京都メル友連続殺人事件

西嶋宏昭 京都メル友連続殺人

2001年(平成13年)4月9日に、京都市東山区に住む京都女子大2年・IMさん(19歳)の遺体が、京都府宇治田原市の宇治川で発見された。

死因は溺死と推定されたが、IMさんの全身に数ヶ所の骨折が見られたため、京都府警は何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いと見て捜査を始めた。
 
 
さらに2001年5月8日、京都府綾部市の伊佐津川の川原で、若い女性の絞殺体が発見された。

被害者は現場から60キロの京都市右京区に住むOLのMMさん(28歳)だった。

同居している妹の話によると、MMさんは5月5日夜、メール・フレンド(メル友)に会いに行くと言い残して外出していた。

そのときに外国製のバッグを持って出たというが、現場付近では発見されなかった。

捜査陣はそのバッグの行方を追い、聞き込みの結果、バッグは若い男によって京都市内の質屋に持ち込まれ、換金されていたことが判明した。

その男は身元を証明するために運転免許証を提示していたことから足がついた。

質屋が保存していた免許証のコピーによると、男は京都市山科区の西嶋宏昭(25歳)だとわかった。
 
 
警察は西嶋宏昭がMMさんを殺害した可能性が大きいと見たが、同時にIMさん事件にも関わりがあるのではないかと考えた。

MMさんは妹にメル友に会いに行くと告げていたが、IMさんも西嶋宏昭と電子メールでつながっているのではないか!?

5月15日に京都府警は西嶋宏昭を任意同行し、取調べを始めた。
 
 
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捜査の結果、西嶋宏昭は2000年9月、インターネットの出会い系サイトに登録し、定期的に電子メールのやり取りをする十数人の仲間を作っていた。

IMさんもMMさんもその仲間だった。

MMさんの携帯電話の通信履歴には西嶋宏昭との更新履歴が残っており、バッグを質屋に入れたことなどからもはや逃げられないと覚悟を決めたらしく、西嶋宏昭は犯行を認めた。

犯行の動機については

西嶋宏昭
MMさんと会って話していると、ムカつくようなことを言われ、カッとなってやった。

そしてIMさん事件についても自分の犯行であると自供した。
 
 
西嶋宏昭はIMさんとも1月下旬頃 出会い系サイトを介して知り合っている。

メールのやり取りから直接会う仲になり、西嶋宏昭とIMさんは数回デートしていた。

2001年4月8日夜9時頃、京都市東山区の京都女子大近くで落ち合い、二人はドライブに行った。

京都市内から15キロほど離れた宇治田原市まで来たときに口論となり、西嶋宏昭は橋の上から宇治川にIMさんを突き落として殺したと自供した。
 
 
京都府警は西嶋宏昭を殺人・死体遺棄容疑で京都地検に送検した。

検察の取調べでも西嶋宏昭は二人を殺したのはけんかが原因だと主張したが、それはおそらく西嶋の計算であるとみられた。

発作的に逆上しての殺人と計画的強盗殺人では量刑が異なることを計算した上での主張だったと思われる。

そのあとの捜査で、IMさんの高級バッグも市内の質屋に持ち込まれていたことがわかり、検察は計画的強盗殺人という見方を強めた。

西嶋宏昭は自宅近くの建材会社に勤めていたが、ドライブや趣味で車の改造や維持に金がかかるため、消費者金融から総額160万円もの借金を作っていたり、夜間警備員のバイトを掛け持ちしたりしていた。

2001年3月には勤務先の事務所に消費者金融から催促電話がかかってきていたが、上司に

西嶋宏昭
両親にだけは言わないでほしい

・・・と懇願していたという。
 
 

IM(19歳女子大生)さんを殺害した4月8日、給料の前借りや借金の返済が限界に来ていた西嶋宏昭は、IMさんが西嶋に貸していた2万円の返済を求められ、キレて彼女を絞殺したのだった。

このとき西嶋宏昭はIMさんの財布から7万円を奪い、バッグを質に入れて借金の返済に充てていた。

MM(28歳OL)さんを殺す直前には、西嶋宏昭がIMさんを殺したことを告白し MMさんの反応を見て面白がっていたらしい。

ところがそれを聞いたMMさんが騒ぎ出したため、口封じのために彼女を殺害し、このときにも金とバッグを奪い、バッグを質に入れて換金している。
 
 

そして2002年11月7日。

携帯電話の出会い系サイトで知り合った女性2人を絞殺したとして強盗殺人と殺人、死体遺棄などの罪に問われてた土木作業員、西嶋宏昭被告(26歳)に対して京都地裁は

裁判長
約1ヶ月間で2人を殺害し、人間性のかけらもなく冷酷非道。
 
・・・として、無期懲役を言い、刑が確定した。
 
 
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