【足利事件】菅家利和さんの冤罪・未解決事件

足利事件 菅家利和

1990年5月13日午前10時20分、栃木県足利市を流れる渡良瀬川河川敷で、松田真実ちゃん(当時4歳・栃木県足利市)の全裸遺体が発見された。

遺体は川原のアシの茂みに頭を突っ込むような形で投げ捨てられていた。

真美ちゃんが着ていた赤いスカートやTシャツ、サンダルも現場付近で見つかった。


 

衣服には犯人のものと思われる体液が付着し、真美ちゃんの首には絞められた痕があった。

衣服に付着した体液から、犯人の血液型はB型と判明している。

松田真美ちゃんが連れ去られたパチンコ店の周囲では、事件が発生する以前から不審な男の姿が目撃されていた。

パチンコ店の隣の幼稚園の周りをうろつく身長165センチほど、丸顔、無精ひげ、作業ズボンをはいた男が目撃されていた。

真美ちゃんは5月12日の午後6時半頃、父親と一緒にパチンコ店を訪れ、父親がパチンコをしている間に連れ去られた。

パチンコ店から近い渡良瀬川の河川敷を40代の男と連れ立って幼女が歩いている姿を、近くでゴルフをしていた男性が目撃していた。
 
 
足利事件 菅家利和

via:naverまとめ

1991年12月2日、元幼稚園バス運転手の菅家利和さん(45歳)が突然逮捕された。

捜査が難航し、事件が迷宮入りしかけて焦りが出た警察は、血液型がB型でアリバイのはっきりしない菅家利和さんに目をつけた。

そして菅家さんが捨てたゴミを勝手に採取してDNA鑑定にかけた。

このときにDNA型が一致する鑑定結果が出たのだが、実は1992年当時の鑑定技術では別人のDNA型でも一致する可能性があるほど精度が低いものだった。

しかし警察はこの鑑定結果を理由に菅家利和さんを強引に連行し、厳しい取調べを10数時間以上続け、無理やり自白を引き出して逮捕にこぎつけた。
 
 
菅家利和さんは裁判で容疑を否認し無罪を主張したが、誰にも信じてもらえず、一審で無期懲役の判決が下った。

ところが控訴審では、菅家利和さんの無罪を信じる弁護団がついたため、当時のDNA鑑定の制度の低さや欠陥を弁護団は法廷で指摘した。

しかし二審でもそれが認められず、DNAの再鑑定も却下され、そのままの量刑で無期懲役が言い渡された。
 
 
スポンサーリンク



 
 
当時のDNA鑑定は採用されたばかりだったこともあり制度が低かっただけでなく、採取された犯人のDNAも少なかったため、複数の鑑定方法を試すことができなかった。

そんなふうに信憑性が高くない証拠であったにもかかわらず、精度の低い鑑定結果と無理やり引き出した自白だけを根拠に菅家利和さんは逮捕されて、裁判で有罪判決が下されてしまったのだった。
 
こういった理不尽な判決に世論が非難の声をあげた。

それに押される形で東京高裁がDNAの再鑑定を認め、数ヵ月後に犯人のDNAと菅家さんのそれが一致しないという鑑定結果が出て、菅家さんの無実が証明された。

2009年6月4日、菅家利和さんは最新の裁判を待たずに釈放された。

それは実に逮捕から17年半後だった。

2009年10月に検察側がはじめて菅家利和さんに謝罪している。

そして2010年3月26日、宇都宮地裁が菅家さんに無罪判決を言い渡したあと、裁判長が謝罪した。

そして再審無罪となった菅家利和さんに対し、国は補償金約8千万円支払うとの決定書を交付した。
 
 

足利市周辺では他にも同じ手口での幼女誘拐殺人事件が4件起こっており、いずれも未解決のまま、真犯人はどこかで息を潜めて暮らしている。
 


 
足利事件の6年後には、群馬県太田市内のパチンコ店から横山ゆかりちゃん(当時4歳)が連れ去られ、未だに行方不明である。

この事件でもパチンコ店の防犯カメラには身長158センチ前後のニッカポッカをはいて、パチンコをするでもなく何かを物色するようなそぶりの男の姿が映っていた。

別の角度から写された映像には、ゆかりちゃんと長いすで話し込む男の姿が捉えられている。

松田真美ちゃん事件と横山ゆかりちゃん事件の犯人が同一人物かどうかはわからないが、どちらも作業服姿の男が重要参考人である。
 
 
スポンサーリンク


        [via]   戦後ニッポン犯罪史   日本凶悪犯罪大全   戦後事件史データファイル   現代殺人事件史   昭和・平成 日本の凶悪犯罪100   殺しの手帖   日本殺人巡礼