松永太と緒方純子の判決と現在!北九州連続監禁殺人事件の全貌 2

事件 犯罪

北九州監禁連続殺人事件まとめ(1)事件の概要と流れはこちら

なぜ 北九州連続監禁殺人事件の犠牲者たちは逃げられなかったのか?

普通に考えたら、北九州監禁連続殺人事件で「被害者たちはなぜ逃げなかったのだろう?」という疑問がわいてきます。

非力な女性ならわからないでもないですが、例えば 犠牲者の一人である緒方純子の妹の旦那さん(義弟)は元警察官ですから腕に覚えがあったのでは。

松永太がどのくらい腕っぷしが強かったのかはわかりませんが、若い男性なら太刀打ちがついたはずなのに なぜ?

そこには彼らの弱みを握ることと 根深いマインド・コントロールの呪縛があったのです。

あの場にいて、唯一生き残ったL子さんはこう証言しています。

L子
松永太と緒方家の関係は、王様と奴隷でした

彼らが誰一人、はじめから全く松永太に抵抗ができなかったことが、この証言からもうかがえます。

松永太は緒方一家の面々をランク分けし、下位のものに通電という虐待をしていました。

最下位のものは通電の苦しみから逃れるために、より松永太に忠実であろうという心理が働き、自分が上位になるために松永に取り入ったり こぞって言われたとおりに行動するようになったのです。

そして次第に、自分以外の誰かを犠牲者として差し出すような相互不信に陥っていきました。

緒方純子の義弟Eさん(元警察官)は、まずはじめに緒方家への不信感を 松永太から植え付けられています。

その上でEさんは松永を信頼するようになり、ついには二人の子どもを連れて 松永のもとにやってきています。

相手の心の隙間に入り込む松永太の巧みな心理テクニックや、純子を救おうとする彼女の両親の思いを逆手にとって 緒方家の面々は松永の言うなりにならざるを得ない状況に置かれました。つまり監禁です。

そこで誰かが受ける連日にわたる虐待は 彼らから逃げる意思を奪っていきました。

でもいくら松永太といえども、一朝一夕で他人のマインドをコントロールするなんて できるはずはありません。

松永は彼らを精神的に支配するための段階を 時間をかけて着々と積み上げていったのです。
 
 
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松永太のマインド・コントロール法は心理学的に人を支配する方法に合致していた!

松永太

via:https://matome.naver.jp/

松永太という男の手口は一定のパターンがありました。

とにかく口がうまくて愛想が良いキャラクターで、自分に都合の良い嘘八百を並べ立てるのが、松永太の得意技です。

これは一審・二審の法廷でも、惜しみなく披露されました。

舌先三寸という言葉は、まさに松永太のためにある言葉だと思うくらい、言葉巧みに会う人会う人を騙していく。

第三者の私が想像するだけでも正直 胸糞悪くなるほど饒舌なのです。

口八丁を活かしてまず甘い言葉でターゲットに近づき、信用した相手から不満を聞き出して、話をじっくり聞いてあげるところから始めます。

そうすることでターゲットは次第に松永太に心を許していくようになります。

そうなったら松永の独壇場で、時に甘い言葉をささやき、時に激しい暴行を加えながら、ターゲットと外の世界のつながりを断ち切るように誘導していきます。

親・兄弟姉妹・結婚相手・親戚・友人・知人・勤務先などの社会集団からターゲットを離脱させるのです。

そして行き場のなくなった彼らを手元に置き、そこに複数人のターゲットがいれば お互いが不信になる情報を囁き、いさかいを起こさせ、同居する者同士の絆を断絶させます。

子どもがいる人ならその子を人質にして犯行に加担させたりして、その「弱み」を握ることで、さらに相手が逃げられないようにします。

相手に握られる弱みがないとき話をでっち上げ 虚偽の「事実関係証明書」を作成させて脅して無理やり署名させるというやり方をとりました。

署名したことで身に覚えのないことであっても、松永太に弱みを握られたことになってしまうのです。

そうやって相手が逃げるに逃げられない環境を整えて監禁するのが松永太のやり方でした。

そして監禁された者同士に互いの監視を命じ、一人のいけにえを作り、その者に暴力を浴びせるところを見せ「次は自分かもしれない」という恐怖心を叩き込む・・・ということを松永太という男は 楽しみながらやってのけていました。

人は極限的な状況に置かれると、精神的な自由度が制限されることが 心理学的にも証明されています。

松永太という男の毒牙にかけられた気の毒な人たちは 次第に自分の意思や感情を失っていき ヤツの操り人形になりました。

自由意思は失わせるなんて、ノーマルな人々から見れば信じがたい世界ではありますが、それが現実に北九州で起こっていたのです。
 
 
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時の流れが緒方純子の洗脳の呪縛を解いた!そして事件は解決に向かい始めた

この事件の内容を知ったとき あなたが一番驚いたことは何ですか?

もしかしたら多くの人が 身内同士で殺し合ったという現実にびっくりしたのではないでしょうか。

私も松永太が身内から身内に手をかけさせたという冷血かつ残忍なやり方に 背筋が凍るような感覚を覚えました。

しかも10歳の子供にまで肉親の殺害を担わせている・・・悪魔の所業としか言いようがない。

ある時は自分は彼らに助言するという形で命令を下し、またある時は「自分たちで考えろ」と一喝して、被害者たちが自発的に最悪の行動をとるように示唆しています。

ほのめかすことで被害者たちに「これは松永は”殺せ”と言っているんだな」というように思わせ行動させてきましたが、それを夏長太が指示したという証拠はどこにもありません。

特に全ての汚れ役は緒方純子に押し付けて、最後は「すべて純子が勝手にやったことだ」と言い逃れる。

だから松永太は死刑判決が出ても「自分は殺人の指示などしていない」「一度も手を汚していない」「私は無実だ」と正面から言い切るのです。

髪の毛一本残さない「足がつかない方法」を工夫し、後始末を徹底させていたから、それだけ確信に満ちた発言を真正面からできた…。

北九州監禁連続殺人事件は こうして七人が存在した痕跡は完全に消され、緒方純子の証言に頼るだけの「遺体なき殺人事件」となりました。

あくまでも関係者の証言を含めた状況証拠をかき集めて殺人を立証するという厄介な事件であるだけに、松永太は自信たっぷりに「私は無罪だ」と訴えるのです。

何度想像しても胸糞悪いこと この上ない!

とはいえ、松永太にはすでに死刑が確定しています。

今回もうまく逃げ切れる!と自信たっぷりに構えていた松永太の誤算は、緒方純子がすべてを自白したことでしょう。

こればかりは松永太も予想していなかった・・・それほどまでに緒方純子に対するマインド・コントロールは完璧に近かったのです。

例えば法廷で緒方純子が証言台に立っているとき、松永太がペンを落としただけでも、緒方純子はビクッとして飛び上がり、顔面が蒼白になったという話があります。

ペンが落ちる音が「余計な事をしゃべるな」「黙秘しろ」という無言の圧力に感じたのかもしれません。

お互いの距離が遠く離されていても、たったそれだけのことで震え上がってしまうほど、緒方純子の中にある松中太の呪縛は大きなものでした。

とはいえ、少しずつでも人の悩みや苦しみを解決してくれるのが時の流れというもの。

半年間続いた拘置所生活は、次第に緒方純子のマインド・コントロールを解いていきました。

「鉄の仮面」と捜査員たちから呼ばれていた緒方純子の態度が急変したのは2002年10月。

緒方純子
事実をありのままにお話しするきもちになりました。

また、L子の供述に対し

緒方純子
L子の供述は 事実と違う部分がある。

私の家族に対して変な誤解が生じるのは心外だから、緒方家の名誉のために話す。

 
 
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無類の女好きが美人検察官に暴露した公判唯一の汚点!?松永太の人生のポリシー

松永太の供述調書には「人生のポリシー」を語った部分があります。

これは無類の女好きである松永太の取り調べに若手美人検察官が投入され、松永が調子に乗って人生哲学を語ったものだといわれているようです。

松永太の人生のポリシーは、北九州監禁連続殺人事件における彼の思考や行動パターンとぴたりと合致しているところが 非常に興味深いと思いました。

松永太
私はこれまでに起こったことはすべて、他人のせいにしてきました。

私自身は手を下さないのです。

なぜなら、決断すると責任を取らされます。

仮に計画がうまくいっても、成功というのは長続きするものではありません。

私の人生のポリシーに「自分が責任を取らされる」というのはないのです。

私は提案と助言だけをして、うまみを喰いつくしてきました。

責任を取らされる事態になっても私は決断していないので責任を取らされないですし、もし取らされそうになったらトンズラすればよいのです。

常に展開に応じて起承転結を考えていました。

「人を使うことで責任をとらなくてよい」ので、一石二鳥なんです。

via:消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫)

そしてこれは「供述調書」であるがゆえに、有力な証拠になりうるため、検察側は重要視しており、法廷でも朗読されていますが、ここまで踏み込んだ自己分析と本音を語った松永の供述はこれが唯一だそうです。

取調べでも公判でも、松永太が語ったほとんどは、松永の松永による松永太を無罪にするためのストーリー仕立てなのかもしれません。

時に法廷に笑いが起こるようなでっち上げ話を雄弁に語る松永太の姿を多くの傍聴人が見ていました。
 
 
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北九州監禁連続殺人事件の裁判の流れ

北九州監禁連続殺人事件の第一犠牲者(L子の父親)の事件

L子が警察に保護された当初は 自分の父親が監禁され死亡し遺体を遺棄された話しかしていませんでした。

父親の事件についてのL子の供述の中にはあいまいな点もあり、遺体の一部も全くないことから 有力な証拠が全くない状態でその手探りの捜査だったのです。

松永太も緒方純子もこの件については黙秘を続け、弁護人を介して「L子には虚言癖がある」とのコメントを発表していますし、逮捕から3か月後に始まった公判でも 松永も純子も「黙秘します」と宣言していました。

退廷するときには純子が松永に笑顔で声をかけ、励まし合う姿も見られていたとか。

この時にはまだ、緒方純子は松永太の内縁妻で従順な共犯者だったのでしょう。

ところがその後、L子は父親が亡くなったマンションで 4人の大人と2人の子どもが殺害されていることを告白したことで、事態が一変。

ただちに緒方一家6人殺害の捜査が開始されると同時に、北九州監禁連続殺人事件の捜査は振り出しに戻ります。

北九州監禁連続殺人事件の第二~第七犠牲者の事件

家宅捜索では浴室のタイルや配管までを押収し、下水道にたまった泥まで採取して科学鑑定がなされました。

骨を遺棄したとされる大分県の海のフェリー航路では海底捜索まで行われましたが、有力物証が全く出てきません。

そのため北九州監禁連続殺人事件の立件は、17歳の少女L子の記憶と供述に頼るほかありませんでした。

しかし、L子が見ていた殺害は 緒方純子の甥と姪と父親の三人だけ。

他の四人については殺害は知っていたものの現場を見ていなかったため、そちらの立件を県警はあきらめていたといいます。

ところがここで事態は思いがけない急展開を見せます。
 
 
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「鉄の仮面」緒方純子の態度が急変「真実を話して正当な裁きを受けたい」

緒方純子が逮捕されてから半年後。

つまり緒方純子が実父に対する殺害容疑で再逮捕された直後、緒方純子は黙秘をやめて、取り調べに応じ始めたのです。

松永太の洗脳の呪縛から徐々に解け始めた緒方純子は こう宣言したそうです。

緒方純子
松永太の指示を受けて、私が家族の殺害に関与した。

洗いざらい真実をお話して正当な裁きを受けたい。

死刑判決も覚悟する。

緒方純子の供述に追い詰められた松永太は取り調べに応じ始めたが全面否認

緒方純子が真実を語り始めたことで 松永太の事態も一変します。

追い詰められた松永太は黙秘をやめて、取り調べに応じ始めましたが、松永の供述は容疑の全面否認でした。

松永太
七人の件は認めるが、自分は一切手を下していない。

特に緒方一家については、純子が勝手にやったことだ。

自分は指示も誘導もしていない。

2005.9.28 一審判決は松永太・緒方純子両被告とも死刑

松永太・緒方純子両被告には、死刑判決が言い渡されたとき、初公判からすでに3年4か月の年月が経過していました。

裁判長
松永太が首謀者であり、反省や謝罪の気持ちがうかがえず、矯正の見通しは立たない

それを聞いた松永太は薄笑いを浮かべてこぶしを突き上げ、即日、福岡高裁に控訴の申し立てをしたそうです。

さらに一審の裁判長は 緒方純子に対して責任の減軽を認めることは一切ありません背でした。

裁判長
緒方は松永の意図に同調し、指示を受けつつも 積極的で主体的な意思で犯行に加担した

緒方純子自身はこの判決は想定内でしたが、改めて「自分は本当にひどい人間なんだ」と落ち込んだそうです。

そのため死刑判決を受けても控訴することを迷っていたのですが、そんな彼女を弁護人が強く説得しました。

そして控訴期間最終日に 弁護人名義による控訴の申し立てに承諾しています。
 
 
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2007.9.26 二審判決は松永太は死刑、緒方純子は無期懲役に減刑

2007年9月26日に福岡高等裁判所で、松永太と緒方純子に対する控訴審判決が下されました。

松永太・緒方純子両被告に対する一審の判決はともに「死刑」でしたが、片やこれを不服とし、片や悩みながら 両者ともに控訴の申し立てをしています。

しかしながら二審の弁護団は両被告側とも総辞任し、弁護団は新たに国選弁護人で結成されていました。

松永太側の弁護団は「殺害の実行も指示もしていない松永は無実」を一審と同様に訴えていました。

緒方純子側の弁護団も松永太と同様に、二審で純子の無実を主張しました。

実は 弁護団の狙いは無罪の獲得ではなく、虐待による心理的影響の証明⇒減刑(死刑の回避)だったのだと思われます。

これまでの流れから見ても、緒方純子が全てを自供し捜査に協力的だったことや、死刑判決が出た一審でも、弁護人の強い説得によって最終日に控訴をしていることを考えあわせれば、純子自身の極刑を免れようとしていたとは思えません。

自分は極刑だということは、一審の判決前から彼女自身がすでに承知していたことです。

でもここで緒方純子サイドが控訴してきた真の狙いは 自らの減刑のみならず、同様に犯行を犯した緒方家の人々に対する心理的影響なども法廷で解明してほしかったのではないかと考えられます。

洗脳されていたのは緒方純子ひとりではない。概ね2年間、元警察官だった緒方純子の義弟(純子の妹の夫)でさえ 松永太に抵抗もせず逃亡も企てず従順に従っていたほど、松永太によるマインド・コントロール術は完ぺきに近いものだった…。

普通に考えれば その10倍…20年も松永太の支配下に置かれ続けた緒方純子が松永と同刑というのは、違和感を感じる人も多くいたようです(一方では、あれだけのことをして無期懲役はあり得ないという声もありました)

だから松永太による支配構造を解明し、それを公判で認めてほしいという想いが、純子を含めた弁護団にはあったのではないか思われます。

緒方家の人々は、松永太が現れなかったら、ごく普通に生活をしていた善良な人々だったのです。

そう考えると、同様の事態が自分の身に起こらないという保証はないし、決して他人事とは言い切れませんよね。

だからこういう現実が起こった以上、善良な人々が惨劇の渦中に放り込まれたことを心理学的にきちんと解明すべき。

被害者にはお気の毒ではあるけれど その点を解明し、今後はそれを教訓にもしていくべきではないかと 個人的にも思います。

おそらくその部分を、緒方純子の弁護団は 二審で突いてきたのではないかなと。

一審ではほとんど使われなかった「DV」という言葉が 二審では初めから多用され、緒方純子に松永太から受けた暴力を法廷で語らせていったといいます。

緒方純子の主任弁護人は女性で、松永太が緒方純子を映した他人に見せられない類のポラロイド写真を法廷に持ち出して、純子に詳しく説明させるまでしていたそうです。

松永太は女を喰いものにする輩で、これまでかかわった女性が公開されたくない写真やビデオを撮りまくり、公表すると脅しては金を巻き上げたりして、数多くの女性を毒牙にかけてきています。

実際にアジトからはこの手の画像がたくさん押収されているにもかかわらず、一審では検察も弁護人もまったくそこに触れることはなかったらしいです。

また二審では、一審では触れられなかった緒方純子の心理鑑定を裁判官が重視したところにも大きな違いが見られました。

鑑定者は筑波大学大学院教授の精神科医・中谷陽二氏。

長期間にわたる虐待の影響として、緒方被告には「人格の変化」と「解離症状(かいりしょうじょう)」が見られたと中谷氏は言っています。

解離症状とは大事故や事件などの強いショックを受けたときに感情が麻痺して「現実感がない」「記憶がない」という症状が現れること。

そういう状態になると、虐待される側は虐待する側の価値観を取り入れてしまうことになると中谷さんは言っています。

裁判官から純子の責任能力について質問されたとき、中谷氏は「この事件にはなじまない」という表現で責任能力を否定したということである。

さらに純子の責任能力を松永と同等に認めた一審の判決について中谷氏は「この事件の本質には入っていない」と批判した。

via:消された一家―北九州・連続監禁殺人事件

また二審では、DV被害者支援の専門家の証人出廷も認められています。

裁判官
被害者が加害者に転じるケースはありますか?
DV被害者支援専門家
被害者が加害者になるケースも、加害者の指示に従って第三者への虐待や殺害を行うケースもあります。

DV被害者支援の専門家を法廷に呼ぶことは「特例」であるらしいので、裁判官はこの部分が判決の焦点になると考えたのかもしれません。

これらの流れから、緒方純子は一審で死刑判決が出たにもかかわらず 二審での判決が無期懲役に減刑されたのではないだろうかと考えるのが妥当なようです。

判決では、緒方純子の判断力の低下を認定し、逮捕後に隠し立てをせずに自白し、事件解明に寄与し 真摯に反省する姿から「人間性を回復している様子がうかがえる」「松永被告とは上場に格段の差がある」と、純子の減軽の理由が述べられています。

ところがこの結果を検察官は承服できないとして、最高裁へ上告しています。

また 松永太も二審で死刑判決を言い渡された後、これを不服として 即日上告しています。

2011.12 最高裁が松永太と緒方純子の上告を棄却し、刑が確定

via:ライブドアニュース

松永太と緒方純子の上告を 最高裁判所は共に棄却。

松永太の死刑と緒方純子の無期懲役が確定し、1996年2月から1998年6月にかけて7人の命を奪った、北九州監禁連続殺人事件がここに終結しました。

2002年3月に、松永とその内縁の妻・緒方純子に監禁されていた17歳の少女が逃走したことで暴かれた未曾有の大量殺人の発覚は世間を騒然とさせました。

はじめの事件から20年以上がたつ現在でも、北九州監禁連続殺人事件は前代未聞の事件として忘れ去られることはありません

17歳少女L子のその後

L子はその後どうなったのか?

彼女はあの後児童相談所の施設に入りましたが、施設は半年ほどで出て、小倉にアパートを借りて一人暮らしをしていました。
 
はじめは児童相談所でアルバイトをしていましたが、県外に仕事を見つけ、施設にいるときに知り合った男性と引っ越していったそうです。

結婚し、今は男児二児のお母さんとなり、幸せに暮らしているようですよ。

 
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緒方純子の今と将来を個人的に予想してみた

「金曜プレミアム・追跡!平成オンナの大事件」のメインが北九州監禁連続殺人事件の紹介でした。

再現ドラマはずいぶん要点を絞り込んで、的確に画像で表現されていたなというのが、個人的な感想です。

ただ、松永と緒方関係に焦点を当てた再現ドラマだったので、犯罪のシーンはずいぶん割愛されていた感じがしました。

緒方一家6人が半年でいなくなったことをかいつまんで紹介していましたし、事件をすでに知っている人から見たら、だいぶ美化して描かれていたような気もします。

事件を知らない人から見たら、時々映し出されるキッチンのシーンなどは意味が分からなかったかもしれません。

いずれにしても悲惨な事件でしたから、この番組をどんなふうに締めるのかな? 

事件の内容を紹介するだけなら あと味の悪い終わり方をするんじゃないかな?と個人的に思っていましたが、最後は緒方純子の手紙を引用して、うまくまとめていました。

私が犯した罪はとても重い。そのことを痛感しています。

この世での免罪符などありませんけれど、与えられた時間の中で身を削るように生き、できるだけ何も残さず死んでいきたい。

そして、もし輪廻転生があるのなら、最低のところから再びやり直そう!

長い長い時間を経て、いつか、いつの世かで這い上がり、今の私より少しはマシな人間になれることをねがっています。

そのための“今”だとも思うので、生きられる間は精一杯生きようと思う次第です。

via:消された一家―北九州・連続監禁殺人事件

ようやく松永から離れることができ、自分らしく生きる時を与えてもらったことへの感謝を抱いています。

だから、陳腐な言葉と思われるかもしれませんが、私は私の人生を生きてみたい。

無期懲役刑が確定している緒方純子被告。

2009年からは刑期が三十年を過ぎた時点で仮釈放の審査がされることになっているので、緒方被告が仮釈放されるとしたら最短で彼女が80歳のときかもしれない(あくまでも個人の予想です。正確な数字ではありません)

仮釈放になったとき、彼女は真の意味で自分の人生の一歩を踏み出せるのかもしれない・・・。

緒方純子被告がDV被害者であったことから、この裁判は多くの人にDV問題を知らしめ、考える機会を与えたという側面も持っています。

そしてDV被害者の女性たちが彼女の面会に訪れたり、文通をしたりして、励まし合っての交流が続いているそうです。

それはおそらく現在でも変わりなく続いているのではないかと思います。

緒方純子
私のような人間に悩みを打ち明けてくれるなんて、信じられないくらいうれしいです。

生きていてよかったと、今は毎日思っています。

これからもずっと生きていきたいです。

via:消された一家―北九州・連続監禁殺人事件

緒方純子被告は塀の中ですからポジティブな気持ちになれることは通常考えられないことですが、こういった交流が彼女の心の支えにもなっているんでしょうね。

どんな未来が待ち受けているかわかりませんが、彼女なりの社会への貢献や被害者への贖罪を果たすために「ずっと生きていきたい」とまっすぐ前を向いているのでしょう。

大きな罪を犯してしまいましたが、この先彼女は きっと自分の人生を見つめながら 前向きに生きていけると感じます。

 
 
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北九州監禁連続殺人事件をモデルとしたフィクション作品

via:wiki

 

 

 

 
 

松永太と緒方純子の共同正犯!?北九州監禁連続殺人事件の全貌 1


 
 

 



島根女子大生バラバラ殺人事件 矢野富栄