東大阪集団暴行殺人事件 (大学生リンチ生き埋め殺人事件)

東大阪集団暴行殺人事件

【犯人】小林竜司、広畑智規、佐藤勇樹、徳満優多、白銀資大、佐山大志、少年3人

【被害者】Fさん、Iさん

【罪状】殺人、強盗、監禁、集団暴行
 
 
2006年6月27日、岡山市灘崎町の建設用資材置き場の土中から、Fさん(当時21歳・大学生)とIさん(21歳・無職)の遺体が見つかった。

これはFさんとIさんの友人であるMさんが警察に通報したことにより発覚している。

この事件は、Fさんと徳満優多(21歳)による交際女性を巡るトラブルから始まっている。

FさんはIさん、Mさん、徳満優多を呼び出し、徳満と一緒にやってきた友人の佐藤勇樹(21歳)を監禁して暴行し、50万円を要求した。

このときIさんは「自分には知り合いに暴力団員がいる」と言って脅しをかけたという。

怖くなった佐藤勇樹は、中学の同級生だった小林竜司(21歳)に助けを求めた。
 
小林竜司はおさななじみの広畑智規(21歳)に相談し、集まった仲間で報復計画を練り上げた。

さらにそこに白銀資大(22歳) 佐山大志(21歳) 少年3人(小林竜司の後輩)が加わった。
 
 
徳満らは「金(要求された50万円)は岡山で払う」と言って、Fさん、Iさん、Mさんを誘い出した。

そしてFさんたちを車に乗せ、岡山方面のインターチェンジで待ち伏せしていた仲間に襲わせた。

ゴルフクラブや金属バットなどを使って 3人に暴行を加えたという。

その後3人を資材置き場に連れて行き、小林竜司の命令で少年Aがショベルカーで穴を掘り、Fさんを生き埋めにした。

徳満優多に暴行を加えなかったMさんは許され、警察に行くなと脅された上で解放された。

小林竜司たちは金を借りるのに利用しようとIさんを連れ帰ったが、あまりにも衰弱していたため、再び資材置き場に戻り、別の穴を掘ってIさんを生き埋めにした。
 
 
2006年6月24日、Mさんが警察に通報したことを知った佐藤勇樹、徳満優多、佐山大志の3人は、警察に出頭した。

6月25日、小林竜司が母親とともに出頭した。

6月27日生き埋めにされた2人の遺体が発見された。

6月28日には広畑智規と白銀資大が、少年3人も出頭した。
 
 
小林竜司の両親は離婚しており、竜司は弟と二人、母親に育てられた。

定時制高校を中退後、小林竜司は職を転々として、犯行時には無職だった。

広畑智規は中学時代に不良グループのリーダー格で、岡山県一の進学校から公立大学に進学していた。

佐藤勇樹は高校の性と会長をするなど、周囲からは優等生として見られていた。
 
 


 
2007年5月22日、大阪地裁は実行の主犯格である小林竜司に死刑判決を言い渡した。

小林竜司は控訴・上告したがそれぞれ棄却され、2011年3月25日に死刑が確定している。

2017年8月現在、小林竜司は32歳、大阪拘置所に収監されており、再審請求中である。
 
 
計画の首謀者である広畑智規には無期懲役が言い渡され刑が確定している。

佐藤勇樹には懲役9年、徳満優多は懲役11年、白銀資大には懲役18年、佐山大志は懲役7年、少年A(ユンボで穴を掘った)は懲役15年の判決が下り、残る2人の少年は家庭裁判所送致となった。
 
 
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