足利事件と横山ゆかりちゃん事件【北関東連続幼女誘拐殺人事件】

北関東連続幼女誘拐殺人事件

初夏の風がそよぎ始めた渡良瀬川。日没の時刻は過ぎたものの河川敷にはまだ十分な明るさが残っていた。

低く垂れ込める雲を背に、細身の男が歩いてくる。どこかすばしっこそうに見えるその男は、赤いスカートをはいた幼女と手をつないでいた。

雑草が茂る土手をゆっくりと下りると、今度は芝のグラウンドの上を大股で川のほうに向かった。女の子はお遊戯の“ちょうちょ”を舞うように、両手を広げながら男の前後を付いていく。

やがて二人は流れの脇に横たわるコンクリート護岸の上に、並んで立っていた。

翌朝、すぐ近くの中洲で幼女は全裸の遺体となって発見される。

赤いスカートは川に捨てられていたが、かろうじてネコヤナギの枝にひっかかり漂っていた。

その中にくるまれた幼女の半袖シャツ。それが全ての始まりだった。

現場から消えた男の風貌は、細身で漫画の「ルパン三世」にそっくりだった。

via:殺人犯はそこにいる

再審により菅家利和さんの無罪が確定した足利事件。

【足利事件】菅家利和さんの冤罪・未解決事件


 

ジャーナリストの清水潔氏が足利事件の取材を始めたのは2007年夏のことだという。

足利事件に関心を持つきっかけは その6年後に起きた幼女の行方不明事件である。

1996年、足利事件と同じように、パチンコ店から4歳の女の子が姿を消した。

現在でも幼女の行方がわからなくなっている群馬県太田市の横山ゆかりちゃん事件だ。
 


 
パチンコ店の防犯カメラにはサングラス姿でゆかりちゃんに話しかける不審な男の姿が捉えられていた。

この事件の取材中に清水氏は足利事件を知った。

群馬県太田市と栃木県足利市は隣接していて、これら2つの誘拐現場は11キロしか離れていない。

しかもその周辺で起こった同様の事件はそれだけではなかった。

1979年以降、足利市で三人、太田市で二人、合わせて5件もの幼女誘拐・殺人事件が起きていた。

距離にすると20キロ圏内で 5件の事件が起きている。

しかもそれらの事件の発生は週末や祝日に集中していることも共通していた。

これらは同一犯による連続事件なのではないか?と清水氏は睨んだ。

とはいえ、足利事件は犯人が逮捕され、有罪が確定して解決済みである。

連続殺人事件ではないかと考えると、これはどうにも合点がいかない。

しかし菅家さんは冤罪を訴えているのだから、真犯人は他にいるのではないか?
 
 
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清水潔氏は足利事件を独自に洗いなおすべく、調書を暗記するほど読み込み、検証を始めた。

菅家さんは「自転車の荷台に真美ちゃんを乗せて誘拐した」と供述している。

そこで支援者が保管していた菅家さんの自転車をさびを落としたり修理したりして乗れるようにし、自供どおりに再現して、時間経過などの検証を行ってみた。

さらに清水氏は被害者・真美ちゃんの遺族を探し出して、取材をお願いした。

すると遺族は「真美はかごのない自転車の荷台にそのまま乗ることはできなかったと思う」と言う。

そもそもが当日の現場周辺で、自転車に幼女を乗せた男の姿も、菅家利和さんも目撃されていない。

また、調書では 事件後に菅家さんがスーパーに立ち寄って買い物をしたとされているが、その裏づけも警察は取れていない。

調書の自供を全て見直しても、真犯人だけが知りうる「秘密の暴露」もひとつもない。

おかしい。この自供は作り話ではないのか!?

とはいえ、足利事件での一番の高い壁は物証としてのDNA鑑定である。

DNAが菅家さんのものと一致する事実に支えられた証拠は そう簡単に揺らぐはずがない。

清水氏は菅家さんとの面会をしたかったのだが、すでに既決囚として千葉刑務所にいたため 面会の許可は下りなかった。

そこで清水市は菅家さんに文通で取材を行っていた。

菅家さんは「もう一度DNA鑑定をしてもらえればわかります」と訴えていたが、その通り、時代とともに精度が上がったDNA鑑定で、後に菅家さんの無実が証明されることになるが、その縁の下の力持ちの一人が清水潔氏だった。
 
 
2008年1月に、清水市は日本テレビの報道特番で、菅家利和さんの冤罪キャンペーン報道を開始した。

ニュース特集などでも継続的に放送し「北関東連続幼女誘拐殺人事件」と命名した調査報道で、冤罪の可能性をさまざまな角度から指摘していった。

そして「真相を明らかにするためには、DNA再鑑定をすべし!」と報じ続けていた。

これは清水潔氏と日テレだけのキャンペーンで孤立無援の放送ではあったが、世間が足利事件に再注目するようになり、世論に後押しされる形で2008年12月、再審請求の即時抗告を受けていた東京高裁はDNA再鑑定を行う決定をした。

これは日本ではじめてのDNAの再鑑定だった。

その結果が「犯人と菅家さんのDNA型は不一致」

これによって2009年6月4日、菅家利和さんの刑は執行停止され、17年目の釈放となった。
 
 
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では、真犯人はいったい誰なのか?

足利事件の菅家さんが無罪なら、やはり5つの幼女誘拐・殺人事件は同一犯ではないのか。

清水潔さんが追い続けてきた“ルパン”(=幼女誘拐殺人の真犯人)は、真美ちゃんがパチンコ店からいなくなった直後に、店の裏手から河川敷に下りていた。

この二人を目撃した人は、清水氏が取材して把握しているだけでも4人いる。

事件直後には警察もこの男を犯人と考えて、目撃者たちの調書も作成し、捜査をしていた。

ところが菅家利和さんがほぼ強制連行され「真美ちゃんを自転車で誘拐した」と自供したために、河川敷の男の線はぷっつりと消えた。

というか、菅家さんを真犯人とするならば、幼女を連れて河川敷を歩いていた男の目撃情報は邪魔なのである。

そして、真美ちゃんらしき幼女と不審な男が連れ立って歩いていた場面の目撃者の調書は封印された。

その後、清水氏が事件当時の捜査本部にこの目撃証言のことを尋ねると、捜査員からこんな風に切り捨てられたという。

県警捜査本部
ああ、あれね。赤いスカートをはいた子供なんて、いくらでもいるから別人でしょ。

しかし、現場百回の清水市でさえ、事件現場で赤いスカート姿の幼女を見たことは一度もないそうだ。
 
 
清水氏は河川敷の目撃者たちに足利事件の現場に同行してもらった。

そのときのことを思い出してもらいながら、さまざまな角度から検証するためだ。

すると目撃者の一人から驚きの証言が飛び出した。

その人は太田市の横山ゆかりちゃん事件の特集番組を見ていたのだが、「大股ですっと足を前に運ぶ雰囲気が、あのときの男によく似ている」と突然気づいたという。

ゆかりちゃん事件の防犯カメラの男と、真美ちゃんと一緒に河川敷を歩いていた男の歩き方がそっくりだったと。
 
 
2010年4月になってやっと、最高検察庁が足利事件捜査の問題点についての報告をまとめている。

その中で他の幼女誘拐・殺人事件との関連性について 「同一犯人による連続犯行である可能性も伺われる状況にあった」と一部認めている。
 
 
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北関東連続幼女誘拐殺人事件の取材を続けた清水潔氏が絞り込んだ犯人像。

■週末にパチンコ店に通う男

■40代後半から50代前半

■血液型はB(足利事件の物証から)

■足利と太田に土地勘があり、おそらく居住者。

■ロリコン癖をもっている。

■騒がれずに幼女と会話することができる人物。
 

 
この全てに該当する男を清水潔氏は知っているという。

しかも調べれば、その男がクロかシロかはすぐに特定できる。

なぜなら足利事件には犯人を特定できる物証…真美ちゃんのシャツに付着した体液のDNAがあるからだ。

最新の鑑定さえ行えば、少なくとも足利事件だけは犯人を特定することができるはず。

ところが現在、これらの事件の積極的な捜査は行われていない…時効が成立しているからだ。

とはいえ、1996年に起こった横山ゆかりちゃん事件は 法改正により時効もなくなっている。
 
横山ゆかりちゃん誘拐事件

【横山ゆかりちゃん誘拐事件】via:警察庁 ※平成29年7月1日付

 
 
もしルパンが北関東連続幼女誘拐殺人事件の真犯人であるならば、凶悪犯を野に放たれたままにしておんて怖いし許せない。
 
 
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警察の捜査にDNA鑑定が導入され始めたのは1989年前後である。

そして足利事件の菅家利和さんのDNA鑑定が行われたのが1991年。

1990年前後は当然 鑑定の精度も低くサンプルも少なく、DNA鑑定を絶対的な物証とするにはいささか歴史が浅すぎたかもしれない。

科警研で行われた足利事件のDNA鑑定方は「MCT118法」と呼ばれるものだ。

それは血液型の鑑定と組み合わせて「1000人に1~2人」を特定できるレベルらしい。

現代は最新のコンピューターを駆使してDNAを解析するが、当時の鑑定はゲルと呼ばれる寒天のようなものの中に現れるバンドの位置を、目視で読み取っていた。

目視なので鑑定人の技術により差異が出る可能性は当然ある。

この鑑定方法は1990年代半ばごろには使われなくなっているが、その間には複数の事件で証拠採用され、それにより数々の有罪判決が下っている。
 
 

2009年に行われた再鑑定は「STR法」によって 菅家さんと犯人のDNA型が不一致だったことがはっきりした。

再鑑定をおこなって真実性を明らかにするなら、まずは当時使われたMCT118法で鑑定を行って、そのあとにSTR法を併用して試せばよいはずだ。

そうすれば、よりMCT118法の精度がどのくらいのものだったのかもわかる。

検察側が推薦した鑑定人はMCT118法でも再鑑定を試みたと吐露したのだが 「犯人と菅家さんの型は不一致でした」という結果論しか公表しなかった。

つまりMCT118法の結果が正しかったのかどうかを明らかにしなかったのだ。

故意に公表しなかったのか、正確性にかけていたという事実を隠そうとした意図があったのかははっきりしないが、いずれにしてもその点を公にすることがなかった。

ところが、弁護側の鑑定人である筑波大学・本田克也教授は、初めから正攻法でMCT118法の鑑定を実施し、その精度を確かめようとしたようだ。

結論から言うと、最初の科警研の鑑定で犯人のDNA型は「18-30」とされていたのだが、本田鑑定では「18-24」と出た。

つまり、この結果は当時の足利事件のDNA鑑定は「精度が低かった」のではなく「完全に誤っていた」ことを示している。
 
 

これに対して検察はそれを認めようとせず、本田鑑定に対して猛然と反論を展開した。

その理由は、当時の鑑定間違いが証明されてしまうと、その影響が足利事件だけではすまなくなる。

MCT118法の証拠により下された裁判をすべてやり直す必要性が出てくる可能性をはらんでいるからだ。

もしそうなったら、その先に待ち構えているのは再審請求の山である。
 
 
しかも、その中にはすでに死刑を執行してしまった事案もある。

1994年に女児2人を誘拐して逮捕された男が犯行を否認したまま確定死刑囚になり、2008年に死刑が執行された「飯塚事件」がそれである。

飯塚事件もまた、MCT118法によるDNA鑑定が物証となり、有罪・極刑が確定していたので、もしもこれが間違いだとしたら、取り返しのつかないことになる。
 
 
さらにもしも北関東連続幼女誘拐殺人事件の真犯人が同一犯で、真犯人が特定され、逮捕され、DNA鑑定にかけられたりしたら・・・

そして真犯人のDNA型が「18-24」だったら・・・MCT118法の証拠能力は完全に覆ってしまう可能性がある。

これに対して検察が青くなるのもわからないでもないが、一番大事なのは正義であるはずで、真犯人の特定と検挙を何よりも最優先にすべきだと思うのだけれど。
  
 
菅家さんの無罪確定のあとに、警察庁と栃木県警は松田真美ちゃんの遺族に対して「事件が公訴時効を迎えた」ことを説明している。

「では、遺品であるシャツを返却してください」と遺族が申し出ると、裁判所からではなく、検察からこの回答↓ が来たそうだ。

「赤いスカートなどの遺品はお返ししますが、シャツだけはこちらでこのまま預かって、国の施設で冷凍保存したい」と。

松田真美ちゃん事件は時効を迎えているので遺留品は必要がないはずなのに、シャツだけは返してもらえない。

これも明らかにおかしい。

DNAという動かぬ証拠を遺族に返却してしまったら、その後にいろいろと暴かれるのではないかという懸念からなのか!?

はっきりしたことはわからないが、そう思われても仕方がないと思う。

清水潔氏は“ルパン”の正体を突き止めているらしいが、警察当局が動かないのは、これらの諸事情があるからだという。

うーん、「正義」って死語なの!?

正義の女神は何処に行ったんだろう?
 
 
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