平塚5遺体事件 (岡本千鶴子事件)

 
平塚5遺体事件 岡本千鶴子

2006年5月1日午前11時頃、神奈川県平塚市のアパートで、住人のYさん(35歳・無職)とRさん(19歳)、そして段ボールの中から乳幼児3人、計5名の遺体が発見された。

YさんとRさんは異母兄妹で Yさんの母親がアパートを訪れ、和室の布団で首を絞められて死んでいるRさんと、玄関で首をつっているYさんを発見した。

そして5月3日、Rさん殺害容疑で、母親の岡本千鶴子(54歳)が逮捕された。
 
平塚5遺体事件 岡本千鶴子

via:事件現場(大島てる)

 
このアパートは5年前にYさんが借りており、しばらくしてから岡本千鶴子とRさんがそこに引っ越してきた。

岡本千鶴子はRさんを2005年10月頃 アパート内で絞殺したとみられている。

遺棄されていた3人の乳幼児たちは鑑定の結果、岡本千鶴子の実子であることが判明した。

また乳幼児3人のうち1人は身長120センチほどの男児で、1984年に行方不明となり、岡本千鶴子が捜索願を出していた長男(当時6歳)であるとみられた。

残る2遺体は妊娠40週目ほどの新生児で、いずれも24年ほど前に千鶴子が産んだ子供たちである。

つまりこのアパートで Yさんと岡本千鶴子は 4人の遺体と同居…生きている人間より死体のほうが多い部屋で暮らしていたのだ。

自殺したYさんの遺体のそばには「死にたい。Rと一緒になりたい。」などと書かれたメモが見つかったため、当初警察は YさんがRさんと無理心中した疑いもあると考えた。

ところが後に室内から 岡本千鶴子が書いたと思われる「娘を殺した」という殺害をほのめかすメモが見つかったことにより、事件は急展開。

5月3日に岡本千鶴子が逮捕された。
 
 
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岡本千鶴子 平塚5遺体事件

via:https://matome.naver.jp/

 
岡本千鶴子は娘を殺害し、自分の子どもたちの4遺体をアパートの部屋に置いたまま生活した。

Yさんの自殺の原因も謎のままだが、Yさんには遺書らしきものが残されていたため自殺と認定されている。

また2006年3月以降、岡本千鶴子はアパートを出て行方をくらましており、Yさんの自殺後にアパートに戻った確証が得られていないため、Yさんの死体遺棄容疑では立件されていない。

Rさんは2005年10月12日以降の目撃証言が得られず、mixi(ミクシィ)の日記もそこで更新が途絶えていたことから、この時期に殺害されたと推測された。

これはRさんの死亡推定日時とも合致している。

Rさんの知人が10月21日以降にメールを送っていたが、Rさんの携帯から「入院していた」という返信があったため、おそらくこれらは岡本千鶴子の生存偽装工作であると考えられている。
 
 


 
 
 

2006年8月21日の初公判で岡本千鶴子は「私は殺していません」とRさん殺害を全面否認している。

10月2日の第二回公判ではYさんがRさんを殺害したと主張した。

Rさんの遺体をそのまま部屋に置き続けたことについては「Rがそばにいたほうが、Yが早く自殺するんじゃないかと思ったから」

法廷での岡本千鶴子は検察官からの質問には「言いたくありません」を繰り返した。

岡本千鶴子
私は長男(遺体3人のうちの1人)が失踪したときから警察に不信感を抱いている。
警察が捜査をしてくれなかった。
私がキャバレーに勤めてたって、それだけで判断されました。

岡本千鶴子のアパートから長男の遺体が出てきているのだから、長男は失踪したのではないのに、千鶴子はそう陳述する。

当時6歳の長男が行方不明になったのは1984年12月28日。

神奈川県平塚市で長男が自宅前で遊んでいるのを最後に行方不明となったと母親である岡本千鶴子(当時32歳)は主張し、「買い物から帰ったらTが行方不明になっていた」として捜索願を提出し、テレビにも出演して大々的に捜索を呼びかけていた。

また2002年頃から岡本千鶴子は周囲に「長男は北朝鮮に拉致された」と主張していた。

しかし、長男の遺体が出てきたということは失踪そのものが捏造ではないか!?

乳幼児3遺体については、死体遺棄容疑の時効(3年)を超えているため不起訴となっているが、長男が行方不明というのがそもそも嘘なのだから、長男の死にも母親である岡本千鶴子が関与している可能性は高いと考えられるが、殺人罪としても公訴時効(15年)が成立しているため、千鶴子は無罪放免だ。

公判での岡本千鶴子は、YさんがRさんを殺したと主張したが、地裁はYさんにはRさんを殺害する動機がなく、また千鶴子が遺体を長期間放置したり、Rさんの生存を偽装していた事実が不自然だとして、真相は藪の中のまま 岡本千鶴子に懲役12年(求刑懲役17年)を言い渡した。

岡本千鶴子はこれを不服として控訴したが、2008年10月23日に東京高等裁判所は控訴を棄却し、ここに岡本千鶴子の懲役12年が確定した。
 
 
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