リンゼイ・アン・ホーカー 英国人講師殺害事件 (市橋達也事件)

市橋達也 リンゼイ・アン・ホーカー殺人事件

2007年3月26日、英会話学校で講師をしていたイギリス人女性、リンゼイ・アン・ホーカー(当時22歳)さんが行方不明になった。

警察署員がリンゼイさんの自宅を捜索したところ、リンゼイさんの似顔絵を描いたメモに、事件に関与している可能性のある男の名前と電話番号が書かれていた。

男の名前は市橋達也(当時30歳・千葉県市川市・無職)

3月26日午後9時40分頃、千葉県市川市の市橋のマンション4階に捜査員がかけつけたところ、市橋達也は非常階段から東西線行徳駅方面に逃走。

捜査員は追跡したが、市橋を見失ってしまう。

その後、市橋達也宅のベランダに置かれた浴槽から、リンゼイさんの全裸に近い遺体が発見されたため、警察は強盗殺人容疑で市橋達也を指名手配した。

市橋達也 リンゼイ・アン・ホーカー殺害事件

via:事件現場(大島てる)

 
 
150人体制で捜査に当たった警察はポスター3万枚を手配し、防犯カメラの映像を公開した。

さらに懸賞金も用意して、犯人逮捕につながる情報収集を開始した。

来日したリンゼイさんの家族は涙ながらに犯人逮捕を訴え、テレビでも特番が組まれたが、市橋達也の行方は杳として知れなかった。

そのため、当時は市橋達也の自殺説まで流れていた。
 
 
市橋達也

via:https://matome.naver.jp/

2009年11月、名古屋市内の整形科医院が、過去の患者の顔写真に市橋達也と一致するほくろがあることに気づき、警察に通報した。

検証の結果、その患者と市橋達也は同一人物だと判定され、それ以降、指名手配の写真が整形後の写真に差し替えられた。

その後、写真を見た大阪の建設会社から、10月頃まで住み込みで働いていた男が市橋達也に似ているという情報がもたらされた。
 
 
市橋達也

via:https://matome.naver.jp/

 
また、2009年11月10日、神戸市東灘区のフェリー乗り場で、沖縄行き航路の問い合わせをした男が市橋達也に似ていると通報があり、大阪南港フェリーターミナルで待機していた警察は、現地で市橋達也の身柄を確保した。

市橋達也は犯行を素直に認めたため、その場で逮捕された。

市橋被告逮捕に結びつく重要情報提供に対する総額1000万円の公費懸賞金は、通報民間人4人に国費から支払われた。

これは公費懸賞金制度で初の支払いとなっている。

情報の寄与度に応じて分配されているが「情報提供者保護の観点から」として4人に関する情報や懸賞金の分配率などは公表していない。
 
 
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逮捕後、千葉地検は死体遺棄罪で市橋達也を起訴。

さらに被害者の遺体に残留していたDNAが一致したことから、市橋達也を殺人と強姦致死容疑で再逮捕した。

市橋達也は逮捕後、数日間にわたって絶食し、黙秘を続けたが、その後食事摂取開始とともに犯行の状況など詳しい供述を開始した。

市橋達也は2007年3月25日、自宅マンションでリンゼイ・アン・ホーカーさんの顔などを殴り、手首を縛って強姦後、首を絞めて窒息死させた。

ベランダに置いた浴槽に遺体を遺棄し、園芸用の砂土を投入して遺体を埋めたことを自供している。
 
 
千葉地裁の初公判は2011年7月4日で、市橋達也の罪状は殺人罪・強姦致死罪・死体遺棄罪。

リンゼイさんの両親と姉妹の計4人が被害者参加制度を利用して裁判に参加している。

被告側は強姦、監禁、致死の事実は認めたが、殺意は否認し、殺人罪と強姦致死罪ではなく、傷害致死罪と強姦罪だと主張した。

検察側は、市橋達也は強い力で3分以上 リンゼイさんの首を絞めていることから殺意は明らかで、蘇生措置をしたというのは被害者の肋骨に損傷がないことから信用できないと主張した。

被害者の遺族は、市橋達也の発言には反省が見られないとして死刑を求めた。

そして検察側は 市橋達也には前科がなく 犠牲者が1人のことから無期懲役を求刑した。

2011年7月21日、千葉地裁は検察側の求刑通り、市橋達也に無期懲役の判決を言い渡した。

一審判決の後、弁護側は事実認定の誤りと量刑不当を理由に東京高裁に控訴。

2012年3月15日、東京高裁で控訴審初公判が開廷され、4月11日「被告人に真摯な悔恨が見られない」として、一審の千葉地裁の無期懲役判決を支持し控訴を棄却。

その後、検察・弁護側ともに上告せず、市橋達也被告の無期懲役判決が確定した。
 
 
両親ともに医師という家庭に育った市橋達也は医学部受験に失敗したことにコンプレックスを抱いていた。

千葉大学園芸学部卒業後、定職に就かず、親の仕送りで生活していたが、好みの外国人女性を見かけると、ストーカー的な行為を繰り返していたという。
 
 
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