【古美術商ら2人殺人事件】山口益生死刑囚

 
古美術商ら2人殺人事件

1994年(平成6年)4月4日、山口益夫(当時44歳)は自宅の四日市市内のマンションで新田定重と共謀し、元暴力団員の中島儀正(当時43歳)をアイスピックで刺して殺害し、さらに現金400万円を奪った。

3月に岐阜県加茂郡の古美術商宅に押し入り現金100万円を奪って逃走した事件で、犯行後、中島が山口らに高圧的な態度をとるようになり、我慢ならなくなり中島を殺害することを計画したものだった。

さらに翌年・1995年3月30日、2人は四日市市内の古美術商の渡辺甫さん(当時50歳)を絞殺し、現金430万円を奪って 遺体を岐阜県八百津町の丸山ダムに投げ捨てた。
 
 
山口益生と新田定重は2人の強盗殺人を自供し起訴事実も認めていた。

1997年(平成9年)3月28日、一審・津地裁は山口益生・新田定重両被告に死刑を言い渡した。

これに対して弁護側は「死刑廃止は世界的な傾向」として控訴した。

1998年10月、名古屋高裁は「両被告の利害が反するにもかかわらず、国選弁護士が1人では充分な弁護ができない」として、津地裁へ差戻し。

1999年6月23日、差戻審の津地裁は、山口益生被告が主犯と断定し死刑判決、新田定重被告に無期懲役の減刑判決を言い渡したが、これを不服として検察側が控訴。

2001年6月14日、名古屋高裁は「両被告に責任の差はない」と断定し、一審判決を破棄して2人に死刑を言い渡した。

2001年7月2日に新田定重被告は病死し、公訴棄却となっている。

2006年2月24日、最高裁は弁護側の上告を棄却して山口益生被告に死刑が確定した。

2017年10月現在、67歳の山口益生死刑囚は 名古屋拘置所に収監されている。
 
 
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