インスリン殺人未遂事件!中国人毒婦 鈴木詩織の夫殺害計画

インスリン殺人未遂事件 鈴木詩織

鈴木詩織は中国出身で、21歳のとき、お見合いツアーで21歳年上のSさんと知りあい、Sさんとの国際結婚の手続きをして、1年後に日本に渡った。

鈴木詩織が親子ほども年が離れたSさんと結婚したのは 日本で豊かな生活を送って故郷の家族に仕送りをしようと考えていたからだ。

しかし詩織に待っていたのは田舎での質素な暮らし。

それでも詩織は日本の永住許可証を得るため、鈴木家の嫁として暮らし続け、2人の子供をもうけていた。

しかし、やがて夫と妻の間で亀裂が生じた。

できるだけ多くの金を故郷に送りたい詩織と、財産を守りたいSさんの確執である。

その後 詩織は金を自由にできないようSさんが財産管理を厳しくしたという。

Sさんの両親も詩織が先祖伝来の土地を奪おうとしていると疑っており、詩織に対して厳しい金銭管理をするようになった。
 
 
数年後、日本国籍を取得した詩織は財産分与をSさんに迫り、断られると、中国に帰省したときに二人の子供たちを置いてきた。

それに怒ったSさんに、子供たちを連れ帰るように命じられた詩織は、出発の前日、鍋で煮ていたミョウガ茶をかけ、Sさんに全治5ヶ月の大やけどを負わせた。

その後、Sさんが入院した病院で 詩織は暴力団組長の妻と知り合い、500万円でインスリンの注射器一式と、皮下注射の方法を教えてもらう。
 
 
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そして2004年4月1日夜、千葉県横芝光町小田部地区で
 

 
鈴木詩織(当時33歳)は夫のSさん(54歳)に風邪薬と偽って睡眠薬を飲ませ、彼を眠らせてからインスリンを300単位(カートリッジ1本分、通常は1回4~20単位)注射した。

翌朝、鈴木詩織は疑われないように救急車を呼んで、意識不明になったSさんを病院へ搬送した。

Sさんは一命をとりとめたものの、脳障害を負って植物状態となった。
 
 
夫が植物状態になったので詩織は現金の引き出しや土地の売却をするつもりだったが、Sさんが遺言を親族に依頼してたため それが適わなかった。

Sさんは入院時、詩織の金への執着や性格を危惧し、自分に万一のことがあれば解剖すること、さらに財産と子供をすべて任せるという遺言を親族に託していた。

親族が事前にSさんの財産をすべて押さえていたから、詩織の自由にはならなかったのだ。

さらにSさんが植物状態に陥ったことを不審に思った親族は、警察に捜査を依頼した。
 
 

警察が内偵調査を始めたことを知った鈴木詩織は逃亡した。

そして浅草で風俗店を経営する妹を頼って、風俗譲として働き始めた。

鈴木詩織はそこで体を張ったあの手この手を使って金をため、1000万円かけて美容整形し、一躍人気風俗嬢となった。
 
ところが2006年2月7日、独立して風俗店を経営していた鈴木詩織の元に警察が踏み込み、彼女を緊急逮捕した。

このときの容疑はSさんにミョウガ茶を浴びせて大やけどを負わせた傷害の疑いという、殺人とは別件容疑の逮捕だった。
 
 
2007年3月9日、鈴木詩織に懲役15年の刑が言い渡された。

鈴木詩織は判決を不服として控訴したが棄却され、上告を断念したため、ここに鈴木詩織の懲役15年が確定した。

この事件の数年前に、Sさんの両親が何者かに殺され、母屋が放火されて全焼する事件が起こっている。

司法解剖の結果、Sさんの父親は絞殺、母親は撲殺されていた。

Sさんの実家にいた犬に異変がなかったことから、顔見知りの犯行が疑われ、その中で最も動機のある人物と思われたのが鈴木詩織だった。

詩織は仕送りや財産分与問題をめぐって義父母とも対立していたため、義父母を殺害する動機は充分にあったからだ。

警察はSさんの殺人未遂事件だけでなく、義父母の殺人容疑でも鈴木詩織を取り調べたが、自白を得ることができず、義父母殺人放火事件での立件は断念した。

そして2009年7月26日、Sさんは意識が戻ることなく、59歳でこの世を去った。
 
 
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