京都西多摩郡瑞穂町の武蔵瑞穂郵便局管内で、3月9日午後6時から3月10日午前7時までに投函されたと見られている。

宮﨑勤 みやざきつとむ

via:https://blogs.yahoo.co.jp/beedoloo

 

告白文  ※誤字もそのまま掲載

御葬式をあげて下さるとのことで、本当に有難うございました。

御陰様で、私の子、共々、やっと「お墓」に葬ってやれることができました。

子宮等の事情で、子宝に恵まれない方々に対して偏見をもたらせてしまいましたことを深くお詫び致します。

当然、こうした方々本人が、ひとにひやかされた場合等、その人を憎むことはあっても、そのはけ口を、自分の欲しがっていた子供に向ける筈がありませぬ。

あなた方は、「子供がいない理由」だけでは手にかけられないことは悟っていらしたことでしょう。

お詫びする相手に対しては、お詫びと共に、やはり、私のことを告白しなければ、示しがつきませんでしょう。

私も、あなた方と同じですが、今、言ったように、子供が産めない理由で、子供を殺すようなことをする筈がありません。

では、どうして真理ちゃんをあやめたかについて告白いたします。

私は、私の不注意からなる不慮の事故で、5才になる、たった一人の子供を亡くしてしまいました。

高齢と切開の事情で、今までの目の前にいたその子供をみると、むしょうに、手が届かなくなる圧迫感にかられました。

無念の一語で、子供をふとんに寝かせたままその日が過ぎ、頭の中もぼやけてきました。

何を思ってか、砂糖湯だとか、湯たんぽを買いに行くのは、なぜか、看病のことしか頭になく。

それでも、いつの間にか、防腐剤まで買ってきていました。

どうしても可哀そうという思いしかなく、誰に知らせることもなく二日がたっていました。

もう人に言えない。

子供をいつも寝ているようにして寝かしたので、いつのまにか硬くなった子供の両手を合わせてやることさえ出来なくなっていました。

この時程いけないと思ったことはありませんでした。

せめて着がえだけでもしてやろうと、大きめのパジャマを用意し、上着をハサミで切って、とりのぞき・・・・。

すると、体に赤い斑点ができていました。

虫が喰って入いいっていった形跡などないのに、まるで日の丸のように、判子でも押したかのように、赤い斑点が出来ていました。

そこは、できものではなく、平らだし、少しへっこんでいるのです。

皮が、はがれて、流れることのない血が見えたと言ったほうが分かりやすいでしょう。

「変わってしまうんだなあ。」と思いました。

やがて子供の顔が、老人のようになってゆきました。

このことは、私と境遇が同じ、あの難波伸一様なら御存知と思います。

ひきつったしわが体全体にでき、あのこちこちに硬かった体が、今度は水のように、ぶよぶよに柔らかくなってゆきました。

とても、この世の臭いとは思えない程の悪臭。

口もきけなくなった子が、はじめて私に訴えたのです。「どうして。」と。

「ごめんなさい。お母さん、お前がずっと寝ていると思ったの。」

自分の子が死んだのに、どうして私は、自分の子を埋めてあげなかったのでしょう。

いつまでもひとの姿でいないことは知っていたのに、いったい何をしていたのでしょう。

私は、床下に穴を堀って子供を埋めました。

臭いも消し、私もそれから平然さを装いました。

でも、周囲の人が、そのうち不審に思ってくるでしょう。

「あずけている」等と、いつまでも通じるわけがありません。

数ヵ月後に、二人で住んでいた所をそっと出てここまで、移って来ました。【子供を一緒にです。】

告白といえば、前回送った文に、疑問を投げかける人がいましたね。

こうした疑問に答えることも、告白の重要な要素の一つでしょう。

皆さんの矛盾を解いてさしあげます。

まず、「真理ちゃんは、知っている人でも、すぐについてゆく子ではないだろう。」と、皆さんは言ってますね。

当然です。すぐについて来ません。話が必要です。

赤の他人同志の話では来るわけがありません。

実は、私も真理ちゃんを知っていて、真理ちゃんも私を知っています。

真理ちゃんは、私を深くは知りません。

深くは知らないということは「顔」を知っています。

歩いていてよく見かけるとかです。

よく見かけるということは、長い間、真理ちゃんは、私に何もされていません。

もしも私の事をちらっと思うにしろ、「何かされる」思いは、真理ちゃんにはありません。

私はまえから、真理ちゃんを見てました。

お菓子屋さんで、真理ちゃんがビックリチョコとかいうのを買う姿をよく見てました。

私も、真理ちゃんが店に入いると、必ずあとから入っていって真理ちゃんに顔をみられておきます。

やはり、あの団地で事を起こすには、団地に顔を出していなければなりません。

自分に、よそ者の雰囲気があっては、まず真っ先に怪しまれます。

団地で、「ひとがさらわれていったぞ。」と思わせるには、私が最初から安全圏に居るようにしなくてはならなかったので、私は、既に、この団地に顔見知りなのです。

もし私が捕まった時、皆さんは、私を見て驚かれるでしょう。

今野さん、残念ながら私は、あなた方の身近に居ます。近くが遠いのです。

真理ちゃんは、皆さんが思うように、連れていかれそうになれば泣く子でしょう。

しかし、真理ちゃん自身が認める相手には連れてゆかれません。

ついてきました。私に。

皆さんも色々言われますが、真理ちゃんが認める認め方は真理ちゃんが決めます。

私が真理ちゃんと話したことは、警察側にカットされました。

二度書いても無駄でしょう。

真理ちゃんは、日曜日くらいしか、めったに車に乗りません。

私は、一方的に真理ちゃんに話しませんでした。

「お友達の家に、今日は車で行こうよね。」と、相手に当然合わせなくては、連れてゆける前に、一緒になることなどできません。

歩道橋については、本当に真理ちゃんは一人で登ったのです。

そして、真理ちゃんの他に誰も渡ってなく、渡ろうとしている人も一人も居なかったので、確認後、私も反対側から登ったのです。

次に、声明文と一緒に同封した真理ちゃんの顔写真。

髪が濡れていないのは当然です。

クーラーの車で、髪が濡れていては、すぐにかぜをひきます。

Tシャツしか着ていない真理ちゃんの体は、涼しい車内で、汗等でべとべと。

頭だけでも乾かさないと。と、ドライヤーで乾かしてやりました。

送った写真は、真理ちゃんが眠っている時の写真です。

川へ行く前に、どこの家にも寄っていないとは一言も言っていません。

真理ちゃんが、「私、泳ぎたいの。」と言い出したのは本当です。

今、思えば、「私、水着がないから家に戻って」と、私に言ったのかもしれません。
 
4才にしろ、起きていて寝言は言いません。確かに、私に向かって言いました。

突然に言ったので、私もつられたけれど、チャンスと思って、口を合わせたのです。

「なぜ、言ったか」など、その時は考えませんでした。

「泳ぎたいと言い出す」のとは、必ずしも一致しないと思います。

第一、真理ちゃんは一人ではなかったのですよ。

真理ちゃんには私が有ったのです。

真理ちゃんと同時に私が有るのに、どうして皆さんは、「いつもの真理ちゃん一人の行動」についてしか考えないのでしょうか。

いいですか。「矛盾」と「有り得なく思う」こととは、あくまで異質のものです。

「考える」ということは、「自分で思ったことをひらめきにしてしまう」ということとは全く違うことです。

これは、警察官が、いつも心えていることでもあります。

声明文中に、「正美ちゃん、絵梨香ちゃんについては、触発された誰かが面白半分にも・・・」と書きましたが、どうも私が説明し足りなかったせいか、意がゆき届かなかったようです。

つまり、こういうことです。

世の中には、私のような罪人、この罪人でない人の方が多いわけです。

つまり、まだ「最初」を知らない人です。

その人達は、当然私じゃない。今でもどこかで、「自分は、あんな人じゃないんだ」と、ゆとりを持っている筈です。

どう考えても、「まだしてない」以上、面白がりで「してみようとする」ことができるのでしょう。

私はそう言ったのです。

誤解はしかたなかったにしても、これだけは一緒にしないで下さい。

たとえ、二度、三度行うにしても、まさか同じ場所でする筈がありません。

度胸がどうのこうのの話ではありません。

捕まる可能性を自分で高める人がいるわけがありません。

私の子供に、遊び相手を送るにも一人送れば沢山です。二度とする気などありません。

隠し場所にだって、こそこそと隠し事にだって困ります。

せっかく何事もないように装えた暮らしを、発見の危険性で、その平穏を自ら壊すようなことをするわけがありません。

私は、引っ越して来た家の床下に埋めた子供の隣りに、真理ちゃんの骨を埋め、これで、やっと、ほっとしました。

これで全てが終ったのです。

それが、しかしです。

やがて、群馬の方で、不明だった子の家のそばで、子供の骨が発見されました。

やはり骨だけだったので、鑑定をしても、それが誰のものなのかはわからなかった。

しかし、「県内で、他に不明の子がいない」という理由で、「その骨を明子ちゃんのものとしてもよい。」という発表があった。

私のように、後になって骨を運んで行った人が居たのかもしれない。

去年、捜索しても何も無かった河川敷に明子ちゃんの骨があった。

そして、発表の後、明子ちゃんの両親は、御葬式をだした。

やはり、明子ちゃんだと限らなくても、両親というものは、そういうものなのです。

自分の子に対する本心の涙で、はっきりしない葬式をあげていました。

私は、この事で、ある決心をし、計画をたてたのです。

我が子の骨を、今野家の葬式として、正式に「お墓」に入れてもらおうと思ったのです。

この埼玉で、不明が初めて起こったのは、真理ちゃんだ。

もし、真理ちゃん宅のそばで、骨が見つかれば、群馬同様、「県内で、他に不明者がいないこと」から、「この骨が真理ちゃんのものである」と発表すると確信した。

当然、全く関係ない正美ちゃんのことが関与してこられても困るので、私は持てる限りの物証を添えて骨を送った。

後に、これは必然して、「正美ちゃんのものではない。」という発表があった。

骨は4、5才児のものしか入っていないからです。

私は、送る前に骨を焼きました。

私にとって「真理ちゃんの骨ではない。」という発表は絶対に困るからです。

段ボール箱に私の子の骨を入れ、真理ちゃんの歯数本と、体の骨を少し入れて混ぜました。

もしも届いた後、「真理ちゃんのものではない。」と発表されてしまうと、この私の子供の骨が、決して「墓」に入ることなく、また、永久に、私の手にも帰って来なくなる。

私にとって全てが賭けだったのです。

狭山署の、最初の発表【誤報】。

あの時程、私はひゃっとしたことはありませんでした。

「これは、私から言い出さねば。」と、それこそ意を踏みました。

あの時は、「声明」を出さなければならない状況でした。

最初から「声明だ」とし、最後まで一貫しました。

文も、男性と女性を混ぜました。

もしも、最初から、私を女性だ、と雰囲気でさえ気付かれてしまうと、子供で不幸があった人ではないかと、わずかにでも悟る人が出るんじゃないのかと、そう思ったからです。

「墓」に入るまでは、絶対知られたくなかったのです。

声明文の中にも、「今野宅」という文字を一度も使わずに、「真理ちゃん宅」と強く書いた。

単語表示、声明文共に、「真理ちゃんの鑑定をしろ。」と書き、「私の子に気づくな。」と、白紙で書いた。

そのため、警察の人は、鑑定を100%したでしょうが、やはり知り得る範囲でしか行うことはできませんでした。

今から墓石をどかして骨を出すわけにはゆかないのです。

私の子の骨が混じっているにせよ、真理ちゃんの骨も入いっている。

誰も警察を非難しません。

だって、真理ちゃんの骨が本当に入いっているからです。

誰もとがめません。

墓に眠っている子供には、誰一人、手を出しません。

眠りをさます権利は、誰にもないからです。

誠におつらいでしょうけれど、どうか目をつむって下さい。

もう、もし私が捕まっても、真理ちゃんの骨と、私の子の骨をわけることは不可能です。

子供の骨には、さわらないでください。

眠っている霊をいじくらないで下さい。

子供は、すぐにおきてしまいます。ですのでお願いです。

私がきりだすのは変ですが、ここで、全国の行方不明者のご両親に言わせて頂きます。

もう一度、心あたりを捜せとは言いません。

「子供が不明になってから、励ましの手紙が届いてきてもよさそうな人から一通もきていない不自然さを感じる人」とかをご自分でお探しになるとよいでしょう。

ご両親にしかできない捜査が、お子様に対して、山程あると思います。

警察も、あなた方の知人を一応は調べたでしょうが、あなたとしゃべるいつもの自然な姿を、警察はわかりうることが出きません。

犯人が「捕まらない」前に、「見つかるための枠ができない」のです。

お子様が見つからなかったのは、警察が捜した所には居なかっただけなのです。

どこにも居ない筈がないのです。

警察が全てではないのです。

警察についていって哀しんでも、それで肝心の子供には、その思いが届いているのでしょうか。

犯人の私が言うのは、やはり不自然ですが、私にも、子供に対して、届くこと、届かないことの区別はつきます。

ああ、それにしても可愛い子供、お前に思ってること、届いているの・・・。

子供のまま死んだ子って、向こうで子供のまま暮らしているんじゃないのかしら。

子供のままで、ちっとも変わらなくて、ずっと苦しんでいるんじゃないのかしら。

今頃は、空虚さながらの圧迫にさえなまれているんじゃないかと思うと、私もすぐに行ってあげたい。

でも、お母さんが行くと、お前が見てしまう。

一人の大人がお前の目の前に現れたら、たとえ、それが親であっても、無事に子供を送れた相手に対して、ものすごい嫉妬でとびかかってくるでしょう。

お前は、お母さんにだけは会ってはいけない。でも、会いたい。

現世の刑法を私が終えても、神様は、罪をいつまでも認識して止むことはないでしょう。

神様は、私の子を、私を知らない状態でひきあわせるかもしれない。

私のことを知らない大人に成長させているかもしれない。

しかし、私は、私の所から真理ちゃんを送った。

私が送った。子供に送った。

今会えないことがはっきりしているのだから、願いというものが片方から持てる。

送れるんだ。

それは、私が今生きている以上、神様であろうと邪魔はできない。

私が、子供に向けて真里ちゃんを送った。

たとえ神様でも理は、くつがえせない。

でも苦しい。

可愛い真理ちゃんを殺してしまったけど、やはり、私が会いたいのは私の子供。

子供のことしか頭にない。ない。どうしたらいいのでしょう。

私は、できることなら、神にさからってでも、あと15年は捕まりたくないと思っています。

そう心に思っていれば、もし神様が、それよりも前に、警察官を私の前に持ってきた時に、「あと15年は捕まりたくない」という私の願いをふみにじってくれるから、私の、真に会いたい状態の我が子に、私は対面できる。

だから私は、「捕まりたくない」と言ったのです。

これは私の願いごとなのです。

私は、神に斗いを挑まなくてはなりません。

神に対し、「15年は捕まりたくない」といウ「願い」をぶっつけて、「私の会いたい子供に私は会いたい」という「望み」を死守するつもりでおります。

人間が、神と斗う術は、それしかありません。

※この告白文中で触れている「群馬の明子ちゃん」は「朋子ちゃん」の誤り。
 
 
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野本綾子ちゃん事件(広域重要準指定4号事件)

1989年6月6日、東京都江東区の都営アパートに住む野本綾子ちゃん(5歳)が姿を消した。

綾子ちゃんは「隣の棟の友達の家に遊びに行く」と母親に告げ、自宅を出たきり、暗くなっても帰ってこない。

午後6時ころに、団地の中央にある公園で一人遊びしているのを数人が見かけていたが、それから先の目撃情報がなかった。

午後8時40分に母親が派出所に届け出て、深川署は、埼玉で連続した事件との関連を重視して捜索を始めたが、手がかりが得られなかった。

6月8日に警視庁が公開捜査に踏み切り、クリーム色のトレーナーを着た野本綾子ちゃんの写真を公開した。
 
宮﨑勤

公衆トイレを指差す宮﨑勤 via:https://www.asahi.com/ 

 
6月11日、飯能市の宮沢湖霊園の公衆トイレ脇で、バラバラ死体の胴体部分が発見された。

墓参に訪れた会社員が公衆トイレ脇に無造作に置かれた遺体に気づいて、110番通報したのである。

この遺体は90センチほどの胴体部分で、頭と手首、足首が切り取られていた。

死体遺棄現場には血痕が見当たらず、広さが1万平方メートルほどの宮沢湖霊園内からは、切り取られた他の部分は発見されなかった。
 
 
6月12日に司法解剖が行われ、血液型や測定胸囲、胃の内容物から、遺体は野本綾子ちゃんであることが判明した。

死後経過は5~6日と推定され、綾子ちゃんが失踪した日時とも符合していた。

おそらく東雲団地から誘拐して間もなく殺害し、どこかに運び込んで遺体を解体したと見られ、鋭利な刃物とノコギリを使った形跡があった。

警視庁は深川署に「野本綾子ちゃん誘拐・殺人・死体遺棄事件捜査本部」を設置し、警察庁は「綾子ちゃん事件」を広域重要準指定4号事件に指定した。
 

  
 

八王子事件~宮﨑勤の逮捕

1989年7月23日、八王子市美山町で小学1年生の女児(6歳)を全裸にして写真を撮っていた男が 被害女児の父親に見つかり、通報で駆けつけた警官に強制わいせつの現行犯で逮捕された。

この男が宮﨑勤(みやざきつとむ・当時26歳・印刷業手伝い)である。

八王子市美山町は西多摩郡五日市町に隣接しており、美山街道に面した手洗い場で、9歳と6歳の姉妹が水遊びしていると、乗用車から降りてきた宮﨑勤が「写真を撮らせてね」と言って姉妹に近づいてきた。

新品のカメラで姉妹を撮影し始めた宮﨑勤は、6歳の妹を9歳の姉から引き離して「川のほうへ行ってみよう」と連れ去った。

不安になった姉は自宅に駆け込み、父親に知らせて一緒に妹を捜したところ、妹は沢の岩場で全裸にされ、宮﨑勤の被写体になっていた。

宮﨑勤は姉妹の父親に見つかってボコボコにされたので、いったん沢の奥へ逃げていったが、愛車の日産・ラングレーは置いたままだ。

「逃げても無駄だ!」と怒鳴られて宮﨑勤は引き返し、その後駆けつけた八王子署員に逮捕されている。
 
 
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埼玉県警も警視庁も宮﨑勤をノーマークだった

宮﨑勤

via:https://www.asahi.com/

 
警察当局は今野真理ちゃん宅に送りつけられた人骨片入り段ボール箱をはじめとする遺留品の製造や販売ルートを割り出したり、犯行声明文の筆跡鑑定や内容分析、土地勘のある性犯罪前歴者やロリコンビデオ愛好者の内偵など、広範囲にわたって捜査していた。

また埼玉県警の狭山、飯能、川越署、警視庁の深川署など所轄がバラバラで広域に渡っていたことから、事件当初は4つの事件を同一犯の仕業と考える捜査員も少なかったという。

犯行声明文が女性の名前であり、遺体に乱暴された痕跡もなかったことから、犯人は女性ではないかという見方も強かった。

保険金殺人の筋から捜査を進めていた所轄もあり、当時の広域捜査体制の不備や警察署同士の横のつながりがかなり悪かった。

だから宮﨑勤がたまたま八王子署に逮捕されたため、それまで捜査を続けてきた埼玉県警の面々は「東京においしいところを持っていかれて、今までの苦労が!」と地団駄を踏んで悔しがったという話もある。

埼玉県警と警視庁はあわせて2400人ほどの性犯罪前歴者や素行不良者をリストアップし、100人ほどを強制わいせつ容疑などで検挙していたのだが、その中には宮﨑勤の名前は入っておらず、宮崎は完全に警察からノーマークだったという。

宮﨑勤の逮捕は八王子事件でたまたま被害者の父親に見つかって通報され、警察に引き渡された偶然の逮捕にすぎなかったわけで、もしもこの偶然がなかったら、被害者はさらに増加していたかもしれない。

宮﨑勤が逮捕後の取調べで犯行を自供したからこそ、宮﨑勤事件(連続幼女誘拐殺人事件)が解決に至ったわけである。

宮﨑勤の「偶然の逮捕」を警察は甘く見ていた!事件解決は警察の手柄でなく偶然だった

八王子事件は、1989年7月23日、小学1年生の女児(6歳)を全裸にして写真を撮っていた宮﨑勤が 被害女児の父親に見つかり逮捕された事件である。

娘にイタズラしようとしている中年男を見つけた父親が宮﨑勤に怒りの鉄拳を喰らわせ、宮崎はさんざん説教された挙句、通報され、駆けつけた八王子署員に引き渡された。

実は警察が現場に駆けつけたのは通報から30分以上経ってから、最寄の派出所からミニパトが一台来ただけ。

その後に八王子署から宮﨑勤の身柄を引き取りに来たのもパトカー一台と警察官二人だけだったという。

宮﨑勤が八王子署に連行された後も、犯人逮捕をマスコミに発表することもなかった。

彼らにとっては宮﨑勤は「単なる変質者」の一人だったのだ。

被害女児の父親
質問する刑事ものんびりした感じだった。
少なくとも大事件の取調べをしているといった緊張感はまったくなかった。

逮捕翌日の7月24日、宮﨑勤の父親は所轄署に電話で問い合わせをしていた。

宮﨑勤の父
息子が新しいカメラの試し撮りに出かけたまま、丸一日帰宅しないが、交通事故か何かの情報はありませんか?

この問い合わせに対して五日市署は、地元の要職を務める名士で署長とも懇意にしている人物(=宮﨑勤の父親)からの問い合わせだけに、きちんと調査を行ったうえで、こう回答していた。

五日市署
八王子署に拘置されていますが、たいした事件ではないようで、間もなく帰れるのではないか。

こうして8月7日、東京地検八王子支部は宮﨑勤をわいせつ誘拐・強制わいせつ罪で起訴したが、実はその後、宮﨑勤による一連の事件についての自供が始まり、事件は連続誘拐殺人事件に発展し、「たいした事件ではない」「間もなく帰れる」どころの話ではなくなった。
 
宮﨑勤

via:http://na2ka4.blog.fc2.com/

 
8月9日に宮﨑勤は野本綾子ちゃん殺害を自供し、8月10日には自供どおり、奥多摩町の山中から、野本綾子ちゃんの頭蓋骨が発見されている。

8月9日の上申書【野本綾子ちゃん事件】

宮﨑勤 上申書

via:http://std2g.web.fc2.com/

上申書

住所  東京都 西多摩郡 五日市町小和田一八一
氏名  宮崎勤 (26才)

一、私は、本年六月の頭頃の夕方頃、東京都江東区の団地で、遊んでいたあやこちゃんを、私の車(日産のラングレー・八王子55 二九三)にのせ、後部座席の所で両手であやこちゃんの首をしめて殺しました。

二、遺体は、私の部屋で、ナイフのようなものと、両刃ののこぎりを使い、両手、両足、それと、頭を首から切って、只今図面に書いた所に別々にすてました。胴体は宮沢湖霊園にすてました。

右  宮崎 勤
平成元年八月九日       

 

宮﨑勤の自供

宮﨑勤は野本綾子ちゃん殺害に関してはすんなり自供したが、今野真理ちゃんら他の3人の事件との関連については、当初は否定していた。

野本綾子ちゃん事件の捜査本部がある深川署に身柄を移して厳しく取り調べたところ、8月13~14日に、今野真理ちゃんと難波絵梨香ちゃんの殺害を認める上申書を提出している。

8月13日の上申書【今野真理ちゃん事件】

宮﨑勤 上申書

via:http://std2g.web.fc2.com/

上申書

住所  東京都 西多摩郡 五日市町小和田181
氏名  宮崎勤 26才

一、私は、昨年八月二二日の三時頃、埼玉県入間市入間○○団地(入間ビレッジだと思います)の近くの歩道橋の上を歩いていた今野真理ちゃんに、「すずしそうな所へ行こう」と声をかけ、私の車(ラングレー八王子55な293)で、ゆうかいし、自分の家へつれてゆこうかどうか迷ったあげく、五日市と八王子の小みね峠の山の中に連れてゆき、地面に休ませ、両手で、真理ちゃんの首をしめて殺しました。

この山の中へつれてゆくと中、スコールのような雨がふったことや、車の中で、真理ちゃんの顔を、父から借りたポラロイドカメラで、二枚とりました。

その後私は、真理ちゃんの骨を自宅に持ち帰り、頭の部分を黒色ビニール袋に入れ、自宅うら庭で、■■■■■■■■■■■■■■あとの骨と一緒に自宅の前の畑で、色んなものと一緒に、工場にあった印刷機を洗う油をかけて、燃やしました。

この焼いた骨は、工場か自宅にあったダンボール箱に入れて私が書いた「真理 遺骨 焼 正明か鑑定」と新聞の文字を切りはりして、それを自宅のコピーで拡大してそれを骨の入った段ボール箱に入れて真理ちゃんの自宅の玄関の前に、置きました。

これも私のやったことに間ちがいありません。

平成元年八月十三日       宮崎 勤

警視庁深川警察署長
警視正 吉國鐵次殿

8月13日の上申書【難波絵梨香ちゃん事件】

宮﨑勤 上申書

via:http://std2g.web.fc2.com/

上申書

住所  東京都 西多摩郡 五日市町小和田181
氏名  宮崎勤 26才

一、私は昭和六十三年十二月上旬頃、埼玉県小川越市古谷上の川越グリーンパークという団地の中で、難波えりかちゃんに、あったかいからとかなんとか言って声をかけ、自分の車(ラングレー八王子55な293)の中にゆうかいし、正丸峠のと中の駐車場に車をとめ、この車の中で、えりかちゃんの首を両手でしめてころしました。

車の中で、えりかちゃんの遺体をビニールひもで、両手両足をしばり、はだかのまま名栗村の少年の家の近くの道路から近くの森の中にその日の夜すてました。

遺体をどこかにすてようと場所を走っている時、車の車りんの一こが、みぞにはまってしまい、動けなくなってしまったのです。

遺体をつんでいるし、だれかにみつかったらこまると思い、ここにすてるしかなかったのです。

遺体を森の中にすててから、車の所にもどってみると、とうりがかりの2人位の男の人が来て、その内の一人の人が私の車を運転して助けてくれました。

このえりかちゃんも、私が、殺しましたことにまちがいありません。

平成元年八月十三日       宮崎 勤

警視庁深川警察署長
警視正 吉國鐵次殿

8月14日の上申書【今野真理ちゃん事件】

宮﨑勤 上申書

上申書
住所  東京都 西多摩郡 五日市町小和田181
氏名  宮崎勤 

一、私は 八月二十二日の午後三時頃、今野真理ちゃんをゆうかいをして、自宅から車で5分位の所にある地本で小峰峠と呼んでいる森の中で真理ちゃんをしめころしました。

私が、今野真理ちゃんをゆうかいして車にのせてから、真理ちゃんは、車の中でねてしまいました。

そのね顔を父から借りたポラロイドカメラで2枚とり、それを顔の形だけ切って、その後犯行声明にはり、朝日新聞社と今野真理ちゃんの家に送りました。

このカメラは全体が黄色のものです。フィルムは、スヌーピー山崎という五日市の写真店から私が買ったものです。

二、私が、今野真理ちゃんの家の玄関に持っていった段ボール箱の中に 、入れた(真理、遺骨、焼、証明、鑑定)と書いた紙の文字は、自分の家でとっている読売、日経、朝日、毎日、東京の内のどれかの新聞の字を自宅にあるコピーで拡大し切りはりしてなんかいかコピーしたものです。

三、私は、真理ちゃんを殺してから、真理ちゃんのところへは、3回位来ています。

そのうち一回は、自宅でかっている犬をつれ、赤色スポーツバッグの中に、シーツ様のものを入れ、現場にきて、真理ちゃんの遺体にかぶせてやっています。

四、私が、真理ちゃんの家に出した犯行声明や告白文の文字を、えんぴつで一ばん中かかって書きました。

平成元年八月十四日       宮崎 勤
                 
警視庁深川警察署長
警視正 吉國鐵次殿

 
宮﨑勤

via:ホウドウキョク

 
宮﨑勤事件 連続幼女誘拐殺人事件
【宮﨑勤事件】via:現場(大島てる)

 
9月5日に、宮﨑勤は吉澤正美ちゃんの誘拐・殺人を自供。

9月6日には宮崎の自供に基づき、正美ちゃんの遺骨と衣類を東京都五日市町(←宮﨑勤の実家住所。現・あきる野市小和田)の日向峰付近の山中で発見した。

9月8日には埼玉県警が今野真理ちゃん事件で宮﨑勤を再逮捕。

9月13日には五日市町の山林で、今野真理ちゃんの手足の骨を発見している。
 
宮﨑勤

宮﨑勤

宮﨑勤

via:https://www.asahi.com/

 
東京地検は宮﨑勤の「性的欲望を満たすために反抗に及んだ」という供述や、宮崎の部屋から幼女の死体を写したビデオを押収したことから、8月24日に精神科医による簡易精神鑑定を行っている。

その結果は「情緒欠如ではあるが、事件当時は判断能力はあった」という結果から 未成年者誘拐、殺人、死体遺棄および死体損壊罪で、宮﨑勤を起訴した。

 
 
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