マブチモーター社長宅放火殺人事件 (広域重要124号事件) 小田島鐵男は現在 食道がんで…

マブチモーター社長宅放火殺人事件 小田島鐵男

マブチモーター社は小型モーターで世界的に圧倒的なシェアを誇っている。

そして社長は日本有数の資産家としても知られている。

その社長宅で事件が起こったのは2002年8月5日午後3時50分頃。

千葉県松戸市常盤平6丁目のマブチモーター社長・馬淵隆夫さん宅から出火し、半焼した家の中から社長の妻(66歳)と長女(40歳)のが遺体で発見された。

マブチモーター社長宅放火殺人事件 124号事件

via:【マブチモーター社長宅放火殺人事件/広域重要124号事件】事件現場(大島てる)

長女の首にはネクタイが巻かれて絞殺されていた。

その後の司法解剖の結果、妻も絞殺されていたことが判明した。

現場からは現金200万円と高級腕時計や貴金属がなくなっており、警察は強盗放火殺人事件として捜査を開始した。

しかしなかなか犯人を特定することができず、捜査は暗礁に乗り上げていた。
 
 
事件から2年後の2004年8月、マブチモーター社長は犯人逮捕の決め手となる情報の提供者に、最高1000万円の謝礼金を出すことを発表した。

この謝礼金の効果は絶大だった。

この事件が再び世間の注目を浴び、情報が続々と寄せられるようになったのだ。

そしてその中に小田島鐵男から服役中に強盗に誘われた人物による情報提供があり、警察は別件の窃盗容疑ですでに逮捕していた小田島鐵男(当時59歳・現在は旧姓の畠山鐵男)と守田克実(当時56歳)を調べ始めた。

容疑について小田島鐵男は否認したが、守田克実が自供したため、2人は殺人容疑で逮捕された。
 
 
スポンサーリンク



  
 
小田島鐵男と守田克実は同じ刑務所で知り合い、獄中で資産家宅への強盗を計画していた。

犯行計画が練られたのは、マブチモーター社長宅事件の12年前。

小田島鐵男は別の社長一家を監禁して現金3億円を奪った「練馬3億円強奪事件」で懲役12年の刑を受け、宮城刑務所で服役していた。

守田克実はタイ人女性を殺害し、宮城刑務所に服役していた。

小田島鐵男が出所後に金持ち相手の強盗殺人を計画し、守田克実を仲間に引き入れて、獄中で東京近郊の経営社宅をリストアップした。

先に出所した守田克実が下調べと準備を請け負って、狙った家のスケジュールを調べ上げた。

小田島鐵男が8ヶ月の仮釈放をもらって出所したのが2002年6月。

マブチモーター社長宅放火殺人事件はその2ヵ月後に起きた。

1年後に出所した小田島鐵男が守田克実と合流し、女性しかいない昼間を狙い、宅配業者を装って被害社宅に押し入り、マブチモーター社長の妻と長女を殺害した。

そして貴金属、腕時計、現金約200万円などを奪い、証拠隠滅のために持参したガソリンをかけ、火をつけて逃亡した。

その後、小田島鐵男のつてで盗品を現金に替え、偽造パスポートでフィリピンに飛び、豪遊していた。

金を使い果たしたところで日本に戻り、同様の手口で9月には歯科医師宅を襲って、現金約35万円と指輪を奪い妻を殺害し、11月には金券ショップ社長宅で現金約100万円を奪い、妻を殺害していた。
 
 
124号事件で小田島鐵男と森田克実が逮捕されたのが2005年1月、前橋刑務所だった。

2人は前橋警察署に窃盗容疑で逮捕され、服役中の森田克実が自供したことから、主犯格の小田島鐵男も逮捕された。
 
 
スポンサーリンク



 
 

1948  
(昭和18)
小田島鐵男、北海道で誕生
1947  
(昭和22)
4歳実母に無理心中を迫られる。
空腹に耐えかねて食堂で食べ物を盗む。窃盗で紋別の中等少年院に収容。
1960年
(昭和35)
17歳窃盗を繰り返す。
不定期刑の実刑判決を受け、函館少年刑務所に収容。
寸借詐欺や自動車窃盗などにより逮捕され札幌刑務所に収容。3年間服役。
1969年
(昭和44)
26歳帯広で窃盗と傷害で逮捕。
釧路刑務所に服役。
以後甲府、府中、鹿児島刑務所を経験。
1990年
(平成2)
42歳9月に「練馬三億円事件」の共犯として逮捕。
12年の判決。
宮城刑務所で11年をすごす。
2002年
(平成14)
62歳8月5日マブチモーター社長宅放火殺人事件
9月24日東京目黒区で歯科医強盗殺人
11月21日千葉県我孫子市で金券ショップ社長宅強盗殺人
2005年
(平成17)
65歳1月18日 群馬県で窃盗事件を起こして逮捕。
小田島の服役中に強盗に誘われた人物が警察に情報提供。
千葉県警の聴取、追求に共犯の守田が自供。
10月14日 小田島と守田をマブチモーター社長宅放火殺人事件の容疑者として再逮捕。
12月7日 警察庁が一連の事件を広域重要指定事件124号に指定。
2006年
(平成18)
66歳9月12日 第一回公判。
2007年
(平成19)
67歳3月22日 死刑判決。
6月27日 東京拘置所に移送。
11月1日 控訴取下「死刑確定」
2017年74歳没9月16日 東京拘置所で病死(食道がん)
via:死刑囚小田島獄中ブログ  
 

小田島鐵男の罪状は 住居不法侵入・強盗殺人・現住建造物等放火。

小田島鐵男の公判は千葉地裁で2006年1月から始まって、死刑判決が出たのは2007年3月22日。

その後弁護士が控訴したが、本人は控訴を取り下げて2007年11月1日に小田島鐵男の死刑が確定した。

守田克実の死刑判決は2006年10月で、控訴・上告したが、2011年11月22日に上告が棄却され、守田の死刑が確定した。

これまで凶悪犯罪を繰り返してきた小田島鐵男は16歳で少年院を出院してから、函館少年刑務所、札幌刑務所、釧路刑務所、府中刑務所2回、鹿児島刑務所、甲府刑務所、宮城刑務所と 8回も出所を繰り返し、獄中生活は29年8ヶ月に及ぶ。

そして2017年8月現在、小田島鐵男(現在は畠山鐵男)は74歳で、確定死刑囚として東京拘置所に収監されている。

今年に入ってから小田島鐵男は体調不良を訴えており、どんどん痩せてきていて、6月の検査で食道がんのステージ3であることがわかったという。

がんが広範囲に及んでいて手術はできないため、ステージ4への進行は回避できず、もしかしたら八王子の医療刑務所に移送されているかもしれないが、そのあたりは公表されないためはっきりとはわからない。

ただ、小田島鐵男自身は自分のやったことを悔いていて、寝たきりになる前に最期の迎え(執行)が来ることを願っているらしい。

かなり容態が悪化しているようなので、小田島鐵男は刑が執行されることなく、病死で人生に終止符を打つ可能性は高いかもしれない。

もはや執行を望んでいても体力が持たないところまで来ているようだ。

2017年3月27日に「埼玉愛犬家殺人事件」の死刑囚・関根元が75歳でガン(多臓器不全)で亡くなっているが、晩年の関根は一時期 外部の病院に入院していたが、退院後は東京拘置所の病舎の個室に入り、治療を受けていたそうだ。

もしかしたら2017年9月現在、小田島鐵男も同じような処遇になっている可能性はあるかもしれない。

【2017.9.16追記】小田島鐵男死刑囚が病死

小田島鐵男 (おだじまてつお/現・畠山鉄男) 死刑囚が病死【マブチモーター社長宅放火殺人事件】

 
 
スポンサーリンク


 



マブチモーター社長宅放火殺人事件 小田島鐵男