甲府信用金庫OL誘拐殺人事件

甲府信用金庫OL誘拐殺人

甲府信用金庫OL誘拐殺人事件

1993年8月10日午後5時40分頃、甲府信用金庫大里支店の新入社員の女子職員・内田友紀さん(19歳)が業務命令で地方紙の取材を受けるために タクシーで取材現場に向かっていた。

ところが取材場所の公園でタクシーを降りたあと、内田友紀さんが行方不明になってしまった。

そして翌日の8月11日午前8時20分頃、甲府信用金庫に男から脅迫電話がかかってきた。

犯人
お宅の職員を預かっている。11時までに4500万円を用意しておけ。

通報を受けた警察は、誘拐事件として捜査本部を立ち上げた。
 
 
8月11日午後4時2分、甲府信用金庫の支店長が 身代金を持って指定された喫茶店に向かったが、犯人は現れない。

そして午後4時14分、犯人から電話が入った。

犯人
中央自動車道近くのガソリンスタンドで待て。

支店長が言われたとおりにガソリンスタンドに向かうと今度は

犯人
5分以内に中央自動車道の上り線104キロ地点に身代金を投げ捨てろ。

しかし、警察が犯人逮捕を優先するため、現場周辺の人員配置に時間を費やしすぎたため、支店長が指定の現場に到着したのは約50分後。

結局犯人との接触に失敗し、それ以降、犯人からは何の連絡も入ることがなかった。
 
 
8月17日、静岡県の富士川で、内田友紀さんの絞殺死体が発見されたため、警察は事件の公開捜査に踏み切った。

脅迫電話の録音テープが公開され、専門家による声紋分析なども行われた。
 
 
8月24日、自動車セールスマンの宮川豊が自首してきた。

事件報道を見て とても逃げ切れないと思ったという。

鈴木松美氏による声紋分析があまりにも自分に合致していたためである。

宮川豊は借金返済のために誘拐事件を思いつき、たまたま甲府信用金庫で見かけた内田友紀さんを標的に定めた。

そして宮川豊は地方紙の記者と名乗り、甲府信用金庫に取材の電話をし、事件当日の午後8時頃に誘い出した内田友紀さんを車に乗せた。

ところが途中で騒がれたため内田友紀さんの首を絞めて殺害し、遺体を富士見市内の富士川川岸へ投げ捨てたのだった。
 
  
1995年3月9日、甲府地裁は宮川豊に無期懲役を言い渡した。

神戸地裁
冷酷無比な犯行で、模倣性が強く、社会一般に与えた影響は大きい。

検察側は刑が軽すぎるとして控訴したが棄却され、1996年5月1日に宮川豊の無期懲役が確定した。

極刑を望む声は高かったものの「自首し、深く反省している」点が考慮されたということのようだ。
 
 
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宮川豊の生い立ち

宮川豊 甲府信金OL誘拐殺人

via:naverまとめ

宮川豊は1955年生まれ。

1973年3月に山梨県立農林高校卒業後、市内のガソリンスタンドに入社し、1982年に系列の「山梨いすず」に移り、事件当時は大型車販売第二課・係長となっていた。

看護師をしていた妻と2人の子があり、5人暮らしをしていた。

宮川は気さくな性格で、近所の子供たちからは「宮川のおっちゃん」と慕われていたという。

1992年7月に宮川豊は市内のスナックで韓国人女性と出会い、愛人関係になった。

スナックではチップとして5~10万ほどをホステスに渡す羽振りのよさを見せつけていた。

1993年2月、宮川豊は市内に平屋一戸建て3LDKの住宅を借り、愛人を住まわせ、生活の面倒まで見ていた。

宮川豊は毎日愛人と会い、夜遊びも続ける生活を続けていた。

宮川の妻はそれらの浮気を知っていたが黙認していたが、見るに見かねた義母が宮川豊に注意すると「浮気なんてしてない」と笑ってしらを切り続けていた。

宮川豊の実家は代々続く資産家で、彼自身は周囲からの人望も厚かったが、その裏で、愛人にのめりこみ、経済的な面倒を見、愛人を伴って豪遊するなどして 大金を使い込む生活を送っていた。

そしてその借金は 事件直前には7000万円までに膨れ上がっていた。

この事件ははじめから思いつきで誘拐事件を計画し、騒がれたため動揺して内田友紀さんを殺害してしまっている。

発見されやすい場所に内田友紀さんの遺体を投げ捨てた後、事件の報道に怯えてあっさり自首するなど、一から十まで行き当たりばったりの犯行だった。

甲府信金OL誘拐殺人事件に関する悪質なウワサ

県内で未解決事件や外国人に関する無責任な噂が広まっている。

未解決になっている塩山市の老女ひき逃げ死亡事件の犯人逮捕説や、富士吉田市のイラン人による女子高生襲撃説など、噂は絶えない。

若者の間では今年後半、伊豆半島沖で大地震が起きるという噂も話題に。

流言飛語は都市化が進む地域など、不安定な社会で広まりやすいという。

昨年夏発生した甲府信金OL誘拐殺人事件でも根拠のない噂が飛び交った。

「個人を特定する無責任な噂は人権問題」との声も出ている。

via:山梨日日新聞

甲府信金OL誘拐殺人事件では被害者の遺族に関する流言飛語が飛び交って、遺族がつらい思いをしたという。

◆被害者の父親が、犯人・宮川豊と知り合いだった。

◆被害者の父親は、被害者(娘)に保険をかけていた。

◆被害者の父親がマスコミの前で号泣している姿がわざとらしく、いかにも怪しい。

◆新聞報道が読み手に「犯行グループは複数人いる」という先入観を抱かせたこと。
(「電話の声は男3人?」by朝日新聞 1993.8.18/「自宅に女性の不審電話」by朝日新聞 1993.8.20)

これらのデマとガセが結びついたら、どんな展開になるかは誰でも想像がつくだろう。

つまり宮川豊には共犯者(内田友紀さんの父親)がいて、友紀さんに保険をかけ、その保険金目当てに2人で共謀して友紀さんを殺したと、そういう類の悪質で心ない噂が山梨県内で飛び交っていたというのだった。

ひどい誹謗ではあるが、こうした噂が1993年11月頃から広く流布されており、被害者と同年代の若者や大学生にはこれを信じている人が多かったという。

この事件は身代金を要求する犯人の声が公開されたために人々が強い関心を抱き続けたことや、事件発生から犯人逮捕までの間に被害者の父親が何度もマスコミに登場したこと…この2つが悪質な噂につながる原因だったと考えられている。

パリッとした服を着てテレビに何度も繰り返し登場し「犯人をこの手でひと思いに・・・」と号泣するのは遺族の本音だとは思うが、それを第三者から見たら「わざとらしい」「なんか怪しい」に思えてきてしまったというのが真相のようである。

しかしこの噂が広まったのは山梨県のみだったという。

地元や県内のみで関心を持たれる地域限定性の高い噂であり、1994年に入るとこれらの噂は下火になっていったらしい。

こういった事件が起こると、どういうわけか罪もない遺族のほとんどが、何らかのバッシングに遭う…何とも世知辛く感じるが、残念ながらこれが現実。

もちろん甲府信金OL誘拐殺人事件の犯人は宮川豊の単独犯行であることは間違いない。

この点は改めて強調しておきます。
 
 
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